閑話 副料理長の矜持


「──では、エックハルトさん。また夜に……」


「おう、また……夜?」



 エックハルトが首を傾げる。



「ガレイトさん、今夜、なんかイベントでもあったっけか?」


「え? ……ああ、すみません……じつは今夜、またこちらにお邪魔させていただくことになったのです」


「お邪魔……ああ、飯を食いに来るんだな?」


「はい」


「なるほど。じゃあ、いつもどおり・・・・・・待ってるよ。たくさん食ってってくれ」


「ありがとうございます。楽しみにしていますね」


「……でも、意外……」



 ブリギットがぽつりと呟く。



「どうかしましたか、ブリギットさん?」


「い、いえ……あの、てっきりオイゲンさんのことだから、今日ガレイトさんが来ることを皆さんにも言ってるんじゃと思って……」


「いや、それは──」


「たしかに。わたくしはヴィントナーズ様大好き人間ではございますが──」


「ぴぎゃあああああああああああああああああああああああ!?」



 どこからともなくオイゲンが現れ、背後からブリギットに声をかける。

 ブリギットは悲鳴を上げると、急いでガレイトの後ろに隠れた。



「おや、驚かせてしまいましたか。……これは、申し訳ありません」


「い、いいえ……! こちらこそ勝手に驚いて、ごごごごめんなさい……!」


「……もう、お帰りですか? ヴィントナーズ様。ブリギット様」


「ええ、とても参考になりました。ありがとうございます」


「いえいえ、こちらこそ、わざわざ当レストランにご足労いただき、ありがとうございました」



 オイゲンはそう言うと、恭しくガレイトに頭を下げた。

 ブリギットはまだすこし警戒するようにオイゲンを見つめている。



「──ブリギットさん」



 今度はエックハルトがブリギットに声をかける。



「は、はい……!」


「さっきの話の続きですけど、それは俺たちがオイゲンさんに頼んで、止めるように言ってるんですよ」


「やめるようにって……ガレイトさんが来たことを知らせること……ですか?」


「いやいや、そうじゃないです。俺たちは自分たちの客が誰なのか、なんて聞きません。というより、出来れば聞きたくない……というのが本音ですが……」


「え……? な、なんで……?」


「俺たちの仕事はあくまでも美味しい料理を作り、それを提供すること。たとえそれが貧困に喘ぐ子どもでも大国の王様でも、平等に、心を込めた一皿を提供する。それが俺たちの精神なのです」


「あ、そういう……」



 ブリギットがハッとしたような顔でうなずく。



「その際、誰が食べるか……なんて情報は邪魔にしかならないんです。もちろん、それとはべつに、事前に食べられないものはないか、は聞いておきますが」


「で、でも、やっぱり気になりませんか?」


「……お客様の反応について……ですよね?」



 ブリギットの問いに、間を置くことなくエックハルトが答える。



「は、はい。すくなくとも、私は美味しいって言われるとすごくうれしいです……けど……」



 ブリギットがちらりとガレイトを一瞥する。



「もちろん、お客様の反応を知るのは……さらに美味しいと言っていただけるのは、とても嬉しいことですよ。しかし、俺たちが重要視しているのは、あくまでが言ったかではなく、を言ったかです。そこにお客様の個人に対して何を思うことはありません」


「な、なるほど……プロ……ですね……! 勉強になります……!」


「いいえ、こっちこそなんか偉そうに言って申し訳ない」


「なるほど。ということは、オイゲンさんもプロだから、そういうのは切り分けて……」



 ブリギットが言いかけて止まる。



「あれ? そういえば、予約名簿から他のお客さんの名前を消していた気が……」


「ふふ、昨日のあれは冗談……でございますよ、ブリギット様」


「ほ、本当……ですか?」


「………………」



 オイゲンは何も答えず。

 にっこりと笑ったまま動かない。



「な、なにか言ってくださーいっ!」

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