File6 処刑場

2026年4月30日 AM12:05

東京都浅草 某商業ビル二階通路



信二たちの隠れ家はお世辞にも清潔とは言えない物だった。2階のリビングや彼らの個室はモダン調で高級住宅の一室のようだが玄関を開ればそこは廃墟のような空間が広がっている。蛍光灯や胡散臭いキャッチコピーを掲げた政治運動のポスター、或いは10年以上前に公開されていた古き良き洋画のポスターが剥げかけながらも壁一面に群生していて、通路には焼酎の空き瓶やスナックのゴミが散乱していた。信二はこのビルがかつて何の為に使われていたのか分からない、今となってはここの住民は現代の社会に行き場を失った者たちと信二らだけである。信二は時にこの場所をゴミ溜めと呼んでいた、しかしこのゴミ溜めは監視の目から身を隠すのに最適だった。


「本当に汚いとこに住んでるよね、ゴキブリとか気にならないの?」


雛姫はポスターを眺めながら問いかける。


「お互いこういうとこには慣れっこだろ、それともしばらく良い暮らしでもしてたのか?」


「軍事機密よ」


雛姫は軽快なステップを踏んで横並びで歩いていた信二の前に立つと人差し指を唇に当てて言った。


「そうですか」


信二は微笑みそう返す。気が付けば彼らはエレベーターの前にいた、信二がボタンを押し二人は扉が開く瞬間を待つ、二人の後ろ姿から醸し出される雰囲気は実に妙な物だった、親しい間柄であることは間違いない、しかし両者とも互いを拒むように距離を取ったり腕を組み決して目を合わせないようにしていた。

エレベーターのチャイムが鳴り扉が開かれると揃った足並みで前へ進む。

エレベーターの中でも二人の独特な雰囲気は健在だった。互いに会話を続けていれば感じる事のない雰囲気、互いに罪悪感を抱えそれについて深く悩んでいるようだった。互いにこの雰囲気を良しとしないのは目に見えて分かる。


「というかさ、久しぶりだね」


雛姫は苦し紛れにこの不快感から逃れようと声をかけてみた。


「だな」


エレベーターのチャイムが鳴りロビーへ降りた。壁の一部は段ボールで埋め尽くされそこに何人かの浮浪者が座り込んでいた。それだけではない、周囲を見渡すと浮浪者達はそこ以外にも中央に設置された苔とヒビに塗れた噴水にもたれかかっている者、その噴水の汚水で体を流す者、探せばキリがないほど存在している。


「ねえ信二、この人たちって」


「全員今の社会からドロップアウトした奴らだ、言っちまえばここは小さなパージみたいなところだよ」


「でも信二、これって不法居住よ?いつか検挙されたら」


「不法居住者なんて、大成学会から見ればどうでも良い事だ。法を破ろうが上の奴らに不都合が無ければ無視され続けるよ」


「そう、なのかな?」


雛姫は首をかしげる、しかし信二に疑問を投げかけた所でその行為に意味は無いと知っている彼女は考えるのをやめた。自分の思考に関しては絶対的な自信を持つ信二にこれ以上の意見は無駄、彼女はそれを良く知っていた。


「ビルを出るが、普通に振舞えよ?一般人のつもりで行くぞ」


「この辺の一般人?ごめん良く分からない」


「じゃあ、目立つことすんなよ」


信二は助言してからくすんだガラス扉を押して外へビルの入り口を繋げた、その瞬間雛姫に緊張が走った、扉の先に何かがあるわけでは無い、ただほのかに漂ってくる死臭とそこら中に設置されたスピーカーから聞こえる大成学会の放送が心拍数を高くする。


「こちらは大成学会人民管理部門、東京4区管理課です。只今2026年4月30日、木曜日午後0時5分です。現在の時刻は労働時間の為外出には臨時外出許可証が必要となっています。許可証不携帯、及び許可の無い外出は特定管理区域治安維持法6条3項に基づき刑事罰の対象となります」


全方向からアナウンスが響いてくる、両耳に無機質な機械音声が入り込んでくるのは雛姫にとって苦痛でしかない、耳を塞いでも脳を犯すように語り掛ける声、一瞬でも良い、この不快な放送から逃れたい思いでいた。


「ねぇ信二、この放送」


「黙って歩け」


信二はそう言って道一点を見つめて歩き続ける、通行人の数も多い、ここで不要な会話を聞かれ自分たちの居場所を大成学会に嗅ぎつけられたくは無い、信二はそう考えて吐き捨てるようにそう言ったのだ。

信二は人の波を抜けて裏路地へと入っていく、そして一角にある煙草屋に入りカウンター前に立った、奥の座敷でテレビを見ている店主が見えたためベルを3回鳴らした。ベルの音が完全に消えると寝そべってテレビを見ていた店主が起き上がり外へ顔を出す。


「へいらっしゃい、何にします?」


「231番、354番、999番、6779番」


信二はどこを探しても見当たらない番号を伝えた。

店主は頷くともう一度座敷に戻り物音を立ててから段ボールを抱えたまま信二の元へ戻ってきた。


「弾薬とブリーチングチャージ、簡易手錠とフラッシュバン、それから麻酔銃。ロケットランチャーは後で裏のマンションに運んでおく。支払いは電信送信で頼む」


「あいよ」


カウンターに置かれた紙袋を手に下げた信二はそう返事をして煙草屋を立ち去る。


「ねえ信二、今のって」


「ああ、フリーネットのスタッフだな。アルバイトみたいなもんだけどああいう風に必要な物資を届けてくれるんだ」


「そっか、私たちの頃より進化してるんだ」


「まあ、そうかもな」


信二は次の目的地へ向かう為路地を出て大通りを歩く。雛姫の案内も兼ねている為途中で緊急時の脱出経路や協力者の居場所、兼ねては気に入っている飲食店までも紹介した。二人は少し疲れた為近くの自販機で缶コーヒーを二つ買って適当な路地に入り込んだ。


「ねえ信二、せっかく浅草に来たんだし暇があったら雷門に行きたいな」


缶コーヒーを喉に流し息をついた雛姫は興味本位で聞いてみた。


「無理だな、もう燃やされた」


「大成学会が?」


「日本解放運動がだ」


信二が言うと驚きのあまり雛姫はコーヒーを吹き出しそうになった。


「それって今日の仕事のクライアントじゃない!なんでそんな事」


「なんでだろうな、ただ抗議運動とか言って油を撒いて火をつけた、半年前の事だ」


「クズね、主義思想は違えどやってる事は大成学会と同じよ」


雛姫は中身のない缶をパーカーのポケットに入れると信二のコーヒーが空になるのを待った。


「かもな、まあ仕事は仕事だ。きっちりこなそう」


信二は缶を投げ捨てると通りに戻った、そして贔屓にしている飲食店を見つけると雛姫の肩を軽く叩いた。


「ここはよく覚えておけよ、一番大事な店だ」


「緊急時の脱出を手助けしてくれる、とか?」


「いや違う」


「じゃあ銃火器を供給してくれるとか?」


「違うね」


「じゃあ何よ?」


雛姫は勿体ぶってる信二に強めの口調で聞いた。


「大事な事を言う、これだけは覚えておけ」


信二はそこで一度区切り大きく深呼吸した。


「ここの焼肉は天下一品だ、何食っても美味い、はっきり言って食べ放題3000円はバグのレベルだ」


信二は堂々と雛姫にとってどうでも良い情報を誇らしげに語った。そのギャップが雛姫には愉快に思えたのか彼女は声を出して笑った。


「しょうもない事言わないでよ」


「いいや俺は至って真面目だ」


信二は言ってまた歩き出した。どれくらい歩いただろうか雛姫は途中人の塊を見つけると足を止めて信二の袖を引っ張った。


「信二、あれって」


「処刑だ、見なくて良い。ロクなもんじゃない」


「でもさ信二、放っておけないって」


「好奇心は時に自分を殺す、やめておけ」


信二は俯きながら握り拳を作り言った。


「そっか、じゃあ気にしない」


雛姫は信二の背中を追う、しかし雛姫はその人集りが気になって仕方が無かった。


「次はどこに行くの?」


「車をレンタルしに行くんだよ」


信二は雛姫を人集りから離したいと考えて別の道を模索した、しかし不運にも人集りの先を目に入れてしまった。


「えっ...」


その先を見て雛姫は戦慄した、3人の男女が十字架のように固定されてその周りにはドラムマガジンを装填したSMGを持つ大成学会の兵士らが見えたのだ。


「これって、処刑って事?」


雛姫は戦慄した、日常生活の傍で虐殺が行われている、しばらくの事大成学会が管理する区域から離れていた彼女にとっては衝撃が大きかった。

また信二は雛姫に最も見せたく無かった光景を見せてしまい、外に連れ出したことを後悔した。


「ねえ信二、あれってさ」


「お前には関係無い、俺にもな。さあ行こう」


「関係あるよ!」


雛姫はついに大声を上げてしまった。何人かの市民は彼女を一瞬だけ見たが即座に処刑場の方へ視線を戻した。処刑場では執行官と呼ばれる軍人がメガフォンを持って3人の罪状を話していた。不都合な情報の流布、それだけで3人は死なねばならないのだと言う。


「助けないと」


雛姫は呟いて足を処刑場の方へ向けたが信二は彼女の手を引いて止めた。


「ちょっと!」


「ダメだ、余計な事に首を突っ込むな!」


「黙って見捨てろって言うの!?」


「自分を最優先に考えろって教えたはずだ!」


信二は叫ぶように耳打ちした。


「見捨てることは出来ない、私たちの仕事はッ!」


「いい加減にしろ!」


信二が怒鳴った瞬間にサブマシンガンが吠える、それと同時に無数の悲鳴が正午の空に響いた。


「ッ!?」


「ほら行くぞ、もう済んだことだ」


信二は怒りを露わにしながら雛姫の手を引いて歩き始める。


「なんでよ」


雛姫は呟くように、あらゆるものに憎悪を込めて信二に問いかける。


「大成学会はクズどもの集まりだから」


「そんな事聞いてない!なんで助けなかったのさ!」


「助ければ俺たちが狙われる、目に見えるメリットも無いのに危険に曝されるのはごめんだ」


信二は解散する人集りを避けるように歩道のビル寄りを歩きながらそう言った。


「なんなのソレ、酷いよ」


信二は雛姫のその一言が侮辱しているように聞こえて腹が立った。

そして深呼吸をして路地に足を踏み入れてビルの壁にもたれかかった。


「あのなぁ、殺されんのも捕まって拷問受けんのも悪いのは全部そいつ自身だからな、そいつが弱っちいからあんな風になるんだよ。そうやって誰かが助けてくれるとか助けてやるとか言ってるといつかは自分が殺されるぞ!」


雛姫は自論を吐き捨てた信二の腕を掴み歩を止めた。そのまま空いた手で信二の頬を強く打つ。二人は見下すように互いを睨み合った。


「何よそれ、あんまりじゃない」


「悪い、俺もごめん」


信二は過去に雛姫が受けた処遇を想像し申し訳なさそうに通りの歩道に体を出した、雛姫はただ無言で彼の後を追う、それ以外に何をするべきか分からなかった。時々涙が溢れそうになるが格好がつかないと考えてひたすら堪える、溢れそうになっては古傷が残る手で涙を拭い信二を見失わないよう必死に背中を視野に入れる。


「変わって無いね...」


雛姫は一言零すと頬に涙が流れるのを感じた。

先ほどとは少し違うが、よく似た雰囲気のまま少し歩き続けた。






2026年4月31日 PM23:00

東京都池袋 首都近郊管理区2

旧埼玉県さいたま市

某タワーマンション駐車場


「よしお前ら作戦は頭に叩き込んだな?行動開始まで2分だ」


ワンボックスカーの中で信二は防弾ベストを着ながら言った。


「十分だ。なあ信二、本当にやるのか?」


尚人はそう答えて、信二に問いかけた。


「金もらってんだ、本当も嘘も無いだろ」


「でも子供を拐うなんて正気か?」


「正気な奴なんて誰もいない」


信二は少し考えてからそう返答しつつベストの上に普段のマウンテンパーカーを着込んだ。


「私もこの作戦には反対、でもここでのボスは信二よ」


「信二の言うことには絶対服従か」


尚人はそんな風に言いながらチェストリグの上に黒いナイロンジャケットを羽織った。


「そろそろ時間だ、恵一」


信二は無線で恵一を呼ぶ。


「ああ」


「例のプログラムを実行しろ、やり方は分かるな?」


「バッチリだ、時計合わせ、20分に起動」


「時計合わせ」


信二は全員に向けてそう言うと各自が自分の腕時計に目をやった。


「行くぞ3、2、1」


信二の合図でタイマーがセットされた、20分ちょうどだ。

その後信二はスマートフォンの連絡先から修二に電話をかける。


「作戦開始だ、頼んだぞ」


信二は言って銃火器が入ったデリバリー用のリュックサックを担ぎベースボールキャップを深く被って入り口へと歩き出す。


「え、ちょ待ってまだ私終わってない」


雛姫はキャップを被りワンボックスカーに鍵を閉めて足早に信二と尚人の方へ向かった。


「恵一、修二のサポートに切り替えろ」


信二は無線を切ると深々とキャップを被り入口へと走り出す。


「自動通報システムと監視カメラを潰したが20分が限界だ、それまでに全て終わらせるぞ。二人は裏口に回れ」


信二はエントランスに入る前にそう伝えて何食わぬ顔でエントランスに入った、認証装置は機能している為玄関口でインターホンを鳴らした。


「デリバリーです」


「店舗証明書をかざしてください」


信二は案内人の言う通り架空の店舗の証明書をスキャナーにかざした、店舗を構えていない上法人も実在しないが、情報はデータベースに登録されている為難なく突破できた。


「雛姫」


「裏口に侵入、どうすれば?」


「そのまま2階部分の窓から入れ、エレベーターを登って合流だ」


「人の家よ?」


「黙らせろ、その為に麻酔銃持たせてんだろ」


信二は無線を切ってエレベーターの5を押した。時たま付近の住民が信二を見る、彼は勘ぐりながらも平常を保ちながらエレベーターが降りてくるのを待った。

その間尚人は2階のベランダによじ登り後ろに続いた雛姫の手を引き揚げた。


「ありがと、優しいのね」


「い、いや僕はそんなんじゃ無くて」


「自惚れないで、行ってみたかっただけ」


雛姫はそんな風に尚人を弄びながら窓に張り付いてベランダからリビングを見た。


「そんな風に見たらすぐバレるよ!」


「向こうからは見えない作りになってるわ、良いから」


「おっけ、分かった。それで内部は?」


尚人も雛姫の横に張り付いてリビングを見る。二人のおっとりとした女性が談笑している、おそらく女性は母親だ。キッチンの方で影が動く、雛姫は目を凝らしてキッチンを凝視する。


「キッチンに一人以上」


「分かった」


キッチンから爽やかな風貌の男が鍋を抱えて出てくる、子供たちははしゃぎ母親と思われる女性は父の腕を触り微笑み合っている。

過去に家族を失った経験を持つ雛姫はその状況を微笑ましく、と同時に羨ましくも思った。

尚人は海外にいる父と母に思いを馳せる。


「なあ雛姫、やっぱ麻酔銃は良くない。子供まで撃てないよ」


「私も同感。でもこれは仕事なの、仕方無いでしょ」


雛姫はバッグから麻酔銃を取り出しスライドを引いて弾倉を確認した、10発装填されている事を確認するとスライドガラスの取手を掴む。


「お願いだよ、君だって嫌だろ?」


「もちろんよ、でもこうするしかない」


「なあ雛姫。いつだって選択肢は二つじゃない、他の方法を考えよう」


「じゃあ大替案を聞くわ」


「寝室から入ってダクトに登る。エレベーターシャフトに繋がっている筈だからそこから上階へ向かえば良いよ」


「却下、ダクトは探査ドローンが張ってる」


「じゃあ君の案は?信二が嫌なんだろ?別のやり方でも上手くいくって証明しようぜ?」


「分かった。古典的だけど、交渉する。一般人なら話せばわからない相手じゃない筈よ」


雛姫は少しの間の後そう言ってゆっくりとスライドドアを引いた。


「それでねお母さん!今日は社会のテストで91点だったの!皇国の発展について感想文を...」


雛姫に気がついた少女は唖然としてただ雛姫を見つめる、命の危険を感じているのか少女はひたすら怯えていた。


「お前誰だ?」


男は険しい表情で雛姫を睨みつける。母親は恐怖を隠せないまま椅子から転げ落ちていた。


「落ち着いて話を聞いてください。あなた方に危害を加える事は絶対にありません、約束します。だからお話だけでも」


「ダメだ!お前らに話すことなんてない!今すぐ出て行け!警察を呼ぶ」


男はそう言ってリビングの壁に設置されたコンソールから自動通報システムを起動した。しかしエラーの文字が画面に表示されるだけで通報は完了しない。


「お願いです、危害は加えたくありません!だから」


「なら銃をよこせ!もってるんだろう!!」


男は食い気味に雛姫に手を向けた。


「はい」


雛姫は返事をすると麻酔銃のマガジンを取り出しスライドを引いて薬室を空にして男に手渡した。


「これで、大丈夫ですか?」


「ナイフも持っているだろ!それもこっちへよこせ」


男の呼びかけに雛姫はベルトに装着したナイフシースからカランビットナイフを取り出して渡す。


「そっちの男もだ!早く渡せ」


尚人も同じように麻酔銃を床に滑らせた、男はそれを取り上げると彼らの手が届かないキッチンのカウンターに置いた。


「3分くれてやる、質問に答えろ。そうすれば見逃す。まずは一つ、俺の家族には手を出さないな?」


「出すわけないでしょう!?私たちは仕事で来たんだ!」


尚人は焦りながらそう答えた。


「あなた達から危害を加えなければ、私たちは攻撃しません。その証明にはなりませんが、これを」


息遣いを荒くする尚人を静止するように雛姫がフォローを入れる、そして彼女は胸のポケットから一枚の手帳のような物を取り出して男に見せた。


「私はユナイテッドリベレーターズ第3特殊諜報部隊所属、藍沢雛姫伍長です。一時的に拘束させてもらいますが、国際条約に基づいてあなたたちの安全を保証します、」


「ふざけやがって、この期に及んで軍隊もどきか。条約がなんだ?破ったら誰が罰する?」


「分かりました」


タイムリミットは刻一刻と迫る、議論が無駄であると気づいた雛姫は苦渋の決断であったが男に急接近し腕に簡易手錠をかけた。


「ッツ!?貴様!」


「ごめんなさい、詳しく説明する時間は無いんです。あなた達には危害を加えません、それでは」


雛姫は男を床に倒して麻酔銃を拾い上げると入り口を蹴破って廊下へと出た。


「あのッ、その手錠簡単に取れますから。えと、本当にごめんなさい」


尚人も謝罪を済ませると廊下へ飛び出てそのままエレベーターへと直行した。


「ああクソガキ共!ぶっ殺してやる」


男はそんな風に言って立ち上がり、テーブルに置かれたカッターで手錠を切りスマートフォンを耳に当てた。


「失礼します、大成学会治安維持部隊3課、11隊所属、草彅です。たった今例の組織のエージェントにより攻撃を受けました。はい、ええ、そうです。了解しました。

おそらく、VIPを狙っているのかと。はい、了解しました。現時刻をもって軍務に復帰します、通信終了」


男は連絡を終えると壁掛けのジャケットを羽織り子供らが避難した寝室へと向かった。


「お父さん?」


「ああ、大丈夫だったか?」


父親は子供達を抱きしめると立ち上がり妻の方へ向かった。


「仕事だ、すぐに戻る」


妻は嫌そうな顔をしたが渋々承諾した、そうでもしなければ法に触れ2度と家族が再開することは無いからだ。


「気をつけて」


言って子供を抱き抱えた妻はベッドに座り込んだ。


「お父さんは少し仕事に出てくる、悪い奴らをやっつけなきゃいけないんだ。その間、この家を任せるぞ?」


男は自身の息子の頭を撫でてそう言った。


「うん、わかった」


「よし。お前もお母さんとお兄ちゃんの言う事をよく聞くんだぞ?愛してる」


娘にそう告げた父は寝室を出た、そしてエントランスへと向かいながらスマートフォンをもう一度耳に当てた。


「俺だ、全員に通知する。これより作戦コードB41を発令、俺たちは首都に散りばめられたVIPを保護する。検問をa24ブロックからC31ブロックまで拡大、少しでも怪しい動きをする者がいれば身柄を拘束しろ。近郊管理区には既に即応部隊が向かっている、以上」





2026年4月31日 AM02:26

東京都池袋 首都近郊管理区2

旧埼玉県さいたま市

某タワーマンション5階


エレベーターのチャイムが鳴ると雛姫と尚人が息を切らしながら大きめの通路に出た。


「遅えぞ、何やってたんだ?」


「ごめん、ただ少し」


「まあ良い、作戦続行だ」


信二は目標の扉に張り付いてインターフォンを鳴らした。


「はい?」


護衛の黒服が出た。


「こんばんわぁ、デリバリーですぅ」


「すみません、現在警戒警報発令中なので、お引き取りを」


信二はその一言からこの作戦にイレギュラーが発生したと即座に悟った、そしてその原因が後ろの二人によるものだとも予想していた。


「下の階で何があった?」


「いや特に」


雛姫は平常を装ってそう答えたが、信二はよそよそしい尚人を見て二人の失態だと理解した。


「尚人」


「ごめん、下の階の人たちを眠らせずに来た。多分、通報が入ったんだと思う」


信二はため息をついてバッグからブリーチングチャージを取り出して壁に設置するとAK74uとカービン化されたグロック18をバッグの奥の方から取り出して二人に渡した。


「護衛のスーツは防弾加工されている筈だ、頭を狙え。迅速に片付けるぞ」


信二は言ってピストルカービンを取り出して壁の両側に張り付いた。


「突入」


信二は一言言うとブリーチングチャージを起爆、突入し黒服と戦闘に発展する、しかし護衛の隙をついて攻撃したため相手側はロクな準備が無かった。

ピストルを取り出す間に複数人射殺し迅速に各部屋をクリアリング、銃撃戦になる前に全ての護衛を片付けた。


「信二、ターゲットがいない」


「探せ、早くしろ」


信二は寝室をくまなく捜索する、クローゼットに手をかけた時微かな呼吸音を聞き取った。ベッドの下にいる、そう確信した信二は何発かベッドのマットレスに向けて発砲して見せた。


「うわぁぁぁ!殺さないで!殺さないで」


ベッドの下から少年が顔を出す、すかさず信二はその少年の顔面に蹴りを入れて気絶させ拘束すると少年を担いでリビングへと向かった。


「即応部隊が来る!急げ急げ!」


廊下へ出てエレベーターに乗ると信二は無線を恵一に繋いだ。


「恵一、目標周辺の監視カメラを確認しろ、即応部隊は!?」


「特段今は見当たらない、あ、待ってくれ輸送車が二台、裏口だ」


「聞いたな裏口は避けろ!」


信二はそう伝えて二階に出て、非常口へと走る。


「信二追加情報だ、正面に3台、即応部隊が展開している」


「数は!?」


「一台につきおよそ15人、3台で45人だ!」


「装備は?」


「ガッチガチの防弾仕様でライフル装備!殺しに来てるぞ!」


「畜生」


信二はそう零しながら非常口を開けてゆっくりと正面口を見た。


「アイツらやる気だな、クソ」


「そっちで何かあったのか?」


「生きて帰れたらゆっくり説明してやる!長い話になるからコーヒーとスナックを忘れんなよ!」


信二は冗談を言うと無線を切ると少年を担いだまま階段を下り始めた。


「なあ俺どうすりゃいい?」


「下って行くのよ!」


雛姫は動揺する尚人と共に信二の背中を追った、案の定警戒態勢を取っていた裏口の兵士に発見され信二は集中砲火を受けることになる。


「畜生!」


信二は呟いて体を低くして敵の銃口のフラッシュライトを避けながら一目散にワンボックスへ走り出す、銃弾は一直線に信二の方へ飛ぶが敵も暴れ撃ちに近い状態だ、運さえ良ければ当たる事は無い。


「まだいるのかよ!」


駐車場の付近へ到着した信二は駐車場内に展開している敵兵を発見した、時間稼ぎとして駐車場の外灯に石を投げつけて灯りを消した。


「雛姫、尚人今どこだ?」


「敵がアンタに集中してるから、今ステルスで車に向かってる、2分頂戴」


「その間にバレる!急げ」


「敵の真ん中を突っ切れって言うの?」


「俺はそうした!さっさと来い」


信二は小声で怒鳴ってからワンボックスカーまで走り敵の虚をついて運転席に乗り込んだ。


「今どこに居んだ!迎え行ってやるよ」


信二は少年を無造作に助手席に乗せて後部座席と運転席の間に鉄板を立ててから急発進し大成学会の兵を轢き殺しながら雛姫らの元へと向かう。動いていた方が包囲される心配は無いと考えたためだ。


「玄関前よ!」


信二は玄関前に止めてロックを解除した、二人は車両に乗り込むと急発進し鉄条網のフェンスへ突進していった、出入口は使わない、有刺鉄線が張られているからだ。


「後ろについて!弾幕張るよ!」


雛姫は後部座席に積んでいたドラムマガジンが装填された95式自動歩槍を尚人に渡し、二人は割れたリアガラス越しに制圧射撃を開始した。しかし敵の銃撃に押され車内は弾丸の雨に打たれ続けていた。二人は銃撃に怯みながらも必死に応戦するが弾薬が先に切れた。


「うぐッ!」


雛姫の頬に1発の銃弾が当たった感覚がした。呼吸がままならないが必死に平常を保ちつつ頬を掠った銃弾の痛みを無視してグレネードランチャーを取り出すと敵の塊に向けて発射、無事に追跡を撒いた。


「突っ込むぞ!」


フェンスを破り歩道を経由して公道に出ると他の車両など気にも止めず一目散に走り抜ける、進路変更の際何度も他の車両にぶつかり車内は大地震の最中にいるような感覚に襲われた。


「うわぁ!」


尚人は銃撃をやめて雛姫の頬を診る、傷は浅いようだ。


「大丈夫?」


「ええ、深く切ってない。少し休めばまた復帰できるわ」


雛姫はそう答えてゆっくりと寝転んだ。

信二はその二人の会話に割って入るために穴だらけの鉄板を倒す。


「どういうつもりだ!こんな事起こるはずがなかっただろう!」


信二は呆れながら二人に何が起こったのか問い詰める。


「全部俺のせいだ、俺が、住人を撃てなくて、その...通報された」


「馬鹿野郎...」


「信二聞いて、私にも非があるわ。彼の意見に、その、賛同した。私も甘かったわ、ごめんなさい」


「もう良い、聞きたく無い。とにかく二人が無事で良かったよ」


信二は腹に受けた銃創を隠すようにしてそう言うと一直線に集合場所の倉庫へと向かった。その間二人と口を聞くことは無かった、感情に任せて行動した二人に向けるべき態度が分からなかったからだ。

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