第100話 見習い料理人と元最強騎士


「どうしましょう、ブリギットさん」


「どうするんですか、ガレイトさん」



 互いに顔を見合わせる二人。



「一週間って……それじゃあ、帰るのに間に合わないんじゃ……?」


「……はい。少なくとも、待ち伏せという作戦が使えなくなった以上、いますぐにでもその巣へ向かわなければ……!」


「で、でも、どこにあるかわかりませんよね……巣」


「そうだった……!」



 ドシャア!

 ガレイトが苦悶の表情を浮かべ、その場に片膝をつく。



「くっ……! ということは、この一帯をくまなく探すしか……!」


「わ、私もお手伝いします……! 毎日水しか飲めないガレイトさんなんて、見たくないから……!」


「ぶ、ブリギットさん……!」


「──あ、すまね」



 そんな二人のやり取りを見ていたオレンジが口を挟む。



「その続きをまだ話してなかっただ」


「つ、続き……ですか?」


「んだ。前回のイノシシの襲撃がたしか……六日前だから、たぶん、イノシシがまた来るのは、明日の夜から朝にかけてだな」


「あ、明日か……」


「よかった……待ち伏せできますね」



 オレンジの話を聞いた二人は、共に胸をなでおろした。

 こそこそこそ。

 マンダリンがオレンジに耳打ちをする。



「うん、うん……そだな、父ちゃん」


「あの……マンダリンさんは何を?」


「……なんか、ガレイトさんたちも訳ありなんだろ?」


「は、はい……」


「それに、色々と準備も必要だろうし、とりあえず、今日の所は帰ったらどうだって」


「よろしいのですか?」


「んだ。いくらガレイトさんでも、いきなしこんな依頼を押し付けられちゃ、対応しきれねだろ?」


「そ、そうですね……恥ずかしながら……」


「……ま、実際、巣も知らねんじゃ、明日んなんねと対処できねしな。んだから、今日ん所は……」


「……わかりました。知り合いに、動物や魔物に詳しい方がいらっしゃいますので、明日までには必ず、その対処法を考えておきます」


「ん。よろしく頼むよ。オイラたちはガレイトさんだけが頼りだかんな……」



 うんうん。

 その隣で、マンダリンもしかめっ面のまま、強くうなずいた。



 ◇



 黒と橙とが混ざる、夕刻の帝都。

 その大通り。

 みちの両端には、等間隔に設置されている街灯が、ぼんやりと光を放っている。

 色とりどりの菓子を取り扱っている店。

 メニューが書かれた立て看板。

 そして、そのメニューを提供しているレストラン。

 紳士服を取り扱っている店。

 婦人服を取り扱っている店。

 装飾品を取り扱っている店……等々。

 そこでは、様々な店が軒を連ねていた。

 しかし、そんな活気のある場所に、のぞき穴の開いた麻袋・・・・・・・・・・をかぶった大男がひとり。

 ガレイトである。

 彼はその奇怪な出で立ちで、すれ違う人々の奇異な視線を独り占めにしていた。

 そして、そんなガレイトと、はぐれないように手を繋いでいる少女がひとり。

 ブリギットである。

 彼女は目を伏せ、なるべく誰とも目が合わないよう、努めていた。



「……うまくいきましたね。これで誰も、俺を俺と認識できません」



 シュコー。シュコー。

 ガレイトが言葉を発するたびに、口元の袋がぺこぺこと凹凸を繰り返す。



「う、うまくいってる……のかな……?」



 ブリギットは依然、足元の石畳に視線を落としながら言う。



「どうかしましたか、ブリギットさん? お腹でも痛いのですか?」


「え、えっと、やっぱり失敗だったんじゃないかなって……」


「失敗……ですか?」


「は、はい……ガレイトさんだってバレてないけど、みんな、すごい見てるでしょ?」


「しかし、実際こうやって、誰も寄り付いていませんが……」


「そ、そうかな……そうだね……」



 ブリギットはガレイトを説得することを諦めた。



「あ、あの、ところでその、〝グロースアルティヒ〟はまだ……?」


「はい、もうすぐですよ。大通りを過ぎたところにある広場にありますので。あのあたりはお店も多いですが、それでも人が多いので目立つかと──」


「あっ、じゃあ、もしかして、あれ……かな?」



 あまり言葉を交わしたくないのか、ブリギットが慌てて前方を指さす。

 大通りを抜けた先、大きな丸い広場となっているその一角。

 白塗りの外壁に、茶色い窓枠が印象的な、五階建ての大きな建物。

 最上階は屋根裏部屋になっているのか、特徴的な三つの三角屋根がある。



「ああ、そうですね。あそこがここ、帝都ニーベルンブルクで一番のレストランと言われている、〝グロースアルティヒ〟です」


「す、すごい……! うちと全然ちがう……!」


「え……?」



 さきほどまでの陰鬱な表情はどこへやら。

 ブリギットは目を輝かせながら、そのレストランの外観に魅入っている。



「ガレイトさん、早くいきましょう!」



 ブリギットがぐいぐいと、ガレイトの手を引っ張って催促する。

 そんな彼女を微笑ましく思ったのか、ガレイトも目を細めて、楽しそうに笑った。


 麻袋をかぶった大柄の変質者と、その手を引っ張る少女。

 通行人たちの反応は、言うまでもなかった。



「いらっしゃいま──せッ!?」



 グロースアルティヒの店内。

 等間隔に置かれた六人がけのテーブルに、真っ白なテーブルクロス。

 壁には絵画や写真などがかけられている。

 店内には蝶ネクタイや白いシャツ、黒いベストを着たウエイターたち。

 そして、さきほど奇声を発したのは会計係の男性。

 男性はガレイトを見るなり、大量の汗をかきながら固まってしまった。

 店内のウエイターたちも、客も、ガレイトを見るなり、固まっていく。



「すみません。予約はしていないのですが……今日、ここで食事することは……」



 ガレイトが男性に話しかけるも、男性はうんともすんとも言わない。

 それどころか、ピクリとも動かない。



「あ、あの……すみません、こちらで食事をしたいのですが……」


「が、ガレイトさん、ガレイトさん」



 くい、くい。

 ブリギットがガレイトの手を引っ張る。



「なんでしょうか、ブリギットさん」


「顔! 顔!」


「へ? ……ああ」



 ブリギットに指摘され、ガレイトはようやくその麻袋をとった。

 そして、その男性は二度、瞬きをすると──



「こ……これはこれは……! ヴィントナーズ様ではありませんか!」


「す、すみません、驚かせてしまいまして……」


「いえいえ、滅相もありません。驚いたほうが悪うございます」


「そんなはずは……」


「──そんなことよりも、噂は本当だったようですね」


「噂ですか?」


「ええ、はい。団長が戻ってきている、と」


「いえ、もう、団長ではないのですが……」


「おや、そうでしたか?」



 こほん。

 男性は小さく咳ばらいをすると、改めてガレイトに向き合った。



「それはそうと、本日はどのようなご用件で?」


「ああ、すみません。食事をしに来たのですが……」


「何名様で?」


「五人です。もうすこししたら、残りの三人も来ると思うのですが……」



 ちょいちょい。

 男性がウエイターのひとりを手招きする。

 ウエイターはゆっくりと、それでいて素早く、男性の元へと駆け付けた。



「……現在の空きは?」



 男性がこそこそとウエイターに耳打ちをする。



「そ、それが……どの席も満席でして……」


「……ふむ」



 男性はそれだけ聞くと、手元にあった黒い革が表紙の本をパラパラとめくった。

 次に、卓上にあるペン立てからペンを抜き取ると、ササッと二重線を書き足した。



「ちょ!? ななな、なにしてんですか……オイゲンチーフ!」



 ウエイターがオイゲンと呼んだ男性の腕を掴む。



「なにって、予約を取り消しているのだが……?」


「『予約を取り消しているのだが……?』じゃないですよ! オイゲンチーフもご存じでしょう?」


「なにをだ?」


「この店の予約をとるのがどれくらい大変かですよ……!」


「ああ、そうだ」


「ああ、そうだって……わかっているのなら、なぜこのようなことを……」


「逆に、考えてみてくれ」


「逆に……?」


「そんな大変な思いを、ヴィントナーズ様にさせていいと思うのか?」


「……ダメですね」


「だろう?」


「はい。消しましょう消しましょう」



 ウエイターがオイゲンの腕から手を離す。

 オイゲンは、そのページに記載された名前を、黒く塗りつぶした。



「ちょ、ちょっとちょっと、一体何を……?」



 今度はガレイトが慌てて止めに入る。

 その傍らでは、ブリギットがポカンと口を開けていた。



「あっはっはっは」


「いや、なにを笑っているんですか!?」


「いいのですよ、ヴィントナーズ様」


「なにがですか!?」


「国の英雄でもあらせられるヴィントナーズ様に、予約などは必要あるとお思いですか?」


「思いますけど」


「でしょう? ですので、席も今すぐご用意いたしますので、少々お待ちを──」


「話を聞いてくださいよ! ……というか、それなら帰ります!」


「な、なぜですか……!? 何がお気に召さなかったので……?」



 そう言って、ぷるぷると震えるオイゲン。



「いえ、他の人の予約を取り消してまでは結構です! 他の店にするので!」


「そ、そんな殺生な……!」


「殺生みたいなことをしてるのはあんたでしょう!」


「上手い! さすがヴィントナーズ様!」


「なにが!?」



 パチパチパチ。

 オイゲンが拍手をするや否や、店内のウエイターたちもつられるように手を叩く。



「──おいおい、なんなんだ、この騒ぎは」



 不意に、ガレイトたちの後ろから声が聞こえる。



「す、すみません。お騒がせしてしまって……すぐに移動す……」



 ガレイトは頭を下げながら、振り向くと──そのまま固まってしまう。



「おいおい、なんだ。デケェ野郎がいると思ったら……ガレイトじゃねえか。久しいだな」


「え、エルロンド……団長・・!?」

────────

明日の更新はすこし遅めの22時の予定です。

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