第109話 見習い料理人、元部下にいじられる。


「──で、なんで来たんだ? アクア・・・



 ガレイトのいえ。その食卓。

 そこにはエプロン姿のガレイト。

 そして、ガレイトの前には、いつものプレートアーマーを脱いだアクアの姿があった。

 白いジャケットに白いブーツ、白いズボン。

 全身を白で固めたアクアは、ガレイトの問いを無視して、食卓に着いていた。



「おい」


「こんにちは、ガレイトさん。今日もいい天気ですね」


「……なんなんだ、おまえは。世間話でもしに来たのか?」


「とりあえず、座ったらどうですか?」


「いや、なぜおまえが着席を勧めるんだ……」



 ガレイトはため息交じりにそう言うと、アクアのすぐ隣。

 そこにある椅子を引き、腰かけようとして──止まった。



「……おい」


「チッ……」



 ガレイトが椅子の座面部分を注視しながら声を出し、アクアが舌打ちをする。

 そこには、びっしりと先が鋭く尖った氷柱つららが敷き詰められていた。



「なんだこれは」


「さあ?」


「さあって……おまえ……」


「ニーベルンベルクはよく冷えますからね。気が付いたら席に氷柱が生えていた……というのは、よくあることではないかと」


「そんなわけがあるか、馬鹿者。……それで、俺の邪魔でもしに来たか?」


「いいえ、そこまで暇ではないので」


「俺も暇ではないんだが……」


「……今から、料理の仕込みか何かですか?」



 アクアは、少し離れたところ──二人の様子を窺っていたブリギットを見た。

 ブリギットはそれに気が付くと、ぎこちなく頭を下げる。



「……そうだ。おまえは……鎧は着とらんようだが、なにかこれから任務でもあるのか?」


「いえ、とくにそういった任務はないのですが……いや、ガレイトさんになら言っても大丈夫か……」


「なんだ、言ってみろ。聞くだけ聞いてやる」


「いえ、じつはこの後、女の子と遊ぶ予定なんです」


「遊ぶ……なるほど。護衛だな」



 ガレイトがそう答えると、ほんの一瞬だけ、アクアの眉がピクリと動く。



「それで俺にアドバイスをもらいに──」


「……いえ、何を深読みされているのかはわかりませんが、ただのデートです。団の経理係であるラーラちゃんと……」


「帰ってくれないか」


「まぁ、というのは──」


「おまえ、意図がわからん冗談を言うな。俺は暇じゃないと──」


「本当の話なんですが……」


「よし、追い出してやろう」



 ガレイトは、アクアが座っている椅子ごと持ち上げた。



「ちょわ!? す、すみません、辞退しに来ました」


「辞退……? なんのことだ?」



 ガレイトが椅子を持ち上げたまま尋ねる。



「もちろん、ガレイトさんが作る料理を食べる……という係の話ですよ」


「なんだと? ……ということは、陛下も──」


「いえ、陛下は昨日、薬局で胃腸薬を買っておられました」


「へ、陛下……ッ! そこまで……!」



 ズダン!

 ガレイトが急に手を離し、アクアが床に椅子ごと叩きつけられる。



「……っク、なぜかその場の流れで、僕も出ることになってしまったのですが……僕自身、まだ死にたくはありませんので」



 腰をさすりながら、アクアが恨めしそうにガレイトを見上げる。



「おい。そこまで俺の飯は……」


「危険ではない、と?」



 アクアが膝に手をつき、なんとかして立ち上がる。



「あ、ああ……まぁ、さすがに死にはしない。俺もほんの少しは成長したからな」


「ふむ……」


「というか、今回はブリギットさんもいる」


「……陛下はガレイトさんの成長を見たいのですから、ブリギットさんにやってもらうのは反則でしょう」


「心配するな。さすがにそこは理解している」


「おや、そうでしたか……」


「……そうだ。だから、ブリギットさんにおんぶにだっこというわけじゃない。ブリギットさんは俺という暴れ馬を制御するための手綱だ」


「なるほど。まぁ、手綱も手綱で、それを握る御者がいなければ機能しませんが……」


「貴様は揚げ足しかとれんのか」


「……ですが、それなら安心ですね」


「ふふ、だろう?」


「少なくとも陛下が崩御なさる心配は消えました」


「お、おまえというやつは……! 俺には構わんが、それは軽口にもほどがあるぞ……」



 そう言って、困惑するように頭を抱えるガレイト。



「まあいい。だから、おまえはそこまで身構える必要はない。せいぜい俺の成長ぶりに舌を巻いていろ。料理だけにな──」


「……とはいえ、どのみち辞退はしますが」


「……そういえば貴様、俺が初めて団員に料理を振舞った時も、ひとりだけ半笑いで『なんですか、これゴミですか?』とか言って、捨てていたな」


「そんなことありましたっけ?」


「貴様……俺は未だに覚えているのだぞ……!」


「でも、よく考えてみてください。ガレイトさんはいちいち、捨てたごみの数と種類を覚えていますか?」



 ガレイトが膝からその場に崩れ落ちる。



「いまのは……言い過ぎだ、貴様……!」


「すみません」


「……っく、まあいい。どうしても嫌だというのなら無理強いはせん。デートでもなんでも、好きにするといい……」


「──と、ここまでが冗談なのですが……」



 ガシ。

 ガレイトがアクアの胸ぐらを掴んで持ち上げると、こぶしを固めた。



「……最近、庭の植物の元気がないらしくてな。いい感じの肥料を探していたのだ」


「す、すみません……! さすがにはしゃぎ過ぎましたね……じつはこれから、本当に護衛任務があるんです……!」


「ふむ、なるほど……だからさきほど、すこし反応をを見せたのか……」



 ガレイトはそう納得すると、アクアを床に降ろした。

 アクアは乱れた服装を正すと、倒れた椅子を立て、再び座り、脚を組んだ。



「ということは、今度こそ俺にアドバイスを──」


「いえ、任務自体はそこまで難しくはないのですが、場所がすこし遠くて……」


「どこだ?」


「グロスターです」


「ああ、西国の……確かに、ここからだとすこし遠いな」


「はい。ですので、ガレイトさんには早めのお別れを言うついでに、おちょくってやろうと」


「おい」


「……そして、非常に残念ではありますが、ガレイトさんの料理が食べられないという報告を……」


「貴様……そう言うのなら、せめてそのにやけ顔はやめろ」


「もともとこんな顔ですが」


「嘘をつけ。おまえはそんな感じで楽しそうに笑わんだろうが」



 ガレイトの言葉を聞いたアクアは、それ以上何も返さず、ガレイトを見た。



「……まあ、いい。了解した。もう時間がないのだろう? 行っていいぞ」


「ああ、すみません。じつはもうひとつ」


「……なんだ」


「俺の代わりの者を指名しておきました」


「代わり……だと?」


「ええ、はい。おそらくガレイトさんも知り合いだと思うのですが……」


「誰だ?」


「アクレイドです」


「知り合いも何も……というか、おまえ……なぜよりにもよって……アクレイドなんだ……」


「僕の個人的な都合で欠席するのですから、代わりの者を立てなければ失礼に当たりますからね」


「おまえは現時点で、十二分に失礼なのだがな」


「……ですが、一介の騎士には荷が重いと判断し、隊長格で、かつ英雄エルロンドの孫でもあるアクレイドを、と」


「わざとだな?」


「わざと? ……もしかしてガレイトさん、アクレイドとの間に何かあったのですか?」


「……というか、アクレイドのやつが来るはずがないだろう……あいつは俺を……」


「アクレイドは行くと言っていました」


「は?」


「二つ返事でしたよ」


「そんなバカな……」


「では、楽しんでくださいね」


「わかったから、これ以上俺の悩みの種を増やすな……任務があるのならさっさと行け……」



 しっしっ。

 ガレイトは手をひらひらと動かし、帰るように促した。

 しかし、アクアはニコニコと笑ったまま、そこを動く気配はない。



「……なんだ」


「いえ、まだすこし時間があるので、どこまでガレイトさんの腕が成長したのか見ようかな、と」


「帰れ!」

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