閑話 アクレイド・オプティマス


 ヴィルヘルム・ナイツ第三番隊隊長。

 アクレイド・オプティマスは身代わりであった。


 彼に両親と呼べる人間はいない。

 唯一の肉親と呼べる人間は彼の祖父、エルロンド・オプティマスただひとりである。


 今から十数年前──

 アクレイドが生まれた時、赤子の彼には、母のような女と、父とおぼしき男がいた。

 英雄エルロンド・オプティマスの実子であるライナーと、その妻カミラである。

 ライナーが生まれた時、すでにエルロンドはヴィルヘルムにおいて英雄であった。

 それゆえ周囲からライナーにかかる期待も大きく、彼自身もそれに応えるべく、幼少の頃からエルロンドとの、地獄のような訓練に明け暮れていた。


 しかし、彼にはエルロンドほどの才能はなかった。

 毎日。毎日。

 朝から晩まで行われた、血の滲むような訓練の果てに待っていたのは、ただの虚無。

 あれほど期待を寄せていた周囲の人間も、次第にライナーから興味をなくし、やがて誰もライナーを見なくなった。

 しかし日々の訓練は続いていく。

 それどころか、訓練の過酷さも増していく。


 そんなある日、ライナーの心は、ぽっきりと折れてしまった。

 父を超えるべく走り続けていたが、走っても、走っても、一向に父の背中は見えてこない。

 そんな現実から逃れるように、ライナーは夜の歓楽街へ繰り出すようになった。

 英雄エルロンドの名をだせば、どのようなサービスも受けられる。

 それに味を占めたライナーは、やがてひとりの女と子どもを作り、ヴィルヘルムから姿を消した。

 彼の子どもであるアクレイドと『もう疲れた』という書置きを残して。


 アクレイドは父にも、祖父にも似ていない子どもであった。

 体の線は女子のように細く、祖父どころか、父ほどの才能すらない。

 剣を数回振っただけで手にマメができ、すこし走っただけで息が切れる。

 周囲ははじめからアクレイドには期待していなかったし、エルロンドもライナーの件から強く当たることを控えていた。

 そんなアクレイドは、これ以上ないほど甘やかされて育った。

 欲しいものを欲しいときに与えられ、騎士団の隊長という称号も、エルロンドによって与えれた。

 人々はそんなアクレイドの陰口を叩き、「無能の英雄」と呼ぶようになった。

 アクレイドもアクレイドで、それでいいと考え日々を無為に消費していた。

 しかし、そんなある日、祖父エルロンドを破る者が現れた。

 ガレイト・ヴィントナーズである。

 両者とも両親がいないという共通点はあったものの、ガレイトは血筋には恵まれなかった孤児。

 一方のアクレイドは英雄の血を引く寵児。

 この時、アクレイドは激しくガレイトに嫉妬し、そして憧れた。


 彼のようになりたい。

 彼を超えたい。

 彼に認められたい。


 そしてアクレイドは再び剣を取る。

 しかし、才能も体力もないアクレイドにとって、本物の騎士を目指すというのは、並大抵のものではなかった。

 毎日。毎日。

 血と汗と泥にまみれながら、死に物狂いで特訓をするアクレイド。

 エルロンドはそんなアクレイドをかつてのライナーと重ねた。

 また以前のように、突然、姿を消してしまうかもしれない。

 努力しても、努力しても、開花しない才能に絶望するかもしれない。

 そう考えたエルロンドは、あえて突き放すような言葉をアクレイドにかけた。


「おまえに騎士は務まらない」

「おまえはガレイトのようにはなれない」

「おまえには才能がない」


 英雄であるエルロンドからの、これ以上ない重い言葉。

 これでアクレイドは諦める。

 エルロンドはそう思っていたが、アクレイドはその言葉を聞いて笑った。


「ようやく僕を見てくれましたね」


 そう。

 アクレイドはそこでやっと、スタートラインに立ったのである。

 マイナスからゼロへと進んだのである。

 これ以降、次第に周囲もアクレイドを見直し始める。

 お飾りだった隊長という座も、板につき始める。


 やがて人よりも多く剣を振れるようになり、長く距離を走れるようになった。

 体つきも逞しくなり、瞳にも力が宿るようになった。


 これから──


 これから、アクレイドは間違いなく、ヴィルヘルムにとって必要な騎士となる。

 誰もがそう確信した時、ある知らせがヴィルヘルムを揺るがした。

 ガレイト・ヴィントナーズの引退。

 突然、超えるべき目標と、尊敬する人間を失ったアクレイド。

 失意の中、腹を下した彼は一週間ほど寝込み、ガレイトのことが嫌いになった。

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