花も団子も 贅沢に
いけだ
第春章 プロローグ 花鳥風月
桜の花が咲き始める4月。
一年生は二年生に上がり、二年生は三年生へと上がる。卒業した先輩たちを悲しむ人々もいれば、新たな後輩に喜ぶ人々もいた。
そんな中、新入生たちは先生に部活を強要され、部活探しに勤しむ毎日。
彼女、
淡い、と言われれば、誰でも納得する。透明感のある肌や、すらりと伸びる腕は誰もが一度は 振り向くだろう。美人とまではいかないが、存在感はある。肩までかかる黒い髪はするりと腕を 通る。しかし、絵を嗜む彼女には邪魔だった。彼女はくるりと無造作に後ろで縛り、右へ左へとなびかせる。
授業として使われる第一美術室は、綺麗好きな先生のおかげで整理整頓されている。
しかし、 花江がいるのは隣に位置する第二美術室。部室として利用される第二美術室は、カラフルに絵の 具が好き放題散乱し、無法地帯になっていた。ぼさぼさになった筆やまだ使える画用紙でさえも 床に散らばる。机には色が飛び散り、残念ながら授業として利用できるものは一つもないだろう。
ただこの第二美術室から見える景色は絶景で、知る人ぞ知るお花見スポット。満開の花が窓一 面に飾られ、誰がどこから撮っても写真映えするだろう。
「花より団子というけれど、私は団子も花も好き」
ぼうっとした眠気まなこは、淡く儚いイメージを描く。なぜか今にも消えそうで、放っておくと どこかに行ってしまいそうだった。
「それは誰の格言だい?」
そんな彼女の静かなひと時は、彼の侵入により破壊される。彼、
第一印象は好青年。猫のような丸っこい瞳に、さっぱりとした顔立ちはイケメンの部類に入る。春休みの間に茶髪にした髪は首にかかりそうになっていた。むさ苦しいとは思わせないほどのさらさらとした髪は、女性でも羨むものだった。
「わたし」
「博識の俺でも分からなったのは、そういう意味か」
花江と鳥羽は、目の前に置かれた団子と桜に視線を送る。
「でも、悩ましいですね。目の前に美しい花も美味しそうな団子も、どちらか取るなんて、わたしにはできません」
「団子も花も...か。贅沢な悩みだね。花江は贅沢なやつだな」
花江はこてんと首を横にして、鳥羽に意見を求める。
「じゃあ、先輩ならどうしますか?目の前にある美味しそうな団子とキレイな桜だったら、どちらをとりますか?」
「俺は、団子や花よりも、それを楽しむ人、かな」
「なるほど。Cで来ましたか」
「AとBの選択肢の枠におさまらない男なんだ」
花江は一度絵画に戻り、白いキャンパスにペタペタと色を注いでいく。その様子を一枚の絵に 収めようと、鳥羽は彼女から距離を取り、ぱしゃりとシャッターを切る。
「そうやって先輩は今年も賞をかっさらっていくのですね」
なにも言われずに撮られたことに、花江は口を尖らせる。
「桜を背景に団子を描くきみより、確実さ」
「被写体はわたしですよね。出演料をいただきたいです」
「いいよ。図書カードくらいなら。本は好きかい?」
「ええ。本は話さずにわたしを楽しませてくれるので......好きですよ」
花江の一瞬の間がなにを表すのかを理解し、鳥羽はカメラレンズから花江を覗き込んだ。良い絵になるとでも思ったのか、彼はチャンスをうかがう。
「俺に対しての嫌味かい?」
「先輩は頭脳明晰で助かります。分かっているのでしたら、ぜひそのお口を閉じてもらいたいものです」
「閉じたところできみは、またそのセンスのない絵を描くだけだろう」
「風流です」
「言い方の問題だね」
「いいえ......感じ方の問題です」
鳥羽は彼女の優しい眼差しと声の響きに驚き、一瞬のチャンスを失いかけた。すかさず我に戻り、シャッターを押す。
てっきり怒った表情が撮れると思っていたが、こんな優しそうな花江の 表情を撮れるとは思ってもいなかった。年に数回しか収めることはできない貴重な一瞬だった。
「センスとは、人それぞれですから。光ったものを感じれば、その人の武器になります」
「じゃあ、きみには武器がないね」
「攻めてはいます」
「そうだね。攻めてるね」
色々な意味で攻めてはいる。
「ただそれが人に認められないだけです」
「確かに。ティッシュペーパーは武器にはなれない」
「わたしのセンスはそんなに薄っぺらいですか?どう言われようとも、わたしは変わりませんよ。どうにかして、磨きます」
「ティッシュペーパーをどう磨けるか見ものだね」
「ひどいですね。どう頑張っても磨けないものを比喩に出してきた。先輩のように、ダイヤモンド みたいにキラキラしているセンスを持ってみたいものです」
「ティッシュペーパーなら燃やせば光るさ」
「わたしが一瞬しか輝けないということですか?」
「俺もどうやって身につけたのか知らないからね。ぜひ教えてもらいたいよ。なにを撮ったから、永遠の輝きを頂けるのか...と」
「先輩の方が贅沢な悩みですよ」
三色団子を塗り終えた花江は、一旦息をつき、筆をパレットに置く。
「持っているものに対して悩むのは、ズルいです」
「俺はなぜ、きみが賞を取れないのか、審査員の気持ちがよーく理解できる」
「仕返しですね。さっきわたしがうるさいって言ったから、仕返ししているんですね。」
「きみも中々頭が良いね。学年何位だっけ?」
「先輩には及びませんが、毎回10位以内にはつけています」
「なるほど。センスと頭脳は比例しないんだね」
「ユーモアと言います。わたしの作品には夢と希望がつまっているんです。夢のない、現実しか 撮っていない先輩には分からないことでしょう」
「俺はここ見える桜の窓際に、ありえない場所に置いてある団子、という現実は受け入れること ができないよ。脱帽だ」
「褒めているようには、聞こえません」
背景の桜の色が気になるようだった。花江はもう一度ブラシを取り、乾いてしまったピンク色に画溶液を混ぜる。シャッター越しに覗く視線が気になり、花江は暇そうな鳥羽に質問を投げかける。
「先輩はなぜわたしにピントを合わせるんですか?」
「俺はただ被写体のユーモアを写真に残しているだけだよ。ユーモアを写すと、センスになる」
「じゃあ、わたしのおかげですね。次で賞が取れたら、先輩の図書カードはぜひわたしにお譲りください」
「お安い御用さ。俺はそれ以上のものをもらっているからね」
鳥羽のカメラはプロ仕様。高校生だというのに、頑丈なカメラバッグの中には、様々な大きさ の交換レンズが並べられていた。彼の資金力がどこから来るのかは、誰も知らない、謎の部分だった。
「地位と名誉ですか。うらやましい限りです」
「その言い分だと、なんだか俺が嫌なやつみたいじゃないか」
「嫌なやつ、です。先輩はやはり花よりだんごですね」
一方の花江の画材は全て部費で賄われている。筆も、鉛筆も、絵の具も、キャンパスも...全て 薄汚れたお下がりだ。油絵用のキャンパスは何度も白に戻せる。だから、彼女は水彩画よりも油 絵を好んだのかもしれない。鳥羽の写真とは違い、彼女の作品は形に残らない。
「おっと、俺にきみのセンスの押し付けをしないでくれ。俺の芸術は、たくさんの人に理解さ れ、賛美され、賞を頂いているんだ。どちらも取りたいと言ったきみのほうが、花より団子じゃないのかい?」
「失礼ですね。大多数が正しいとは限りません。少数派の中で生まれる正義もあります」
「きみの考えはいつも独特だね。ここは日本なのだから、マジョリティーの風習に合わせて生き るのが正しい生き方だと思うけれど」
「では、わたしはAbroadで生きることにします。わたしのOriginalityが受け入れられるLocation に身を置いて、Nobodyにケチをつけられないように...Live as who I amです」
「急に英語を織り混ぜてくるな。頭が悪そうに思われるぞ」
「先輩がマジョリティーとかいうからです」
花江は顔を背け、鳥羽のカメラにわざと映らないように小刻みに動き始めた。被写体が動いてしまっては、ピントがボケてしまう。鳥羽は諦めたように肩を上げて降参した。
「0か1しかきみにはないのかな。いつかきみの芸術が、認められる時もある。ゴッホのように」
「死んだ後じゃ意味ないです。生きとし生けるものならば、今も、後世にも残る存在でいたいんです」
「冒頭に戻るか。きみはやはり贅沢者だね」
「一般論です。目に映る現実にしか興味のない先輩に、わたしの苦悩を理解していただこうと思いました」
「俺が死んだ後、俺の作品は人の目にどう映るのか、見れないのは悲しいね。今を撮るのが、俺の今だ」
柄にもなく、鳥羽は自らにカメラを向けてピースをした。撮れた画像を確認するが、自撮りは慣れないようで、すぐにデータを抹消した。
「確かに、後世うんぬんより、今を撮りたいね」
「ほら、やっぱりわたしの意見が最強です」
一方、今年度から入ってくる新入生もいる。 キラキラと光る緑のピアスに、明るい色の茶髪はワックスで毛流れに整えられ、見事高校デビューに成功した男、
背は平均男子よりかなり頭一つ高く、どこにいても見つかるだろう。キリリとしたつり目に、 鼻筋はすーっと通っている。女子が放っておくことのできない、憎らしいほどの美形だ。
「秀ちゃん。ここで、なにしてるのかしら?サッカー部は校庭よ」
「いや...もう汗をかくのはこりごりでさ。なんか室内で出来る部活を探してるんだよ」
「あんなに一生懸命打ち込んでいたのに...もったいないわね」
「先輩が引退したあとから、俺の調子はガタ落ちだったよ。やる気がでなかったんだろうねー」
風間に話しかけた少女ー
お隣同士の幼馴染という関係で、気軽に話せる間柄だ。
とは言っても、月島と風間では育ち方がまったく違う。
良家のお嬢様である月島からは、上品 で優雅な香りが一面を漂う。あでやかな美人で、女性らしい気品をまとう。すらりと伸びる長い 足や、なだらかな撫で肩、くびれる体型はもはやモデル。パーフェクトボディーの持ち主だ。ナ チュラルウェーブのかかった黒髪は、波を打つように揺れていた。
「秀ちゃんは、昔からミーハーだものね。じゃあ、吹奏楽部に入る?クラリネットなら教えられるわ」
月島は吹奏楽部に所属しており、来年には部長になると期待されている。現在はセカンドクラリネットだが、来年にはファーストに昇格するだろう。
「遠慮する。だって、女子ばっかじゃん」
「昔からきゃーきゃー言われるのに慣れてないものね」 「うざったいんだよ。人が集中している時に、『こっちむいてー』とか『かっこいいー』とか...。 俺になにを期待してんだっつーの」
「女の子は特別を求めるのよ。みんなのものがいつか私のものになるって信じてるの」
「俺と付き合えば人気になれるとか勘違いしている夢見がちの夢子ちゃんの集まりでしょ」
「否定はできないわ。知名度と地位を重んじるのは、どこの世界でも一緒よ」
「姉ちゃんの世界では、そうだね。あー、俺の世界って狭いなー」
風間は腕を天に向け、背中と共に大きく伸ばす。
「じゃあ、文化部なんかはどうかしら?」
「文化部?」
「確か、飾られている作品がいくつかあるはずよ」
こっち、と手招きをしながら、月島は風間を呼ぶ。風間は月島の後に続き、なにもない廊下を ひたすら真っ直ぐに歩いて行った。
外ではサッカー部の声援や、カキーンと打たれる野球部の音、そして青空にはジェット機が白線 を描いていた。なんてことない風景だった。ざわざわと揺れる桜木がハーモニーを作り出し、心地 よいリズムで階段を上る。
「ここよ」
月島が足を止めたのは、三年生への教室が続く廊下の手前。
埃のかぶった額縁の中に、文化部の作品は飾られていた。西日のさす廊下に、科学実験を記す橙色に染まりかけた模造紙。
試行錯誤して作られたであろう、野菜ケーキのレシピ。
なにをテーマに描いたのかよく分からない、向日葵とかき氷の油絵。
「この油絵は、私の親友が描いたの。上手でしょ?」
「いやー。なにを伝えたいのかさっぱり分からない」
「自分の好きなものを描いているのだから、立派なテーマを持った作品よ」
「姉ちゃんは、この絵に訴えるものを感じるのかよ」
「高校生の絵ですもの。価値よりもそこに費やした努力と時間を重んじるわ」
「うーわー。姉ちゃんも中々の性格の悪…いや、大人の答え。要は才能ないって言いたいんでしょ?お嬢様の家にはうん十万とする絵画が並べられてるもんね」
「私はそんなこと一言も言っていません。好きなものを好きなように描く。人それぞれの個性を褒めるわ」
「なんか上から目線だね」
そんな中、一際目立つ作品が置かれていた。丁寧にラミネートされた地方新聞には、『全国高 校生写真コンテスト受賞!』と大々的に報道されていた。
その隣には、自校の新聞が貼られ、『鳥羽賢一さん 全国で輝く!』の見出しと共に、校長とトロフィーを掲げる青年が映し出されていた。
「この人...すげぇ...」
言葉では言い表せない何かがこの一枚の写真には映し出されている気がした。
夏のとある1日 に、ひまわり畑の中に一人の透明感のある少女がぽつりと佇んでいる。麦わら帽子を深くかぶり、顔はよく見えない。ただひたすら黄色が続く道のど真ん中で景色を眺めている。寂しそうに 夏が過ぎるのを見つめているのか、はたまた夏を楽しんでいるのか。見る者に何かを訴えかける。
「賞とか関係なく、この人の写真を見たら、絶対に惹かれる」
「運動ばかりしていたわけではないのね。美術の鑑賞もきちんとできるようなら、今度、私の家 で開かれる鑑賞会にお招きするわ」
「うげぇ、遠慮しとく。お堅い連中のうんちくなんて興味ない。俺は、今、目の前にある作品に すげぇって思っただけなの」
「私もお堅い方々のうんちくには退屈していてね。今度、秀ちゃんが来てくれたら楽しいと思うわ」
「俺、姉ちゃんの父親キライなんだよ。俺の娘に近づくなオーラがハンパない」
「私もそろそろ許婚というものを決めなくてはいけない時期だから、ピリピリしているのよ」
「え...もうお嫁さんに行っちゃうの?」
月島は口元に手を重ねて、「ふふふ」と笑った。彼女の微笑んだ意図は、風間には分からなかっ た。
「部活の始まる時間だから、そろそろ行くわね」
「あ、うん。見せてくれてありがとう。俺、サッカー部は引退して、文化部に入ることにするよ」
「応援しに行くのを楽しみにしていたのに、やっぱり辞めちゃうのね。今度のあなたのツボは、 写真かしら?」
「うん...。もっと伸ばしたい才能を見つけたからね。この鳥羽っていう先輩の下で写真の勉強をしてみたい」
「ふふ...いい心がけだと思うわ。それが吉と出るか凶と出るかは分からないけれど、応援しているから、がんばりなさいね」
月島はくるりと体を回転させる。彼女が動くだけで、周りに花々が舞うようだった。風間は彼女を見送りながら、別方向へと歩き始める。
「ありがとう!姉ちゃん」
彼は文化部へと入部するために、廊下を大股で歩き始めた。美術室の更にその奥、薄暗い教室を目指して...。
その時、桜の花びらが散ってしまいそうなほどの強い風が、風間の背中を押した。
花も団子も 贅沢に いけだ @kiikeda
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