第105話 見習い料理人と猪王の死闘


「指定危険魔物〝Bびぃ〟は波浪輪悪はろうわあくでも滅多に討伐依頼が来ないものなのでござる」


「そうなんですか?」


「ニン。例えば、地方にその魔物が現れたら、そこの職員は速やかに波浪輪悪本部へ通達し、討伐隊の編成を要請しなければならないのでござる。そこまでの階級の魔物となると、地方の、それもイチ冒険者たちの手に余るでござるからな」


「なるほど」


「そして、その討伐隊も、ただの冒険者では無駄に命を散らしてしまう為、立候補ではなく、指名制となっているのでござる。さらに指名される冒険者はどれも歴戦のつわもの。その中でも、報告書にある対象の魔物の特性や、能力に合わせて見繕われる精鋭集団なのでござる。よって、さきほど話した報告書は迅速に、かつ正確に書かなければならないのでござる」


「ふむふむ」


「でも、そうやって編成された討伐隊でも危険度〝Bびぃ〟を倒せるかはわからないのでござる。過去にも何件か討伐依頼があったのでござるが、完全勝利……つまり、誰も傷を負わず、誰も亡くならずに達成された依頼は、数えるほどしかないのでござるよ」


「そうなんですね……」


「たしかにがれいと殿は、危険度〝Aえい〟の〝どらごん・もひぃと〟を討伐した。……という実績はあるのでござる。しかし、おそらくそれは色々な要因がうまく噛み合って、ようやっと倒せた相手でござろう?」


「そうですね。……たしかにあれは強敵でした」


「ござろう? だから……がれいと殿」


「……はい」


「あの猪王きんぐぼあが、〝Bびぃ〟の魔物がどれほど危険な魔物なのか、わかったでござるか?」


「はい。十分、伝わりました」


「なので──」



 ちらり。

 サキガケはガレイトの後ろ。

 そこには、縦真っ二つに両断された猪王の屍が横たわっていた。



「なので、これからはもうすこしだけ、警戒するでござるよ。……頼むから」


「ごめんなさい」



 ガレイトはそう言うと、手に持っていた包丁の血を拭い、懐にしまった。



「──しっかし……さっすが、ガレイトさんだなあ!」



 すこし離れたところで待機していた、マンダリンとオレンジがガレイトに近づく。

 なぜか二人の頭髪は、まるで爆発した後のようにチリチリに焼けちぢれていた。



「まっさか……あのおっきなイノシシを、スパァッと切っちまうんだからなあ! ミカンみてに!」


「ありがとうございます。……ですが、すみません、俺が油断したばっかりに、おふたりの頭をそんな風に……」


「いや、そもそもなんでそうなんねん……」



 サキガケが小さくツッコむ。



「仕方ねだ。イノシシに襲われて、気が付いたらオイラも父ちゃんもこうなってて……」


「いやいや……」



 サキガケは腰に手をあて、俯きながら首を横に振っている。



「それと──今回のこと、誠に申し訳ありませんでした……!」



 ガレイトはそう言って頭を下げる。



「な、なんだよお、ガレイトさん。一体何について謝ってるだ?」


「その、依頼まで出していただいたのに、ここまで畑を荒らされるなんて……痛恨の極みです。面目次第もない……!」


「な、なぁんだ。そんなことかあ。……気にしないでよ」


「ですが──」


「どのみち、ガレイトさんが来てくれなかったら、今度こそ全滅してたからな。そうだろ? サキガケさん?」


「そ、そうでござるな……あの蜜柑の木の食べっぷりを見るに、食欲は無尽蔵。もし気づいていなければ、畑は全滅していたかと……」


「だろう? ……まぁ、たしかに結構やられはしちまったが、まだ完全に再起不能ってわけじゃねしよ。……んだから、気にしないでよ。こっちはこっちで、助かったって思ってるだ」


「そう言っていただけるのはありがたいのですが……」



 こそこそこそ。

 マンダリンがオレンジに耳打ちをする。



「ふむふむ……ほうほう……え? そりゃ無茶だろう、父ちゃん……」


「あの……オレンジさん、マンダリンさんはなんと?」


「えーっと、それじゃあ今回の依頼料と成功報酬、ガレイトさんの口利きでタダにはしてくれねえかって」


「え?」


「な、なんという現実主義……」



 サキガケが呆れたように、感心したように呟く。



「す、すみません、マンダリンさん。そこは俺にはどうしようもないんです」



 ガレイトにそう言われ、しかめっ面のまま肩を落とすマンダリン。



「……今回の依頼は、陛下が受けた依頼を、さらに俺に押し付けたような形ですので、公式には、依頼を達成したのは俺ではなく、陛下ということになるのです」



 こそこそこそ。

 マンダリンがオレンジに耳打ちをする。



「マンドリンさんはなんと……?」


「冗談だってよ」


「じょ、冗談……ですか」


「いや、あれはたぶん本気だったと思うでござるよ……」


「……あとなんか、父ちゃんが帝国の闇を見た気がするって」


「……それに、そもそもの話、今の俺にはそこまで発言権はありませんしね」


「そうだか……そっちはそっちで、なんか色々とややこしそうだなぁ……ガレイトさん、なんか、父ちゃんが変な冗談言って、すまねな」



 オレンジとマンダリンが頭を下げる。



「いえ、マンダリンさんのお気持ちもわかります。ですので、いちおう陛下のほうにも進言しておきますので……」


「……いやいや、いいんだよ。父ちゃんも本気で言ってねと思うし! それよりも──」



 オレンジが視線をガレイトから、猪王の死体へ移す。



「あれ、どうすんだ?」


「ああ、えっと……もしよろしければ、譲っていただけませんか?」


「え? べつに構わねえけど……いいよな、父ちゃん?」



 コクコク。

 マンダリンがうなずく。



「ああ、父ちゃんもいいって言ってるし、オイラも構わね。さすがにオイラたちだけじゃあの量、持て余しちまうからな……ちなみに、何に使うつもりだ?」


「ええ、あれは人数分の肉を切り分けて、後日、料理として使うつもりです」


「へえ、料理に? まぁ、それくらいしか活用法はなさそうだし……とはいえ、なに作んだ?」


「いえ、それはまだ決めかねていまして……どうやって調理すればいいかについては、いまも考えていて……」


「おお、そういえばガレイトさん、いま料理人やってんだったよな?」


「はい。見習いではありますが……」


「てっきりブリギットさんが調理すると思ってたが、ガレイトさんがあのイノシシを料理すんのかぁ……そういえば、なんでガレイトさんが依頼を受けたのか、まだ聞いてなかったよな?」


「あれ? そういえばそう……でしたか……?」


「よかったら聞かせてくれねか?」


「ええ、構いません。じつは今回の依頼は──」



 ガレイトはマンダリンとオレンジの二人に、今回の依頼を受けた経緯。

 それと、自分が現在置かれている状況を簡潔に説明した。



「──と、いうことなんです」


「なるほどなぁ。あの二人が納得する料理を……ねぇ」


「はい。陛下もアクアも舌は肥えていると思うので……果たして、俺の作る料理で満足できるか……」



 こそこそこそ。

 マンダリンがオレンジに耳打ちをする。



「ふむふむ……ほうほう、なるほど……」


「……まだこのくだり続けるのでござる?」



 サキガケが静かにツッコむと、マンダリンは頬を赤らめた。



「あ……なんかごめんでござる」


「……それでオレンジさん、マンダリンさんはなんと?」


「ああ、ガレイトさん。父ちゃんが言ってたんだけどさ、オイラたちも、その料理の試食会……? に、呼んでほしいってよ」


「……はい?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る