第99話 見習い料理人と期限とエルフ
「おじいちゃんと知り合い、なんですか?」
「んだ。一度、ダグザさんがヴィルヘルムに来た時、ここまで訪ねて来てくれたことがあってだな。そん時、ここのミカンを褒めてくれてよ。気を良くした父ちゃんがいくつか分けたら、その場でミカンで料理を作ってくれたんだ」
「そ、そうなんですね……」
「んだ。しかも、それが本っ当に美味くてなぁ……」
上を向き、恍惚とした表情を浮かべるオレンジ。
「……んだから、いつか、ダグザさんとこの料理店で飯食いに行こうって、言ってたんだぁ」
オレンジがそう言うと、ガレイトとブリギットは気まずそうに顔を見合わせた。
「……うん? どっかしただか? 二人とも?」
その様子を怪訝に思ったのか、オレンジが首を傾げる。
「じつは──」
◇
「ほへぇ、なるほど……そんなことがぁ……」
ブリギットの話を聞いたオレンジは肩を落とし、落胆の色を見せている。
一方、マンダリンはしかめっ面のまま、ただじっと足元だけを見ていた。
「す、すみません……おじいちゃん、急に散歩に行くって言ったきり、帰ってなくて……それで、いつの間にか私が、オーナーにされてて……」
「い、いやいや、いいよお。べつに謝らなくて。オイラたちが勝手に舞い上がってただけだから……でも、残念だべなぁ……」
つんつん。
そう残念がっているオレンジの横。
マンダリンがさり気なく、肘でオレンジの横腹をつつく。
「ん……あぁ、んだな。そろそろ、本題に行くかあ」
「あ、そうだ……イノシシのこと……」
「そ。依頼を受けてくれたっつことは、もう知ってるとは思うけんど……見ての通り、うちの畑、どえれーことんなってだな」
「たしかにひどいものでした……ただ、ひとつ気が付いたことが……」
「なんだべ?」
「畑の周りの言うに及ばずなのですが、中心部はあまり被害は出ていないように見えますね」
「ん? ああ、そういえば……」
「なにか、心当たりは?」
「さぁ……わっかんねなぁ……父ちゃんはわかっか?」
ふりふり。
マンダリンがしかめっ面のまま、首を横に振る。
「ふむ……さきほどもおっしゃっていましたが、被害は最近起きた……というわけではないのですよね?」
ガレイトがオレンジに尋ねる。
「ああ、毎年あったよ。けんど……」
「けど?」
「今年は特別ひどくてねぇ」
「イノシシが大量発生した、ということでしょうか……?」
「んだ」
「……なにか、思い当たる節は……?」
ガレイトの問いに、オレンジが首を横に振る。
「さっぱりだよぉ。……ただ、父ちゃんは、近くに巣があるんじゃないかって言ってんな」
「巣……ですか?」
「んだ。イノシシっつーのは、普段、山ん中で暮らしてるらしいんだけど、食べ物が無くなったりすると、こうやって降りてきて畑を荒らしたりすんだ。……けんど、そりゃ一匹や二匹の話でな……だから、いままでは軽く見てたんだよ」
「……なるほど。たしかに今回の
「んだんだ」
「……不自然な大量発生……イノシシの巣……」
ガレイトは懐からメモ帳を取り出すと、ぶつぶつと呟きながら記入していく。
「……あの、オレンジさん、イノシシがいつ出没するかはわかりますか?」
「あー……どうだったかなぁ? ……夕方、仕事が終わってから、日が出る前までくらいまでかなぁ……昼に見たことはねかなぁ」
「なるほど……」
「あ、いま、ガレイトさん。『なんで見かけたのに倒さねんだ』とか思ったろ?」
「え? いえ、そんなことは──」
「英雄ガレイトならともかく、イノシシっつーのは危険な動物だ。オイラたち一般人がどうこう出来るモンじゃね。……しかも、
「あ、そうか……ミカンを……そうでしたね」
ガレイトが眉をひそめる。
「あの……えっと、ここのミカンを食べてると、なにかあるんですか?」
ブリギットがオレンジに尋ねる。
「ああ、すみません、勝手に納得してしまって。……じつは、ここの農家さんが作っているミカンの中には、一般に卸しているものとはべつに、強心作用と興奮作用を併せ持つ品種あるのです」
「きょ、きょうしん……」
「〝ブルーティヒ・クレメンタイン〟それがうちが作ってるミカンの名だな」
「ぶるーてぃひ……でも、なんで、そんなミカンを……?」
「え? えぇっと……ま……まぁ、前の時代の名残でしょう」
そう言って、ガレイトがブリギットから目を逸らす。
「……前は、軍用、つまり戦の時に使う兵士を奮い立たせる目的として、オイラたちのミカンを持ってったりしてただ。んでも最近、戦はめっきり無くなったからな……作る数自体は減ったけど、それでも欲しがる人の為に、すこしだけ作ってるだ」
「もしかして、それも戦いをするために……ですか?」
「いやあ、いまヴィルヘルムは平和だし、国の外へ持っていくことは、基本難しいから、もっぱら別の目的だなあ」
「別の目的……ですか?」
「ああ。夜に使うんだよ、夜に」
「夜……?」
「ほら、あれだぁ、ベッドの上で乱れるために使うんだ」
「ベッド……? でも、それじゃ寝られなくなるんじゃ……」
ブリギットが首を傾げる。
「おや? 知らねのか? ブリギットさん?
「あ……ごめんなさい、よくわかってなくて……」
「まぁ、つまりだな、交──」
「そ、そんなことはおいといて!」
ガレイトが会話を遮るようにして、無理やり話題を変える。
「──とにかく、そのミカンを食べたイノシシは凶暴化してしまうのです! ただでさえイノシシは危険な動物なのですが、それ以上に危険な動物に変貌してしまう……ということですね!」
「な、なるほど……ですね……?」
ガレイトの
「……えっと、じゃあ、どうしましょうか、ガレイトさん?」
「そうですね。重要そうな話はほとんど聞けたので、次はその巣を探したいところなのですが……話を聞いている限りだと、場所についての手掛かりはなさそうですし」
「はい。ほんとうはサキガケさんに訊けたらいいんですけど……」
「……一旦、ニーベルンブルクに帰ったほうがいいかもしれませんね」
「え? でも、時間もありませんし……三日後には、お料理作らないといけませんよね?」
「はい。ですが、まだ猶予はあるので──」
ガレイトがそう言うと、ブリギットはその小さな手をぎゅっと握った。
「あ、あの! ガレイトさん……!」
「は、はい、なんでしょうか?」
「私、一晩くらいなら、張り込みしても大丈夫ですから……!」
「え……」
「帰ったほうがいいって、その……私の為を思って提案してくれたんですよね?」
「えーっと……はい。すみません。ここは帝都と違って、野生動物や虫も多いですし……」
「わ……私、大丈夫ですから……!」
「いや、あの……」
「大丈夫! ですから!」
「う、うーむ……」
ブリギットにそう言われると、ガレイトは困ったようにうなりだした。
「──あ、そうだ!」
突然、オレンジがポン、と手を叩く。
ガレイトとブリギットは会話を中断し、オレンジと向かい合った。
「大事なこと、伝え忘れてただ!」
「大事なこと、ですか?」
「あれだ。なんでかは知らねが、イノシシのやつらな、きっかり一週間ごとに現れんだ!」
オレンジの話を聞いたガレイトとブリギットは、互いに顔を見合わせ──
「……一週間?」
もう一度、オレンジに尋ねた。
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