第一章 十代の傭兵

File2 出勤

2026年4月30日 AM 06:00

首都東京

旧東京都浅草 某商業ビル3階

シェアハウス内部

ID エックスレイ140はフリーネットより業務依頼を受託、大成学会への攻撃を開始する


「信二起きろ、起きろよ」


信二と同年代ほどの少年は暗い部屋の一角にあるベッドの信二を揺さぶって起床を促していた、しかし信二は一向に起きる気配を見せずに死体の如く横たわっている。


「嫌だよ」


目覚ましの音だけでなく私を起こそうとする誰かの声も聞こえてくる。信二は眠い目を半分開けて細目で声のする右側を見る、誰かが起こそうとしていることは分かったが自らの睡眠欲に勝てずにもう一度瞼を閉じる。


「起きろ信二!仕事だぞ」


瞼を閉じた瞬間怒鳴り声で信二はハっと目を覚ました。彼の目の前には腕を組んだ黒髪の少年が両腕を組んで呆れた顔でやれやれと信二を見下ろしている。


「ホテルの清掃員さんよ、ドアノブ見たか?起こすなって書いてただろ」


覚醒した信二は下らない冗談を言って右手を伸ばす。この黒髪の少年は姉村修二(あねむら しゅうじ)信二の同居人の一人であり仕事仲間だ。


「違うねチェックアウトの時間を大幅に過ぎてたから呼びに来たんだ。ミーティングを始めるぞ、さっさと降りてこい」


修二は冗談に冗談で返しながら信二の手を引いて上半身を自室のベッドから起こす、修二は信二の身体を起こした後部屋の扉を開けたまま部屋を出て行った。

そして修二が出ていった数秒後に信二はベッドから抜け出してからペットボトルに入った水を顔にかけて鏡を見る、写るのは灰色の髪型と空色の瞳を持った少年だ。そして遊び心のある雑貨と複数の電子機器が無造作に置いてある机からタブレット端末を拾ってから部屋を出て右側の階段を下って2階に降りる。


今日も仕事が始まる、彼らは傭兵であり新たな統治システムが施行されたこの国ではそれに反発する者と新時代のシステムに従う者たちがそれぞれの正義をぶつけ合い日々血を流し合っているこの国で戦力、あるいは諜報、もしくは利益を得る手段としてあらゆる組織に捨て駒のように使われていた。

2020年初頭に始まった3回目の世界大戦により傭兵の需要は今この瞬間も右肩上がりになっている、信二の主な顧客はこの戦争の中心的な組織である分断された西アメリカと崩壊した元EU諸国で結成された軍事同盟国際保安連合、あるいはこの国で反乱軍として位置づけられている日本抵抗戦線だ。


2階のリビングでは俺のもう二人の同居人たちがセンターテーブルを囲いあぐらをかいてテーブルに置いてある軍用ライフルの手入れをしている。しかし修二だけはセンターテーブルの後ろのソファーに寝そべってスマートフォンで臓器移植について解説している動画を視聴していた。信二はセンターテーブルの目の前に置いてある薄型の4kテレビの電源を入れてタブレットからテレビに映像を出力した、画面の同居人二人が作業と雑談をやめて信二の方を見る。


「おはよう、今日の仕事について説明する」


信二は作戦内容の説明を始めた。


「今回の任務は大成学会の輸送部隊を強襲し積み荷を確保する、クライアントはエリオットインダストリー危機管理部門のリチャードシモンズ主任。

積荷は放射性物質だ、扱いには気を付けろ。

輸送車の数は2つでどちらかの車両に目標の積み荷が入っている、片方は敵の護衛部隊だ。数は不明。場所はここから2キロ地点の第二東名高速道路、いつも輸送部隊はここを通っている、ちょうど中間地点に道路を挟んだ崖があるから俺と修二はここで待機する、他の二人は道路横で待機しろ。車両を確認したらワイヤーを道路に張って車を止めるぞ、積み荷を拾ったら付近の橋の点検用リフトを使って下まで下ろす、そんで積み荷と一緒にクライアントが用意してくれた車で撤退だ、質問は?」


作戦を説明して信二は得意げにタブレットの電源を切った。

ブラウンのウルフヘアの少年が手を上げる。彼は倶風尚人(ぐふうなおと)、身長は高校生の平均より少し低いくらいで年も信二の1つ下である。大成学会の元で育った為信二のような生活とは無縁であったが、訳あって彼らと行動している。


「放射性物質の被ばくリスクは?」


尚人は少し不安そうな声で質問する。


「問題ない、コンテナを開けない限りは、他にあるか?」


他の質問が無いか確認するともう一人の同居人が手を上げる。


「どうした恵一?」


もう一人の同居人の池須恵一(いけすけいいち)

親元から離れ反社会的な行動を取っているうちに大成学会から追放されたと言う。


「そんなブツ運ぶんなら爆発物は使えないだろ?どうすんだ?」


信二はその質問にため息を付いた、呆れたわけではない、むしろ安堵したからだ。なぜなら彼はいつも拍子抜けした事しか聞いてこない、今日は珍しく真っ当な事を言ったからだ。


「当たり前だ、グレネードの使用は最低限にしろ、射撃のみで確実に制圧するぞ」


信二は間髪入れずにそう指示を出す。


「ブリーチングチャージ、使うか?」


恵一は続けて言う。


「最終手段だ、ハッチ裏に置いてあったら一発で放射能が漏れて俺たちはグール化しちまうからな。他には無いな?よし始めるぞ」


信二はそう言うと階段の正面にある"オタクと殺し屋の楽園"と書かれた扉を開ける。

扉の向こうは正に楽園と言わんばかりに銃火器が壁に立てかけられていた。4人の男たちはそんな楽園に足を踏み込んで銃火器を手に取る。


「なあ修二、MP7を頼む」


信二は部屋の右側に置かれたロッカーから戦闘用に準備したジャケットとプレートキャリアを装備しながらを指さす。


「あいよ信二、今日はハニーバジャー使わないのか?」


修二はを信二に渡しながら普段の愛銃を使わない信二を不審に思った。


「接近戦が予想されるからな、一応持っていく」


信二が言うと修二は身体をのけぞらせて右手を顎に当てて占い師が手相で人生を測る時のような目で信二を見る。


「浮気性?」


「うるせえ対物性愛者」


二人は互いにからかい合って微笑する、しかし修二がハンドガンに固執している事は事実だ、現に修二の両足のホルスターには彼がカスタムした1911のようなが見える。


「それでお前はどんなカスタムで行くんだ?」


信二が聞くと修二は口角を上げて2丁の拳銃を見せつけた。

彼の拳銃はMEUピストル、あちこちに傷がついているためかなり長い間共に戦っていたことがわかる。

修二はここまでの物を作り上げた俺を褒めろと言わんばかりに銃を顔の横に掲げて見せびらかした。

一方の恵一と尚人だが尚人は颯爽と準備を済ませて一階の受付に向かっていた、恵一は自らのボディーアーマーに防弾プレートを仕込んでいた。


「ほんじゃ、先行ってるわ」


修二はSF小説に出てきそうな自前の戦闘服を装着して部屋を出る、それにしてもBDUとも体操服とも似つかない自前の戦闘服一枚で戦場に向かうとは信二達からは到底理解のできないものであった。


「おい恵一、あとどのくらいで準備できる?」


信二はMP7に50連マガジンを装てんしスリングを肩にかけて部屋を出ようとしながら武器庫内に視線をくべる。


「もう準備できた、今日は面白い事になるぜ」


恵一はスパス12とライオットシールドを抱えて部屋を出る、そして背中にはM249を背負っていた。

信二は誰もいなくなったことを確認して部屋の照明を落として鍵を掛けた。

信二と恵一は1階の受付まで向かうためにダイニングとリビングの間にあるエレベーターに乗り込んだ、エレベーター内では沈黙が続いていた。


「おい信二、タバコあるか?」


沈黙を破ったのは恵一だった。


「持って無いね」


信二はキッパリとタバコを渡さない意思表示をした。


「残念だ、一発キメてから行きたいのによ」


「ダサいこと言うな、喫煙者アピールは寒いぜ」


「畜生、なんも分かってねぇなお前」


エレベーターのチャイム音が鳴った、1階に着いた合図だ。


「そんなに吸いたいならLMGの硝煙でも吸ってろ」


信二は一言言い残してエレベーターから出た。


「おい待てよ、鼻からか?口からか?」


恵一はエレベータ―から出ていく信二に噛みつくように質問する。


「それはお前が決めろ」


信二は顔を向けずに右手を立てて一言返した。


同日 AM10:32

首都東京

旧東京都新宿区 政府専用第二東名高速高速道路付近

エックスレイ140とその部隊はフリーネットより受注した依頼に従い作戦行動を展開する。

目標 トラック内部に積載された積み荷の確保


「おいこれ登るのか?」


修二は切り立った崖を見て驚嘆の声を出す。


「心配するな、手段はあるぜ」


信二は背中にぶら下げたアイスアックスのような道具を取り出す。


「こいつは試験型タクティカルスパイクT2、作戦行動が困難な地形での移動の補助に使われるとか、ダイヤモンドもブチ抜く優れ物らしい、あと完全に余談だけどT2はタイプ2って意味で他のタイプもあるんだそうな」


信二は断片的な記憶を繋ぎ合わせてタクティカルスパイクの説明をする。


「へぇ、パクるの大変だったろ?」


「いや別に、昔なじみの武器商人が譲ってくれたから特に苦労はしていない」


「ジョンか?」


「まあそうだな」


信二はそう言うと信二は早速スパイクを振り下ろして岩石に刺し込む、まるで溶けたバターにナイフを刺すかのようにスムーズに岩の奥までスパイクが食い込む。


「おぉ、すげぇや」


しかし信二がスパイクを振り下ろして感心している間に修二は体一つで先に3m程崖を登っていた。


「そんなのに感心していないで早く登れ、運ちゃん共は待ってくれないぞ」


修二は片手で岩の突起を握りながら下を見てそう言った。


「ああ分かってるよ」


信二は何度もスパイクを振っては刺し込みながら崖を登る、崖に食い込むスパイクの感触が心地よい。

信二が目標の崖上に登りバックパックからラペリング用のロープとスパイクを取り出してロープをスパイクの柄に巻き付ける。


「下の二人が上手い事細工したら俺らは飛び降りるだけだ、派手に行くぞ」


信二はラペリング用のスパイクを敷設しながら左拳を修二の方へ突き出した。


「格好良くキメてやろうぜ」


修二は突き出した信二の左拳と自らの右拳を合わせる。


「ああ」


それから間もなく無線から聞き慣れた声が聞こえた。


「足止め用のワイヤーの設置完了、次の指示を」


尚人からだ、下を見ると二人がOKマークを出しているのが見えた。信二は無線機のスイッチを入れる。


「こちらエックスレイ140、待機しろ」


無線機のスイッチを切って膝立ちの状態でその時を待つ。


「しっかしここは都合がいい場所だよな、政府専用道路なのに監視が全く無いし敵の検問も無い、襲ってくださいと言ってるようなもんだぜ?」


修二が寝そべったまま口を開いた、確かにこの道路は重要な機密書類を運搬する際にもよく使われる、それなのに全てのエリアが監視されていないのは何故だろうか。


「なんでだろうな、まあ何か裏があるんだよきっと、いつかわかるさ」


会話を続けようとしたその時だった、無線からまた聞きなれた声が聞こえてくる。


「敵車両を確認、数は2、予定通り作戦を開始する!」


信二と修二はそれまでのリラックスした雰囲気から一転してラペリングロープを自身の腰部に装着済みのハーネスを取り付けて降下準備を整える、修二はMEUのスライドとスライドを弾きあってコッキングした。

信二はMP7のチャージングハンドルを引いてストックを伸ばした。

何も知らぬトラックはワイヤーに向かって刻一刻と近づいてついに1台目がワイヤーに引っかかる。


「今だ!」


信二の合図で崖上の二人はワイヤーに足を取られ停止したトラックのコンテナへ急スピードで降下する、それと同時に道路脇で待機していた尚人と恵一も同時に身体を道路に押し上げて銃を構えながらトラックの運転席へ向かう、恵一は助手席側へ向かって2回スパス12を発砲して運転席の窓を破ってからフラググレネードを投げ込んでシールドを車両に向けた、その3秒後に爆音と硝煙が運転席を満たした。


「おい気を付けろ!俺まで殺す気か!」


尚人は間一髪の所で爆発に巻き込まれずに済んだが寿命が数年縮まったのは言うまでも無い。

上空から降下した信二は1台目のコンテナに着地して修二は2台目のコンテナに着地した、更に修二は着地と同時に運転席の天井越しに運転席と助手席に発砲して運転手らを殺害する。


「迅速にかかるぞ、1台目をクリアリングする!


信二は強固に固定されたコンテナの突破は不可能と判断しブリーチングチャージをコンテナのドアに張り付けて起爆の準備をした、尚人はシールドを展開した恵一の後ろに張り付いてスカ―-Lを構えて恵一は片手でシールドを支えながら背中に固定したM249を腰だめで構えた、修二はコンテナから少し離れたところでハンドガンを二台目の方へ構えて仁王立ちしている。


「起爆!離れてろ!」


信二はスイッチからチャージを起爆させる、爆風と破片が飛び散り轟音が響いた。


「警戒しろ、先に行け」


信二がそう言うと尚人がまずコンテナによじ登る。軽くクリアリングをすると次に信二がコンテナへよじ登って銃を構える、真正面にはオレンジ色の積荷が置いてあった。


「コンテナ発見、2台目を制圧しろ!」


信二がコンテナを運び出そうとしたその次の瞬間だった。


「銃を捨てろ!」


次の瞬間コンテナ内部に信二にとって聞き覚えのある女性の低い声と拳銃の金属音が響く、信二は声のする方へ振り向いて銃を向けた。


「お前...」


「信二?」


はっきりとその声の主の正体が見えた時だった、信二は銃を下ろしてその主を凝視する。

間違いなくあの時の少女だ、桃色の長髪と信二と同じ空色の瞳を持つ少女、迷彩服姿でスナイパーライフルを背負った少女。


「お前、こんなとこで何やってんだ?」


信二は困惑と驚嘆を隠しきれないまま銃口を少女の顔へと近づけた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る