第95話 見習い料理人とヴィルヘルム皇帝


 帝都ニーベルンブルクの外。

 東西南北。

 四つある門のうち、東門から出て、近くの森。

 そこのヴィルヘルムナイツ訓練場。

 木々を切り拓き、草を刈り取り、岩を取り除き、出来た広大な更地には、様々な器具が置かれている。

 地面に、杭のように打ちつけられている打ち込み人形。

 ダンベルや、バーベルのようなトレーニング器具。

 訓練用の、刃を研いでいない剣や槍などの武具。


 そこで、二人・・の男が会話をしていた。

 ひとりはアクア。

 ミラズール国の王子にして、ヴィルヘルムナイツ第二番隊の隊長。

 そしてもうひとりは──



「おお……! おまえは……ガレイトか!」



 野太い声。

 アクアと会話していた男性が、ガレイトを見るなり、指をさす。

 アクアよりもすこし身長の高い、一八〇センチメートルほどある老人──と、呼ぶにはあまりにも筋骨隆々な男性。

 髪は白髪、清潔に切り揃えられた短髪。

 もみあげとあご髭は繋がっていて、目の堀は深い。

 服装は、安そうな麻で出来たシャツに、ワイドめな紺のズボン。

 ガレイトはその男性を見るなり──



「あうっ、あうっ、あうっ」



 肩に乗っていたブリギットを、ガクンガクンと揺らしながら走りだした。



「お久しぶりです! アルブレヒトおう!」



 ガレイトは、皇と呼ばれた男性の元まで行くと、軽く頭を下げた。



「おー! おー! 久しいなぁ……!」



 アルブレヒトは「うんうん」とうなずきながら、ガレイトの頭の先からつま先までを見る。



「それにしてもガレイトよ、またデカくなったんじゃないか?」


「いえ、もう身長は伸びません」


「フハハハハハ! そうかそうか!」


「皇も、ご健在そうで──」


「おう。……いまな、アクアからおまえのことを聞いていたところだ!」



 バシン! バシン!

 アルブレヒトはそう笑いながら、鎧の上からアクアの背中を叩く。

 アクアはあからさまに、不満そうな表情を、ガレイトに向けていた。



「どうだ。久方ぶりのニーベルンブルクは? ヴィルヘルムは?」


「はい。相変わらず、賑やかで……」


「……ところで、その肩の──」



 ガレイトの言葉を遮るようにして、アルブレヒトが口を開く。



「誰だ? もしや、子供でもこさえたか、ガレイト」


「ああ、いえ、この方は、私が現在お世話になっている料理店の、オーナーです」


「ほう? ……〝オーナー〟とな!」



 アルブレヒトは顎に手をあてると、「ふむふむ」と唸りながらブリギットを見る。



「若いのに大したものだ! ……いや、見たところエルフだから、外見年齢からではあてにならんのか……ともかく、目出度い!」



 エルフ・・・と言われ、自身の帽子をパタパタと触るブリギット。

 しかし、彼女の耳は帽子の中に隠れたまま。



「……ブリギットさん、問題ありませんよ。この国でエルフだからといって、どうこうする者は──」



 ガレイトが言いかけて、アクアを見る。

 アクアはそのガレイトの視線に気が付くと、プイッと面白くなさそうに目を逸らした。



「……少なくとも、危害を加える者はいませんので」



 ガレイトに言われ、ほっと胸をなでおろすブリギット。



「こ、こんにちは……! 私は……えっと……あ、ガレイトさん……」


「はい?」


「ご、ごめんなさい、お、降ろして……」


「ああ、すみません……!」



 ガレイトはそう謝ると、膝をつき、肩に乗っていたブリギットをゆっくりと降ろした。



「あ、あの、私、ブリギットって言います! よろしくお願いいたします……!」



 ぺこり。

 ブリギットがアルブレヒトに小さくお辞儀をする。



「ああ、こちらこそ。なにやら、ガレイトが世話になっているそうじゃないか」


「い、いえ……! そんな、お世話なんて……どちらかというと、私のほうが助けられているというか……! むしろ、真のオーナーはガレイトさんというか……!」


「ふむ。ところで、なんでガレイトの肩の上に乗っていたんだ?」


「あ、こ、これはですね──」


「城からここに来るまでひと悶着ありまして……」



 ガレイトが苦笑いをしながら言う。



「ひと悶着……? ……ああ、なるほど」



 アルブレヒトが、納得がいったようにうなずく。



「まだまだ、ヴィルヘルム・ナイツ史上最強の団長・・・・・・・殿の人気は健在だということだな」


「そ、そのようなことは……ただ皆、物珍しさで……」


「チッ、やれやれ。……事実なんですから、わざわざ否定しないでください。惨めになるのは僕のほうなんですから」



 今まで黙って話を聞いていたアクアが口を開く。



「それよりも、どうかしたんですか、ガレイトさん。僕か、陛下に用事ですか?」


「ああ、そうだった。皇よ、私がヴィルヘルムに来たのは、その為なのです」


「その為……? ふむ、言ってみろ」


「はい……じつは──」



 ◇



「──ということで、このことを殿下にお尋ねしたら、皇に訊け、と……」


「ああ、そのことか」



 アルブレヒトはなんでもない顔で相槌をうつ。



「やはり、ご存じだったのですね……?」


「まあな。しかし……まさか、そのようなことで、おまえをヴィルヘルムまで呼び戻すことになるとはな……」


「そ、そのようなこと・・・・・・・……ですか?」


「すまんな、ガレイト。他意はないのだ」


「……へ?」


「あえていうならば……そうさなぁ、こうやって、フリードリヒのやつに国の統治を任せ、国内外をブラブラと放浪していると、色々な交友関係が出来るんだよ」


「は、はぁ……」


波浪輪悪ハローワーク代表の、ホアン・・・がいるだろ?」


「え? ……ええ、組織ギルドトップの……」


「そいつとも交流が出来てな。おまえがそこに所属していると聞き、どうするかと訊かれたのだ」


「どうするか……ですか?」


「そうだ。まあ、ありていに言えば、持て余すと」


「もてあま……」


「それもそうだろう。冒険者ならまだしも、おまえが希望しているのは、料理人。さらにその料理の腕も酷いと来たんだ」


「う……」


「それで、ホアンには泣きつかれてな。『心意気は買うが、無碍にも出来ない。どうすればいいのだ』とな」


「要するに、〝腫れ物扱い〟だったわけですね……」


「ぬぐっ……!?」



 アクアがわかりやすいように言い換え、ガレイトの心を傷つける。



「だから儂はホアンに言ったのだ。出来得る限り、ガレイトに協力してやってくれないかとな」


「え……」


「まあ、その代わりに、ガレイトおまえを冒険者として勧誘してもいいし、ヴィルヘルムを定例会に使ってもいいという条件をだしたのだ。そのほかにも──」


「ということは……私の為に……?」


「……まあ、そういうことになる」


「な、なんという……! 私は……俺は、団を辞めてまで、祖国に迷惑を……!」


「いいや、そうじゃない。勘違いするな、ガレイト」


「皇……?」


「……まあ、こうなった以上、ここで白状するが──これは儂なりの罪滅ぼしだ」


 ────

 すみません。

 諸事情により、以降は毎日投稿が厳しくなります。

 楽しみにしている方には申し訳ありません。

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