File3 別れ

2024年12月4日 PM12:30

武力制圧作戦執行エリア3 レベルイエロー

青森県弘前市 

弘前駅地下

弘前市防衛作戦失敗から15時間

エックスレイとそのチームは撤収地点へ移動


信二ともう一人の少女は西口改札を目指して駅地下にタクティカルブーツの靴音を響かせていた、少女の名は藍沢雛姫(あいざわひなき)二人の距離感は微妙でどちらも口を開かずに黙々と歩き続けていた。青森防衛作戦、それは日本抵抗戦線が第二弘前中学校を最終防衛ラインとして侵略する日本国防軍の大隊を撃退すべく考案された作戦だった、しかし圧倒的な兵力の差で作戦は惨敗を期し、信二は雛姫と共に作戦に参加していたがあえなく敗北報酬無しという結果に終わった。

大規模な作戦行動や抵抗組織の作戦は比較的失敗する可能性も高く信二には敗北に対する耐性が付いていたため今回も無事に脱出する事を第一に考えて行動するだけだった。


「ねぇ信二」


雛姫は重くのしかかる不安や悲しみを押し退けて口を開いた。


「どうした?」


信二は少し間をおいてまだ幼さが残る声で応える。


「私達、最近失う物多いね」


信二は雛姫に一瞬だけ視線を送ってまた前を向いた。


「そうだな、俺はプレートキャリアと予備のマガジンを失ったしな」


信二はふざけ半分で返事をしたがこの一言が更に雛姫の胸に刺さり苦しみを深める事になる、求めていたのは共感であってジョークではない、共に生き抜いてきた友人に胸の内を晴らして少しでも負担を減らそうと考えた自分を恨む。雛姫は俯いて信二から横の距離を取って歩く。


「一旦戻ろう、それからの事は、どうする?」


信二はきょとんとした背中に担いだAWSを揺らしながら歩く雛姫に問う。


「何も無いよ、もう皆死んじゃったし」


雛姫は目に涙を浮かべて震えた声で言う。


「ならさ、俺のいるバンカーに来ないか?これから俺バンカー124に帰るんだけどもし良ければさ?」


信二はもう一度視線を送りながら言う、雛姫は顔を挙げて目を丸くして信二の顔を見た、大雨の中日差しが差し込み空が晴れていくかのような気持ちになり雛姫はそれまで堪えていた涙を流し始める。


「な、泣く事無いだろ」


言って信二は驚嘆を見せるがそう言う彼の口元は笑っていた。


「まあアレだよ、なんとかなるよ」


「ふふっ、そうだよね」


雛姫は迷彩柄のBDUの袖で涙を拭いて笑顔を見せる、ようやく先ほどの問いの正答を得られた。

しかしそんな優しい雰囲気は遠くから響く足音によって破壊される、信二はその音に一足早く気づき近くの柱に張り付いてハニーバジャーのチャージングハンドルを引いてセーフティーを解除する、同時に雛姫にハンドシグナルで後ろからカバーするように指示する、雛姫は背負ったスナイパーライフルを片方の膝を地につけて構えた、スコープ越しに音のする停止したエスカレーターの方をじっと凝視する、心拍数の高鳴りがはっきりと分かり呼吸が荒くなる、緊張感が最高潮に達した時に音の主は現れた、5人編成の大成学会の兵士だ、雛姫は即座に柱に隠れた。全身黒でガスマスク付きのヘルメットを被ったよく見る典型的な歩兵で武器は89式小銃を装備している。状況は最悪だ。正面から撃ち合うにもハイリスク過ぎる。

戦闘は何としてでも回避しなければならなかった、信二と雛姫は息を殺して歩兵の分隊が去るのを待った。


「よし、俺たちも動くぞ、ただし静かにな?」


信二は分隊が通り過ぎるのを確認してから雛姫に視線を送り動き出す、雛姫はこくんと頷いてスナイパーライフルをもう一度背中に背負って動き出す。

西口改札前まで差し掛かった時30メートル先の後ろ向きでその場で談笑している大成学会の歩兵二人を視界に捉える。


「雛姫、片方やれるか?」


信二はもう一度ハニーバジャーのセーフティーを外しながら雛姫に問う。


「出来る、あの距離なら投げナイフでやれるよ」


信二はハニーバジャーのACOGスコープを覗いて右側の歩兵の頭に照準を合わせる、それと同時に雛姫は左目を閉じてナイフを取り出して構えた。


「俺は右を、3で行くぞ」

「1」

「2」

「3」


信二の合図でナイフと弾丸が発射されコンマ数秒後に信二の銃弾が歩兵の頭を貫いてヘルメットの破片と脳漿が飛び散る。


「なんだ?クソ!」


もう片方の兵士は信二達の方へ振り向くが雛姫の投げたナイフが喉の皮膚を切り裂いて声帯を貫き気道を断ち切るとそのまま頸動脈を抉った。


「ぐぇぇぇ、くっかぁ!」


ナイフが命中した喉元から生気が抜けていくように歩兵は倒れ込んでいった。


「グッドキル」


「信二も!」


二人は駆け足で改札を抜ける。


「脱出は列車を使う、他の仲間も到着しているはずだからそいつに乗ってここからおさらばだ!」


信二は走りながら脱出の手順を大雑把に説明する。

ホームまでたどり着くと列車こそあったものの他の傭兵たちはその列車に乗らずにただ周囲を警戒しているだけだった。


「味方だ、撃つな!」


信二は両手を挙げて傭兵たちに味方であることを示しながら近づく。


「坊主、ご苦労だったな!」


傭兵の一人が信二を見て大声で言う。


「列車は?」


「ああ、発電所が止まってるとか何とかで動かないらしい、仲間が復旧に当たってるがいつになるかまでは分からん」


プランが崩れた、電車で早急に脱出とできると考えていた信二は大きく期待を裏切られて落胆する。


「12歳のクリスマスに何も貰えなかった時より落ち込んだよ」


子供にとってはトラウマ並みの過去を思い出して頭を掻きながら雛姫の隣に座り込む信二。


「私は8歳の時から何も貰ってないよ」


雛姫も信二の横に座り込む、またもう一度あの先ほどのような砕けた雰囲気が訪れかけた。しかしまたもう一度聞きなれた足音がそれを破壊する、信二と雛姫は即座に立ち上がり付近のバリケードまで移動し足音の方向をサイト越しに凝視した。他の傭兵も気が付いたようでバリケード裏から敵を待ち伏せる。

しかし例外としてたった1人、金髪の傭兵は堂々と階段前でイングラムM11を二丁拳銃の要領で構えて笑っていた。


「おいカワード、隠れろ」


バリケード裏に隠れた40代くらいの男が金髪の男を隠れるように催促する。


「今更敵にビビッてどうすんよ?どうせ偵察部隊だろ?大した武装もなけりゃビビって逃げ出す連中ばかりだ、見えたら弾バラ撒いて終わりよ!」


金髪の男は全く警戒心を見せずにゲーム感覚で行動している、信二は軽蔑の感情を覚えて銃を構えながら「チッ」と舌打ちをした。


「なんかあの人嫌だね」


雛姫もスナイパーライフルを構えながら言う。


「おいおいお前らなんだよ、今更ビビんなよ、大体何が大成学会だよふざけてッ」


何かを言いかけたその瞬間だった、けたたましく連続して響く銃声が金髪の男を襲い男は何か所にも同時に銃撃を受けて肉片を飛ばしながら倒れ込む。


「コンタクト!」


誰かがそう叫んだ瞬間に銃撃戦が始まった、耳からは強烈な爆音が鼻からは硝煙の臭いが身体を侵略する、信二も少ない弾丸を節約しながら単発で敵歩兵の頭部に銃弾を撃ち込む。


「すーぅん」


雛姫は左目を閉じ大きく息を吸って右目の動体視力を活かしながら敵が重なったところに銃弾を撃ち込んでいく、一発の銃弾で二名殺害、効率的だ。


「弾が切れた!556!556だ!」


信二は単発で応戦していたが弾丸が底をつきたためバリケードに屈んで味方に向かって叫ぶ。


「おい若造、これを使え!」


信二の左側のバリケードからAR15用のマガジンが投げ込まれる、信二はマガジンを拾い装填してからボルトストップを叩いた。


「RPG!」


右側のバリケードからそう聞こえた瞬間信二はバリケードの横から覗き込んでRPGを所持した歩兵の頭に照準を合わせる、発砲は若干信二の方が速かったがロケットの発射は食い止められず狙いを少しそらせた程度だった、そして歩兵の死に土産であるRPGの弾頭は信二のバリケードの手前に命中した。


「危ない!」


「ああ!」


信二は雛姫を抱き抱えてバリケードから飛び出すが爆風に巻き込まれて吹き飛ばされ気を失う。


「こちらダイア17、電力復旧に成功、列車動かせます!繰り返す列車動かせます!」


40代の傭兵の無線機に連絡が入る。


「よし皆!行くぞ撤退だ!」


男は大声で言いドアを開けて銃撃を続けながら列車内に後退する。

信二は耳鳴りの中目を覚まして列車に傭兵らが撤退していくのが見えた。


「そうだ、行かないと」


信二は衝撃で鈍痛が走る体に鞭打って雛姫の元に這いより身体を揺さぶる。


「おい、おい雛姫起きろ、雛姫!」


枯れた声で必死に呼びかけて一向に揺さぶっても反応が無い、頭部を強打したことによって気を失っているようだ、運ぼうにも立ち上がれば銃弾の雨に晒される上に今の負傷した状態では人一人まともに運べない。


「おい小僧行くぞ!その女はもうダメだ」


後ろから響いた声が信二の胸を打つ。そうだもう駄目だ、雛姫はどちらにせよ死ぬ、もう死んでいる可能性だってある、それにこの業界はそういう物だ、一秒前まで笑っていた仲間が次の瞬間見るも無惨な肉片に変わることだってよくある事だ。

そう思った信二は這って列車に乗り込んだ、今まで共に戦ってきた雛姫はもういない、覚悟していた事だが胸が痛む。アドレナリンが切れ、遅れてやってくる全身の激痛と喪失感だけを感じていた。



2023年12月5日 AM05:19

某管理区域

収容所

脱出から数時間後

状況から藍沢雛姫は死亡したと推定



朦朧とした意識の中で目を覚ました雛姫はトラックの荷台にいた、周囲を見ると同年代の少女たちが顔を抑えて泣いている者やお互いを励まし合っている。

外を見ると古城のような建物が見える、しばらくして二人の男が荷台に近づいて来るのが見えた。血が付いた作業着と黒のバラクラバを見る限り味方と判断するのは難しい、雛姫は警戒を強めるためにホルスターに手を伸ばすが拳銃はどこにも無かった、それどころか意識が朦朧としているせいで上手く体が動かない。そうしている間に男はトラックに近づいて雛姫を掴んで荷台から引きずり下ろす、雛姫は地面に叩きつけられた衝撃が強すぎたせいでもう一度気を失った、他の荷台の女子たちは叫び声を上げるが男二人は無視して雛姫を古城へ引きづって行く、目が覚めたのは古城の内部に入ってすぐだった、むき出しのパイプや切れかけた蛍光灯が見える、またそれ以外にただならぬ寒気を感じた。

雛姫は荷台運搬用のリフトに乗せられて下の階へ運ばれて行く、1階に着くと多数の手術器具や血の付いたナイフが机に陳列された手術室のような場所へ連れ込まれる。

椅子に投げつけられるように座らされた雛姫は両手を枷で拘束されてくたびれたBDUを破かれて下着が露出した、辱めを受けながらも身体が動かないせいで抵抗することが一切できない。


「こいつはどうする?チェイの旦那に売るか?」


「いやドームで競売にかけるさ、そっちの方が絞れる」


男二人が雛姫の前で不吉な会話を繰り広げる。


「何見てんだ?」


雛姫は男と目が合ってしまう、そして男は雛姫に近づいてじっくりと覗き込み数秒目を至近距離で見た後、右ストレートを雛姫の頬に炸裂させる、雛姫は更なる衝撃に耐えようとするが耐えきれずに不安と恐怖と共に意識が遠のいて行った。

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