第96話 見習い料理人と皇帝の罪
「つ、罪滅ぼし……ですか?」
ガレイトが慎重に、アルブレヒトに訊き返す。
アルブレヒトは傍らに立っていたアクアに視線を送った。
こくり。
アクアは何も言わずにうなずくと、そのまま森の中へと消えていった。
「あ、あのぅ……」
それを黙って見ていたブリギットが、遠慮がちに口を開く。
「わ、私も……席を外したほうが……」
「いや、いてくれていい」
アルブレヒトがブリギットの目を見て答える。
「今の
「で、ですけど……」
「儂としても、是非、其方に知っておいてほしいのだ。──頼む」
ブリギットはそれ以上、何も言わない。
「……しかし、皇よ。私が貴方に恩義を感じるこそすれ、貴方が罪悪感を感じるというのは──」
「まあ、聞け。ガレイト」
アルブレヒトがそう言うと、ガレイトは口を閉ざした。
「ふむ。どこから話したものか……ところで、ガレイトよ」
「はい」
「おまえは子供の頃、なにか、なりたいものはあったか?」
「え?」
アルブレヒトの問いに目を丸くして訊き返すガレイト。
「将来の夢、というやつだな」
「夢……ですか。いえ、とくには……」
「……まあ、そうだろうな。そんな余裕もないくらい、おまえは毎日必死だった」
「は、はい……そうですね……」
過去を思い出しているのか、ガレイトは苦々しく笑った。
アルブレヒトはそんなガレイトを尻目に、今度はブリギットの顔を見る。
「そう。儂はな、ブリギットさん。ひとりの子どもを、将来の夢も見れないほど酷使していたのだ」
「え……」
「そ、それは違います!」
ガレイトが声を荒げる。
「あの時、皇が私を拾ってくださらなければ……私はいずれ、誰にも知られることなく、野垂れ死んでいました。皇は間違いなく、私を救ってくださったのです」
「……いや、そうなったかもしれんし、そうならなかったかもしれん」
アルブレヒトが息を吐くように言う。
「……どのみち、結果として、儂はおまえの選択肢をすべて奪ったのだ。人が、それぞれに与えられている自由を、道を、夢を奪い……ガレイトを護国の騎士として祭り上げようとしたのだ」
「じゃ、じゃあ、ガレイトさんは、なりたくて騎士になったんじゃ……?」
「ああ、儂が無理やり騎士にさせた」
「そ、そのようなことは……!」
「……まあ、このように否定しておるが、こやつはこやつで、もっと違う生き方も出来たはずなのだ。事実、おまえは騎士を辞め、今の道へ進んだ」
「それは……」
「まぁ、ガレイトを引き取ったときの儂はとんでもなく愚かでな。あと、血の気も多かったのだ」
アルブレヒトはこぶしをギリギリと握り、それをじっと見た。
「富国強兵。我が国に迫りくる武力を、逆に圧倒的な武力で排除しようとしていた」
「そう……なんですか……?」
ブリギットが首を傾げると、ガレイトが付け加えるように言う。
「ヴィルヘルムは元々、国の守護……守りを得意としていたのです」
「まもり……」
「はい。他国に攻め込むよりも、他国からの侵入を防ぐ。……帝都に来る前に見たと思いますが、この国はすこし特殊な地形をしているのです。そのせいで、ヴィルヘルム・ナイツは代々、攻撃よりも守りを得意としていたのです。これが護国の騎士たる所以なのです」
「そうなんですね……」
「──だが、それでも我が国の資源を狙う国は、後を絶たなかった。いくら守護が得意な国でも、戦が起これば大なり小なり人は死ぬ。我が友も、幾人か逝った……」
アルブレヒトが握っていたこぶしを開く。
「富国強兵とは、そこで打ち出した政策なのだ。専守防衛ではなく、先制攻撃。侵略される前に侵略する。そしてガレイトとは、その作戦の旗頭になるべくして育てられた、いわばヴィルヘルムの絶対的な矛……にするつもりだったのだ」
「つもりだった……んですか?」
「いや、事実、ガレイトは
「実際は……違ったんですか……?」
「そうだ。実際はそうならなかった。大きな力というのは、より大きな反発を生む。儂はここで、なぜヴィルヘルムは、代々専守防衛を貫いてきたのかを思い知らされた」
「それは……どういう……?」
「連合国によるヴィルヘルム帝国への攻撃です」
「え……?」
「
「そんなにしてまで……他国は何を狙ってたんですか?」
「ヴィルヘルム・ストーンだ」
「ヴィルヘルム……」
「ブリギットさんは、ガレイトの大刀を見たことは……?」
「大刀……ですか?」
「あの、皇よ。あの大刀は今──」
「おっと、そうだったな。包丁になっているのだったか。あれは我が国の資源であるヴィルヘルム・ストーンで鍛造された大刀を、さらに小さくしたものなのだ」
「あ、はい……それは、ガレイトさんから……」
「大刀の大きさは、ガレイトの背丈とほぼ同じ。そのような巨大な物を包丁の大きさまで縮尺する……ヴィルヘルム・ストーンとは、その硬度もさることながら、ある程度の
「そうなんですね……」
「ああ。そして、その頃から戦は凄惨を極めるようになる。……たしか、その頃だったか? おまえがイルザードを拾ったのは?」
「……ええ、はい」
ガレイトが足元に視線を落とし、答える。
「ひ、拾ったって……もしかして、イルザードさんは、ヴィルヘルムの人じゃ……?」
「はい。あいつはヴィルヘルム出身ではありません」
「……そのことは、イルザードさんは?」
「覚えていると思います」
「そ、そう……なんですね……」
「話を戻すが、ヴィルヘルムはこの戦いに辛勝した」
「え? か、勝ったんですか……?」
「ああ、かなりの犠牲は出たがな。……儂も、そのときに負った怪我のせいで、玉座を降りた。未だに皇帝を名乗ってはいるが、現在のヴィルヘルム、その実権はほぼ
「はい。
「まあな。……体の線が細いのはあれだが、あれも儂の子だ。頑張ってもらわねば困る」
アルブレヒトは自慢げに、鼻を鳴らして言った。
「……そして、そこでほぼ同時期に、ガレイトが騎士団の団長となった。……覚えているか?」
「はい。勿論です」
「いつかは団長になると、誰もが言っていたが、まさか、あのエルロンドを押しのけて成ったとはな……いま思い出しても痛快だ」
ククク、とアルブレヒトが声を抑えるように笑う。
「い、いえ……あれは半ば強制的だったというか……選択の余地はなかったというか……」
「わかっておる。エルロンドのやつも、ようやっと肩の荷が下りたと嬉しがっておったわ。……だが、おまえはそれでも団長という役割を辞退しなかった。それも、フリードリヒの指示なのだろう?」
「そ、それは……」
「よい。過ぎた事だ。そして、その頃からだな。……儂の毒気というか、血の気というか、そういったモノが抜けていったのは」
「は、はい……」
「ど、どういうこと……ですか……?」
ガレイトがゆっくりとうなずき、ブリギットがその意図を尋ねる。
「えっと……つまり、もう、ヴィルヘルムの資源を手放すことにしたのです」
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