第97話 見習い料理人と皇帝の挑戦状


「ずっと守って来た資源を、手放しちゃったんですか……?」


「おいおい、ガレイト。それはおまえ、すこし意味合いが違ってくるだろう」


「も、申し訳ありません……」


「手放すのではなく、売るようにしたんだよ」


「売る……。でも、いいんですか? ずっと守ってきたんですよね?」


「そうだ。儂も最初、反対したんだが、息子に説得されてな。『これからは剣や魔法でバチバチにやり合う時代じゃない』とかなんとか……」



 どこか嬉しそうに語るアルブレヒト。



「とにかく、息子が玉座に座ってから、この国は、ヴィルヘルムはガラリと変わった。おかげで他国の文化も入るようになったし、おかげで──」



 そう言って、アルブレヒトがガレイトの顔を見る。



「ガレイトの道も見つかった。この変化が良いものなのか、悪いものなのかはわからんが、少なくとも、いまのヴィルヘルムは、これまでに歩んだことのない道を歩んでいる。……そのことは確かだな」



 それを聞いていたブリギットが、ガレイトを見上げる。

 ガレイトはその視線に気が付くと、フッと優しく微笑んだ。



「それで、〝罪滅ぼし〟に戻るわけだが……はじめに言った通り、その理由は単純だ」



 アルブレヒトはそう言うと、改めてガレイトの目をまっすぐ見た。



「ガレイト」


「……はい」


「おまえはいままで、十二分に尽くしてくれた。儂にも。この国にも」



 アルブレヒトはそう言って、腕を広げる。



「……感情を殺し、己を殺し、おまえのすべてを儂らに捧げてくれた」



 ザッザッ……。

 アルブレヒトがゆっくりとガレイトに近づいていく。



「……だから、これが儂の罪滅ぼしなんだ。せめて、おまえが気持ちよく料理人を、やりたいことを続けられるように、とな」



 ポンポン。

 アルブレヒトはそう言って、ガレイトの腕を優しく叩いた。



「皇……」



 ガレイトは一歩下がると、アルブレヒトに深々と頭を下げた。



「ありがとうございます。こんな俺の為に……」


「いや……いまさらになるが、儂こそ、いままで迷惑をかけた」


「め、迷惑だなんて、そんな……!」


「儂も同時に、おまえから色々なことを学ばせてもらった。──ありがとう」



 アルブレヒトが優しく微笑むと、ガレイトも頬を綻ばせ、それに応えた。



「だから、他の些事については、おまえは心配しなくていい。これまでどおり、おまえは料理人として頑張ってくれ」


「しかし……」


「はぁ~……ガレイトよ。これ以上問答を続けることは、儂の顔に泥を塗るようなものだぞ?」


「そのようなことは……!」


「一国の長がおまえの為に尽力すると言っているんだ。おまえは甘んじて受けていろ。おまえには、その資格がある」




 アルブレヒトがそう言うと、ガレイトはそれ以上何も言わず、黙ってしまった。



「──だが、それでもまた、騎士団に戻りたいというのであれば、そのように手続きをしてやる」


「……へ?」


「言っただろう。おまえの意志が第一だと。……なに、その時はまた歓迎してやる。実際、エルロンドのやつも喜ぶだろうしな。……それで、どうするんだ?」


「私は──」


「ガレイトさん……」



 ブリギットが心配そうにガレイトを見上げる。

 ガレイトはブリギットの顔を見ると、再び、アルブレヒトと向き合った。



「いいえ、私は──」


「ククク……」



 アルブレヒトが腕組みをして、堪えるように小さく笑う。



「皇……?」


「よい。皆まで言うな。ここで騎士団に戻るなどと抜かしておったら、張り倒していたところだ。おまえはそのまま、初志貫徹でやるべきこと・・・・・・をやり抜きとおせ。儂もそんなおまえを応援してやる」


「……迷惑をおかけします」



 ガレイトはそう言うと、再び頭を下げた。



「がっはっはっは! 結構! 好きなだけ迷惑をかけるがいい!」


「……あの、ところで、陛下・・


「ふむ、なんだ」


「このようなところで、一体何を……?」


「儂が体を動かしに来た……というのは、おかしいことか?」


「いえ、そのようなことは……ただ、アクアもいたので、すこし気になって──」


「──僕が」



 途端に霧が濃くなり、アクアの声が風呂場にいる時ように響く。

 やがて霧が晴れると、アルブレヒトの隣にアクアが立っていた。



「……どうかしたんですか、ガレイト・・・・


「チッ、呼び捨てについては……まあいい。それよりも、いままで、どこへ行っていたんだ?」


「なにやら込み入った話の雰囲気でしたので、そこらへんの散歩を」


「散歩?」


「フ……大丈夫ですよ。あなたの頭に筋肉しかつまっていない、という話以外は聞いていませんので」


「そのような会話はしていない。……というか、もうちょっと普通に出てこれんのか」


「すみませんね。目立ちたがりなもんで。──それよりも、陛下」


「なんだ?」


今回の件・・・・、ガレイトさんに押しつけてみては?」


「なぜだ?」


「ほら、いま、料理人を目指してるらしいですし、丁度良くないですか?」


「うん? ……ああ、そうか! なるほど……!」



 ニヤニヤ。

 二人は気味の悪い笑みを浮かべながら、ガレイトを見た。

 ガレイトはほんの少しだけ、後ずさる。



「おい、ガレイト」



 アルブレヒトが腕組みをしながらガレイトの名を呼ぶ。



「な、なんでしょうか……陛下……」


「おまえ、ここ出て……どれくらい経った?」


「え~……もうかれこれ……二年以上は……」


「よし、そんなおまえに課題を出してやろう」


「か、課題……ですか?」


「そうだ。……じつはな、ここ最近、この辺りを荒らしているイノシシ・・・・が出没しておってな……」


「ま、まさか……!?」



 ガレイトの額から、滝のような汗が流れる。



「そのイノシシを見事退治し、儂とアクアに馳走を作ってみろ!」



 ガレイトが無言で顔を覆う。



「期限は……そうだな。ガレイト、いつ向こうへ帰るつもりだ?」


「は、早くても三日後、明々後日しあさっての夜には……帰るつもり……ですが……」


「よし。では、期限は三日後だな」


「は!? しまった!!」


「僕が言うのもなんですが……こうなるってわかるのに、なぜ馬鹿正直に答えるんですか」



 アクアがため息交じりにツッコむ。



「ガレイトおまえはそれまでに、そのイノシシで美味いイノシシ料理を作れ。ただし、儂やアクアが納得するようなものをだ」


「二人を納得させる物を……ですか?」



 アルブレヒトの言葉を反芻するガレイト。

 そんなガレイトを、心配そうな顔で見上げるブリギット。



「そうだ。もし、納得できるほどの料理を作れれば……そうだな」



 アルブレヒトが腕組みをする。



「何かしらの援助をしてやろう。……無論、国の金ではなく儂のポケットマネーで出来る範囲で、だがな」


「も、もし、納得できなければ……?」


「『やる前から失敗することを考えるな』……これ、たしかあなたの言葉ですよね?」



 アクアが嫌味ぽく横槍を入れる。



「おまえ……それとこれは違うだろう……!」


「あれ? そうなんですか?」


「く……っ!」


「……安心しろ、ガレイト。そこまで無茶なことは言わぬ。言ったであろう。儂は全面的におまえの活動を応援していると」


「お、皇……!」


「だが、まあ、緊張感は持たなくてはならぬ。どんなときにもな」


「お、皇……?」


「なので、もし納得できなければ、ヴィルヘルム皇帝の全権限を持って……」


「ぜ、全権限を持って……?」


「おまえの持っているすべての金を没収する」

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