file1 United Liberators
2022年3月5日 AM 02:00
経済特区エリアD-4
旧愛知県名古屋市
古瀧信二(フルタキ シンジ) コールサイン-Xray140は単独での作戦行動を開始
目標は日本国首相 黒田条史郎の排除
骸骨の口元が描かれたバラクラバを被った頭からつま先まで黒一色の兵士は名古屋の夜景に割り込んだ明かりの灯る高層ビル群の屋上で片膝をついて双眼鏡で50m先を覗く。監視している先は皇国ホテルの最上階である60階だ、
そこには日本国の首相である黒田条史郎の姿があった。普段の威圧感のあるスーツ姿とは真逆にバスローブに包まれた黒田はどこかの家族にいるごくありふれた祖父にしか見えない、しかし彼は過去、この日本国のシステムを大きく作り変えてしまった人間であった、もちろん彼を恨む者は数知れずにいる。
首相がベッドに入り読書を始めた時だった、黒の兵士は無線のスイッチを入れて何者かに連絡をする。
「こちらエックスレイ140、作戦を開始する。脱出は予定通り頼む」
「了解だ信二、俺はお前の事信じてるからな!」
信二はは無線を切り大きく息を吸った、澄んだ夜の空気が心地よい。
ついにこの日が来た、ついにあの独裁者を地獄送りにする日が。
「今日で全て終わらせる、必ず」
黒いレンズのゴーグルを掛けながら一言呟く。
床に置かれたアサルトライフルのストックを縮めて槓桿を引きチャンバーを確認して背中に吊るす。
信二は密着したビルからビルの屋上に向かって飛び降りる、軽く受け身を取ってすぐに立ち上がりまた別のビルに向かって走り皇国ホテルを目指す。受け身を取り、あるいはむき出しになった配管やベランダの柵を使ってビルの屋上を軽快に伝っていく。
早く、早くあの場所へ。
皇国ホテルが目前に見えたが大きな問題が一つホテルは横幅10mほどの道路の向こうにあった。おまけに皇国ホテルは今居るビルよりも遥に高い、恐らく自分のいるビルがおおよそ屋上含め55階、あと5階分足りない。
先ほどのように飛んでたどり着くのは不可能だが信二には策があった。
「すぅ~ふぅん...」
信二は目を閉じて大きく息を吸う、プレートキャリアとマウンテンパーカーを挟んでいても胸の膨張が確認できる。
息を吐きながら目を開けると信二は自らのグローブの内側を見つめて手首部分に設置してあるスイッチを弾く。
すると手のひらに貼りつけられた銅線コイルと黒色の金属が不気味な音を奏で始める。
手のひらの装置の起動を確認した信二は助走をつけて皇国ホテルの壁めがけて飛び込む。しかし当然それだけでは届かない、弧を描いて落下しながらホテルへ近づく、そしてビルと信二の顔がほんの数センチのところで壁に両手を張り付けた、あのグローブの近未来的な装置は壁に張り付くための装置だったようだ。
「うぉぉ、ヤバい!」
訓練はしていたもののいざ実戦となると死の恐怖や不安に襲われる、辛うじてパニックにならないようにコントロールしていた信二は一時停止したところで一度大きく息を吸った、この段階で心拍数は平均の3倍まで上がりアドレナリンに満ち溢れている、3月の寒空なのに身体が暑い。
信二は上階のバルコニーまで壁をよじ登りフェンスにロープを吊るしてラペリングする。手首のスイッチをもう一度弾いて装置を停止させゆっくりと下の階の窓を上から除く、頭を下にして覗くだなんて気分はホラー映画のクリーチャーと言ったところだ、そうだ俺がクリーチャーなら条史郎を徹底的に追い詰めて恐がらせてやろう。信二は黒田の怯える顔を想像して少しだけ気持ちに余裕を持たせた、しかし心拍数は一切下がらない。
「誰もいない、ここなら行ける」
窓の向こうに宿泊客は見えなかった。信二は背中から溶断機を取り出して31階の窓ガラスに円を書いて蹴破る、大きな円の割にはあまり響かない小さな音を立ててガラスが割れる、割れ目からすっと身体をビルに投げ入れてアサルトライフル<ハニーバジャー>を構えてストックを引き延ばした。サプレッサーとハンドガードが一体になった珍しいライフルでその革新的なフォルムから一部のマニアの間で根強い人気を誇る銃だ、しかし信二のハニーバジャーは後継機なのかサプレッサーとハンドガードが分離されている。
ゆっくりと体を低く音を鳴らさぬようにゆっくりと廊下に繋がるドアに近づき背中のファスナーからパソコンを取り出した、サラリーマンが使うようなパソコンでは無く、戦争物の映画で指令室に置いてあるようなパソコンである。
信二はキーボードを光と同等の速さで叩いて黒い画面に緑の文字列を並べていく、カメラへのハッキングを完了させて動画をパソコンに出力した時に信二は指を鳴らした。外の様子を確認すると黒い装備と威圧感のあるステンレス製のガスマスクに身を包んだ敵の兵士一名を発見する、敵がこちらのドアの方を向いていない事を確認した信二はパソコンを仕舞ってドアをゆっくりと開けて左手にナイフを握り背後から徐々に敵兵士に接近する、またもや心臓の鼓動が高ぶる。
「ふん!」
信二は左手に握ったナイフで敵の腕を斬りつける。
「うぉ!んごご!」
信二は斬りつけるのと同時に敵のマスクの口元を抑えて声を抑える、そしてそのナイフを喉元に突き立ててそのまま奥深くまで刺し込む、刃は皮膚を破り動脈を完全に断ち切る。そのまま深く押し込んでグリグリとナイフを半回転させながら兵士の目を鬼気迫る眼差しで見つめる。兵士の目から生気が抜けて絶命したのを確認してから先ほど突入してきた部屋に遺体を安置した。
それからは銃を構えて最上階を目指して階段を駆け上がっていた、音を殺して迅速に駆け上がる様は冷静に見えるが実際は黒田への憎しみで満ちていた。
過去の記憶がフラッシュバックされる、黒田によって奪われた日常、友達、家族。
最上階までたどり着いた信二は踊り場で胡坐をかいてもう一度パソコンを開く、監視カメラ全体のネットワークは掌握済みなので最上階のカメラにも簡単にアクセスできた。敵は12名、丁度廊下中央のドア前に集合しているのでおそらくそこが黒田の部屋だろう。ライトマシンガンを担いだ兵士が4人その他サブマシンガンを抱えているのが8人。信二は状況を認識するとその場で突破策を考案しては自分で反論する一人議論を始めていた。傍から見ればバカバカしい行為かもしれないが信二はこの行為に何度も救われてきた。議論はほんの数十秒で終わった、出た答えは正面突破であったが撃ち合っていては埒が明かないと判断したのか信二はもう一度パソコンを開いてキーボードを叩き始める。緑の画面からビル全体の動力システムにハッキングをかけて照明を落とす。更に都合よく廊下の照明だけを。
「こちらブラボー2、セキュリティ1の照明がダウン!繰り返すセキュリティ1の照明がダウン!」
突発的に訪れた闇に敵の兵士たちは困惑しながらも報告だけは律義に行っている、まあ無能にしてはよくやっている方なのだろう、多分。
信二はフラッシュライトを点灯させて踊り場の柱から身体を乗り出してホロサイトの照準を敵の頭に合わせて引き金を引く、サプレッサーにより抑制された銃声が12回響いた、信二の弾丸は一発も外さずに敵兵の頭部に命中してヘルメットと頭蓋骨を陥没させていた。
大きな音を立てて倒れ込む兵士をよそに信二は各階段にC4爆弾を設置してから黒田が滞在しているであろう扉の前に張り付いてリロードする、弾丸がまだ残っているためプレートキャリアのマグポーチから取り出しマガジンをライフルに挿し込んだ後に使い終わったマガジンをマグポーチに戻す。信二はまたもや背中に背負っていた小さなタペストリーのような物を扉に張り付けて展開する、これはブリーチングチャージだ。
「こっちだ!急げ!」
下の階から金属音が混じる足音とフィルターのかかった低い声が微かに聞こえる、しかし信二は撃ち合えば敗北は避けられない大量の援軍には目もくれず壁のチャージのスイッチを入れてドア横に張り付いてリモコンのレバーを押す。耳が裂けるほどの爆音と視界が霞むほどの破片が吹き上がる、ゴーグルが無ければ眼球の一つでも使えなくなっていただろう。耳鳴りがまだ残る中信二はフラッシュバンを二つ部屋に投げ入れて微かな閃光を2つ確認してから信二は部屋に突入して背後を確認する、そしてそのまま浴室と書斎和室をクリアリングしてベッドルームに突入した、部屋全体の安全確保に要した時間は僅か20秒。そしてベッドルームのツインベッドには黒田条史郎の姿があった、信二はタクティカルナイフを鞘から抜いて黒田に迫った。こんなにも騒ぎを起こしたというのに夢の中にいる黒田を見ると軽蔑の感情まで湧いて来る。
「あの世で償いな、クソ野郎」
条史郎の右耳元で囁いた後信二はこれまでの怒りや憎しみ悲しみをこめてナイフを黒田の心臓めがけて振り下ろす、ナイフは鈍い音を立てて黒田の胸を貫いたが信二は手ごたえを感じていなかった。
「違う、人の感触がしない!」
黒田は偽物だった、心臓を串刺しにしても反応一つ見せない。
「どういう事だよ?」
信二は困惑を隠せないまま黒田人形の傷跡を両手でこじ開ける。
「おい、これって!?」
胸の中には複数のC4爆弾が埋め込まれておりタイマーが起動していた、さらにタイマーに記載されていた数字は2。タイマーが0になると同時に高音のピープ音が鳴った、同時に信二は部屋の外に駆けだそうとしたが時すでに遅く信二は爆風と共に吹き飛ばされてしまった。
「ぐはぁ!」
吹き飛ばされた信二の身体は寝室の壁を破り鈍い音を立てながら床に倒れ込む、段々と視界が黒く縁取られていき意識が遠のく。
あの爆発から数分後、信二は自らの心臓の鼓動の音で目を覚ました、激しいがゆっくりと波打っている。身体を起こそうとするが思ったように動けない、更に最悪な事に目の前に敵兵十数名と本物の黒田と15歳くらいの少女が信二を見下ろしていた
「き、貴様」
信二は声を絞り出した。
それに答えるように黒田は信二の破れかけたバラクラバを剥ぎ取って捨てた。
「名前は?」
黒田が野太い声で呟く。
「古瀧...信二」
信二は掠れた声で絞り出すように答えた。
「ならばこれは復讐か」
「ああ...そうだ...うぅ!」
信二は大量に出血する腹部を押さえて呻いた。
15歳の少女はそんな信二を一瞥しハンドガンをを引き抜いて銃口を信二に向ける。
「人類救済の為の礎だ、彼らは皆理念に従い殉教した」
「ざけんな、カス」
信二は黒田を睨みながら立ち上がろうと力を入れた、しかし太ももから飛び出した骨が少し動くだけだった。
「ぐあぁぁ!」
信二は痛みと恐怖を堪えきれずに叫ぶ。
「恐れることは無い、母に会えるのだ」
黒田はそう言って少女に合図した、少女はトリガーに指をかけ信二の眉間を狙う。
信二は消耗しきっていて立ち上がるだけの気力は残っていなかった、ここで終わり、信二が死を覚悟したその時だった。突如天井が爆散して数名の黒ずくめの兵士が突入して黒田に向かって発砲する、しかし黒田も負けじと兵士に発砲を命じて我先にと逃走する、寝室内部にはけたたましい銃声と兵士たちの怒号が響く、所々気を失いかけて銃撃戦の全貌は見えていないが銃撃戦の結果は黒ずくめの兵士たちの圧勝だった事と黒田に逃げられた事だけは理解できた。
「橋本と山岡は黒田を追え!Bチームはブツを探せ!」
1人の兵士が指示を出しながらこちらに近づいて来る。目の前でしゃがみ込んだ兵士は傷口に止血用のジェルが流れる注射を刺して信二を担架に乗せて回収用のハーネスを担架に取り付けている。
「あ、あんたら誰だ?」
信二は助かったと思ってはいた、しかし彼らが味方である確証を得るために必死に声を絞って所属を問う。
「我々はユナイテッドリベレーターズだ」
聞いたことのない組織名に警戒心を強める信二だが無理
に身体を起こそうとしたため力尽きて気を失ってしまった。
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