第101話 見習い料理人と三番隊隊長


 レストラン、グロースアルティヒの入り口。

 そこには、ガレイトよりすこしだけ身長の低い、筋骨隆々で色黒の大男が立っていた。

 顔の左側、眉山から頬にかけて、縦に一本の古傷が入っている。

 服装は黒いタンクトップに短パン、そしてビーチサンダルというラフな格好だった。



「……え、エルロンド団長殿……ですか?」



 ガレイトが驚いたような表情で、エルロンドと呼んだ男性の顔を指さす。



「二度も訊くんじゃねえよ。それにな」


「元団長殿……」


「おう。……つーか、いつまでもひとの顔を指さしてんじゃねえよ」


「す、すみません……」



 エルロンドにそう言われると、ガレイトはその指を引っ込めた。

 そんな二人を、ブリギット含め、周りの人間が静かに見守る。



「それはそうと、いつここへ戻って来たんだ?」


「き、昨日です」


「ほう? ……なら普通、挨拶に来るのが礼儀じゃあねえのか?」


「す、すみません。時間も遅く、団ちょ……エルロンド殿の迷惑に迷惑がかかると思いまして……」


「なるほどな。たしかに、おまえが団を辞めたせいで、逆に俺が団に戻るハメになったんだからな。……これ以上迷惑はかけられんよな?」


「う……」


「──バッハッハッハ! 冗談だ、冗談!」



 バシンッ! バシンッ!!

 豪快な笑い声をあげながら、ものすごい力でガレイトの肩を叩くエルロンド。

「ははは……」と乾いた笑い声をあげるガレイト。



「あの、ところで、エルロンド殿は、ここでなにを……?」


「おいおい、ここはレストランだぜ? 飯を食いに来たに決まってんだろうが」


「そ……そうですよね……」


「──と、言いたいところだが」


「え?」


「生憎、野暮用が出来ちまってな。散歩がてら、予約を取り消そうと思ってよ」


「野暮用……ですか?」



 ガレイトが真剣な顔で訊きかえす。



「おおっと! そっちに食いつくか! やっぱ変わらねえな、おまえは!」



 エルロンドが口を大きく開けて笑う。



「心配すんな。野暮用は野暮用だ。ここで話せんほどじゃあねえが……内容は言わん。面倒くさいからな。とりあえず、おまえが気を揉む必要はない」


「そ、そうですか……」


「おう。それより、さっさと入ったらどうだ? おまえたち・・も飯食いに来たんだろ?」


「たち……?」



 ガレイトが訊きかえすと、エルロンドは自身の後ろに視線を送った。

 そこには、イルザードとサキガケ、そしてカミールが立っている。

 そしてカミールはいつものボサボサの長髪ではなく、おかっぱ頭になっていた



「か、カミール……その頭は……」


「へへ、似合う? おじさん?」


「いや、似合っているかどうかはおいといて……」


「このおじさん……エルロンド、さんに切ってもらったんだよ」


「そ、そうか……まぁ、いいんじゃないか?」



 ガレイトはそれ以上何も言わず、横にいたサキガケを見た。



「は、ははは……ど、どうも~……でござる……」



 視線に気づいたサキガケが、遠慮がちに手を振る。

 まだニーベルンブルクに慣れている様子はない。



「イルザードとカミール……黒ずくめのお嬢さんもおまえのツレなんだろ?」


「はい。そうですが……カミール・・・・? エルロンド殿、なぜ彼の名を……?」


「ああ、カミールは騎士団うちで預かることにした」


「騎士団で……ああ、なるほど。だから一緒に……」


「おう。そういうことだ。イルザードもここに用があるってんでな。まさかおまえがいるとは思ってなかったが……」


「俺も、まさかエルロンド殿がここに来ているとは……それより、よかったな、カミール。いきなり騎士団入りとは……才能があるんじゃないか?」


「へへへっ」



 ガレイトがそう褒めると、カミールは照れくさそうに笑った。



「いや、騎士団で面倒を見る……とはいっても、しばらくは騎士養成学校アカデミーでだ」


「あ、そうなのですか? てっきり──」


「当たり前だ。おまえみたいに、学校と本職を両立できるやつは、そうそういねえよ」


「──学校と本職……ですか?」



 いつの間にか、ガレイトの背後に隠れていたブリギットが声をあげる。



「ああ、はい。俺は学校に入りながら、大人と同じ訓練も受けていましたので……ちなみに、学生の期間は見習いや騎士団所属とは違い、給金は発生しないんですよ」


「な、なるほど……だから……」


「いや、諸々の事情は聞いている。ナガサレジマ……とかいう件だろう? だから、イルザードが出すはずだった学費や生活費、仕送りなんかは、オレが肩代わりしてやることにした」


「え? ……しかし、よろしいのですか?」


「おう、もう決めたことだ。……なぁ、イルザード?」


「ソデスネ……」



 イルザードがつんけんした態度で答える。



「まぁ、普段はこんな酔狂なことはしねえが、今回はどうやらバカ二人が世話ンなったみたいだからな」


「アリガトウゴザイマース……」



 エルロンドの後ろで、イルザードが口をすぼめて答える。



「……それよりも、ほれ。さっさと席に着いたらどうだ? 己に気を遣う必要はねえぞ?」


「い、いえ、そういうわけではなくて……」


「なぁにがそういうわけ、だ。こんなところで立ち話しているのも店の迷惑だろう」


「いいえ、そのようなことはありません」



 誰よりも先にオイゲンが答える。



「ヴィントナーズ様、オプティマス様……ヴィルヘルム・ナイツの両雄が揃うなんてことは滅多にありません。……ですので、好きなだけ立ち話を。なんならここにお席を──」


「やめろやめろ、オイゲン。己ぁ、ダベり来たわけじゃねえんだ」


「え……なら本当に予約の取り消しを……?」


「なんでそんな嘘つくんだよ。明日、予約取ってただろ? 己の名前で」


「は、はい……ございますが……」



 オイゲンが手元の本をめくってうなずく。



「それ、消しとけ」


「さ、左様でございますか。残念ですが、仕方がありませんね……」


「……さ、これで己は消えるぜ。おまえらは久しぶりに、ヴィルヘルムの味を楽しんでけよ」


「あ、いえ、俺たちはべつのお店へ……」


「なんだあ? もうヴィルヘルムの料理は食えねえってか?」


「ああ、いえ、それがですね……」



 ガレイトはエルロンドに、自分たちが置かれている状況について説明した。



「──ほう、そうか」



 腕組みをして、話を聞いていたエルロンドが口を開く。



「いや、でもよ、この店に予約してこないほうが悪いだろ」


「おっしゃるとおりで……」



 エルロンドにそう言われ、ガレイトがシュンと俯く。



「いえ、我々がヴィントナーズ様の来店を予知できなかったのが悪いのです」


「どういう理屈だよ、そりゃ……」



 エルロンドが呆れたように頭を掻く。



「……それで、俺たちはべつの店に移ろうかと……」


「そんなあ!? ヴィントナーズ様まで!?」


「いや、俺は元々予約していませんでしたし……」


「……まあ、でも、丁度いいんじゃねえか?」


「ちょうどいい……?」



 オイゲンとガレイトが同時に尋ねる。



「おい、オイゲン。予約取り消しを、取り消しだ」


「え? ああ……はい、承知致しました」



 オイゲンはうなずくと、エルロンドに言われたとおり、ペンを走らせた。



「あの、エルロンド殿……もしかして……」



 ガレイトがエルロンドに尋ねる。



「おう、明日は己の代わりに、ガレイトたちが食いに来い」


「え? いや、さすがにそれは……ほかにも予約されている方はいますし……」


「うん? ……ああ、それは問題ねえよ」


「え……?」


「無論、己はいけねえが、己のツレ・・・・が行く予定だからな。おまえらはそいつと一緒に飯を食ってやってくれ」


お連れ様・・・・……ですか、あの、それはどのような……?」


「アクレイドだ」



 アクレイド。

 その名を聞いた途端、ガレイトの表情が曇る。



「あ、アクレイド……ですか」


「おう。久しぶりだろ?」


「それは……そうですが……」


「あ、あの、ガレイトさん。アクレイドさんって……?」



 ブリギットがガレイトに質問する。



「アクレイドは……ヴィルヘルム・ナイツ三番隊の隊長で、エルロンド殿のお孫さんです」

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可能なら、このあと投稿する閑話を挟んで、明日は朝9時に投稿させていただきます。

無理なら19時に上がっていると思うのでよろしくお願いします。

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