第102話 見習い料理人と不吉な一週間
レストラン、グロースアルティヒから場所は変わり、ガレイトの
その中庭。
すでに陽が沈み、暗くなっている
ガレイトとブリギットはそこで、夕食の準備に取り掛かっていた。
二人が下拵えをしているのは、帰り道に市場で買った野菜や肉。
一行は、騒ぎが大きくなったこともあり、外食を断念していた。
「なるほど。あくれいど・おぷてぃます……あの英雄えるろんど殿のお孫さんで、三番隊の隊長……」
数枚の細長い板と、金属で組み立てられた簡易テーブル。
そこで、金属の串に肉や野菜を刺しながら、サキガケが口を開く。
「ふむ、だいたい
「え? ど、どうしてそれを……?」
包丁を持っていたガレイトの手が止まる。
「あ、なんか……ごめんでござる。別に答えたくないのなら、無理に答えなくていいでござるよ……っと、これ、よろしく頼むでござる」
サキガケはそう言うと、その串をイルザードに渡す。
イルザードはそれを受け取ると、炭火で熱された網の上に並べた。
バーベキューコンロは
「いえ、べつに答えたくないわけではないのですが……」
「──アクレイドはガレイトさんが嫌いなのだ」
話を聞いていたイルザードがきっぱりとそう告げる。
「え? そうなのでござる?」
「……おい、イルザード」
「いいじゃないですか。知られて困ることは何もないでしょう」
「おまえがそれを判断するのか?」
「……あの
「隊長に……それはまた難儀な……」
「おい、サキガケさんが信じてるだろう。どうせ言うのだったら正確に伝えろ。馬鹿者め」
「ということは、いるざぁど殿も、じつはがれいと殿のことを……?」
「私か? ははは! 私は無論、ガレイトさんラブ勢だとも!」
「で、ござるよね……ちなみに、えるろんど殿は、がれいと殿とあくれいど殿の関係については……?」
「知っているだろうな」
「じゃあ、もしかして二人の仲を取り持とうと?」
「知らん。……というか、あの人はそんなことを考える人じゃない。忘れていたか、もしくはどうでもいいのだろう」
「どうでもいいって……」
「と、とりあえず!」
黙って話を聞いていたガレイトが口を挟む。
「明日は、美味しいヴィルヘルム料理が食べれますよ! 楽しみだなあ!」
その場にいた全員がガレイトを見る。
「う……そ、そうだ。サキガケさん」
「ニン……?」
「定例会はどうでしたか?」
「ああ、なんか……すごかったでござるよ」
「すごかった……ですか?」
「天井がきらきらしてて、机も大きくてぴかぴかで綺麗だし、椅子もりくらいにんぐ……? で、すごく座りやすかったでござるな。あとはふかふかの絨毯も敷かれてて……」
「いえいえ、定例会の内容ですよ」
「あ、そっちでござるか……そうでござるな、とくにこれといったことは……」
「そうなんですか?」
「ニン。まだ一日目だということもあって、今日は皆の顔合わせと自己紹介、あとは会長の挨拶くらいでござった」
「なるほど」
「成果の報告や近況報告やらは、また後日でござろうな。がれいと殿はどんな感じでござる?」
「──あ、そういえば私もまだ聞いてませんでした。王に会いに行ったんですよね?」
イルザードが興味津々といった様子で、会話に加わる。
「ああ、国王にはお会いした。……が、そのあとに皇帝陛下に会えと言われてな──」
ガレイトは皇帝アルブレヒトのことと、新たに依頼を押し付けられたことを話した。
「──と、いうわけで、サキガケさんに、イノシシについて色々とお尋ねしたいのです」
「ふむふむ。なるほどでござる。つまりは、対処法でござるな」
「はい」
「……ちなみに、確認しておきたいのでござるが、その猪は普通の猪……でよかったでござるな?」
「えっと、ミカンを食べ過ぎて、体毛が黄色くなった……以外は、特に普通のイノシシだと思いますが……」
「それくらいならまぁ──こほん」
サキガケがわざとらしく咳ばらいをすると、改めてガレイトと向き合った。
「対処法……の前に、まずは猪の簡単な生態の紹介から。まず、猪の目はあまりよくないのでござる」
「そうなんですか?」
「ニン。……そのぶん、耳と鼻がよく利くのでござる」
「耳……ということは、大声をあげれば……?」
「そう。だから、普段は鈴などを持って、近寄せないようにするのが正解……なのでござるが、それは山中でばったり遭遇しないようにする方法。畑を荒らしに来ている猪に対しては、あまり意味がないのかもしれぬでござる」
「そうなんですね……」
「まあ、がれいと殿ほどの大声であれば、効果はあるかもしれぬでござるが……それでも、一時しのぎにしかならないでござる」
「なぜだ? 大声をあげて威嚇すれば、もう寄ってくることはないのではないか?」
イルザードがサキガケに尋ねる。
「たしかに。けどそれは〝声〟に対して、ござるな」
「というと……?」
「がれいと殿は、その畑が何度も襲われている、と言ったでござるな?」
「はい。それと、今回はすごい被害だ。とも言っていました」
「ふむ、ということはつまり、徐々に人間に慣れている……ということでござる」
「人間に……?」
「ニン。猪というのは、一度でも
「なんて
「ああ見えて猪は、したたかで、頭のいい動物なのでござる」
「そうなんですね……では、対処法は?」
「そうでござるな。そもそも猪を近づけなくさせる罠を作るか、……あとはやはり──」
「殺処分だろ。死人に……ならぬ
「イルザード、おまえはまたそういう……」
「そうは言いますが、こういうのは殲滅戦がいちばん効率がいいと思います。畜生にかける情けなど必要ないと思いますが?」
「……まぁ、いるざぁど殿の言うとおりでござるな」
「というか、ガレイトさん。殲滅せずにどうやってイノシシを駆除する予定だったんですか?」
「いや、ほんの二、三頭を目の前で処断すれば、逃げていくのでは……と」
「それで食材も手に入って、めでたしめでたしって感じですか?」
「くっ、茶化すな。見通しが甘いのはわかっている……」
ガレイトはほんの数秒だけ黙り込むと、再び口を開いた。
「……あの、ちなみに、罠とはどういったものが……?」
「さきほども言ったでござるが、猪は頭がいい。完全に畑を防護する罠となると、かなり難しいものになってくるでござる。──が、それでも、それなりに有効なのものもあるでござる」
「それは……?」
「柵でござるな」
「柵、ですか?」
「そう、この国にもあると思うでござるが、鉄製の糸に……魔法でもなんでもいいので、電気を流して、猪の鼻の高さに設置しておく。というのが一般的でござる。猪の鼻は弱点でもあるゆえ」
「なるほど。……では、一度、そういう道具がないか調べてみたほうが──」
「そうは言いますが、ガレイトさん。イノシシはもう、明日には来るのでしょう?」
イルザード諭すように言う。
「……ああ、そうだな」
「しかもそれを逃してしまうと、無一文……になってしまうのですよね?」
「……なんだ。何が言いたい」
「一日足らずで、畑全てをカバーできる仕掛けを作れるんですか?」
「それは……まあ……」
「ガレイトさん、気持ちはわからなくはないですが……」
「……そう……だな。気は進まんが、やはり殺処分しか……」
「ニン。……それに、イノシシ共の行為を見逃せば、今度はその農家さんが食べられなくなってしまうでござる」
「……そう、ですね。では、当初の予定どおり、待ち伏せでいこうと思います」
「ニン。あまり役に立てず、申し訳ないでござる」
「いえ、お気になさらないでください。お話自体、とても興味深かったですし」
「気を遣ってただき、かたじけない……」
「ああ、そういえば……」
「ニン? ほかに何か?」
「ええ、ふと思い出したのですが、なぜ一週間なのかと思いまして」
「一週間……?」
「……あの、イノシシ襲ってくる周期のことです。あそこのイノシシは、どうやら一週間おきに畑を襲っていて……あれ? 俺、話しませんでしたっけ?」
「いや、ずっと妙だとは思っていたのでござるが……もしかして、一週間って、そういう意味で言っていたのでござる?」
「そうですけど……なにか、引っかかることでも……?」
「引っかかるというか、妙というか……そもそもの話、猪はそこまで几帳面でもないし、昼行性の動物なのでござる」
「昼行性……? ですが、農家の方は、襲われるのは基本、夜から明け方にかけてだと……」
「それは、人間を怖がっているからでござるよ。猪の多くは昼行性なのでござる。でも昼に姿を見かけないのは、隠れているから。だから、朝方から夜にかけて襲っているのは、その時間帯が安全だと思っているからで……」
「──ちょっと待ってください。あの畑、中心へ行くほど被害が少なくなっていたのですが、あれはもしかして……」
「あー……それは、その
ガレイトとサキガケの顔から、さーっと血の気が引いて行く。
そんな二人をよそに、イルザードが口を開いた。
「サキガケ殿の言うとおり、イノシシが舐めてくるような動物だとすれば……いま、まさにその農家、やばくないですか?」
────────
明日は17時に更新させていただきます。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます