第94話 見習い料理人、国王と再開する


「それではサキガケさん、また夜に……」



 ヘルロット城内。

 その玄関、エントランスホール。

 高い天井からは、五つの巨大なシャンデリア。

 光沢のある大理石のような床。

 その上には、真紅の長い絨毯が、階段や廊下など、城中に張り巡らされていた。


 声を発したのはガレイト。

 その隣にはブリギットがいて、二人の前にはサキガケが立っている。


 ちなみに、この場にイルザードとカミールの姿はない。

 というのも、五人は朝食を摂った後、二班に分かれて行動していたからである。

 まずはヴィルヘルム・ナイツ、その大本営へ行くイルザードの班。

 そして、帝都ニーベルンブルクの中心地、ヘルロット城へ行くガレイトの班。

 ガレイト班はイルザード班と別れた後、特に何事もなく、ここまで来ていた。



「ままま、任せてほしいでござる……!」



 ガレイトの言葉を受け、サキガケがそれに答えるが──



「いいい、いっちょ、やってやるでござる……!」



 その目線はバチャバチャと、上下左右に激しく泳いでいた。

 ヘルロット城までの道中。

 ガレイトたちは人目の付かない裏道を選び、ここまで来ていたのだが、ただ一人。

 サキガケだけは、まるで、はじめてテーマパークに来た老人のようなリアクションをとっていた。

 その症状・・は、城に着いてからもさらに悪化しており、現在に至る。



「いや、べつにらなくてもいいのですが……」


「ハハハ! なにをご冗談を!」



 サキガケは両手を腰に当てると、大きく上半身を後ろへと反らした。



「冗談? ……えーっと……急に、一体どうしたんだ……」



 くい、くい。

 ブリギットがガレイトの服の裾を引っ張る。

 ガレイトは姿勢を低くすると、ブリギットの口元へ耳を近づけた。



「……どうかしましたか、ブリギットさん?」


「あの、ガレイトさん、これはほら……サキガケさんが出発する前に言ってた、都会が苦手とかいう……あの……」


「……ああ、なるほど。そういえば──」



 ガレイトはゆっくりと立ち上がると、近くにいた兵士を見る。

 兵士はガレイトの視線に気が付くと、すぐさま、駆け足でやって来た。



「はァい! お呼びでしょうか!」



 城内に響き渡るほどの大声。大仰な敬礼。

 いままで、チラチラとガレイトたちを見ていたホール内の兵士、貴族が一斉に視線を向ける。



「こちらの方を会議室までお連れしろ」



 ガレイトは、カチコチに固まっているサキガケを指さす。

 兵士はサキガケの顔を見ることなく──



「サー! イエッサー! 我が命にかけて、必ずや、こちらのご婦人を会議室までお届けいたします!!」



 と、大声で答えた。



「あ、ああ……ちなみに俺はもう、誰の上司サーでもないから、その挨拶は──」


「さあ! こちらであります!!」



 ガレイトの言葉など聞こえていないのか、兵士はその場でくるりと回る。

 サキガケもそれにつられるように、カチコチと回る。

 兵士は行軍マーチのような足取りで。

 サキガケは油の切れたロボットのような足取りで。

 二人はそのまま、城の奥へと消えていった。



「だ、大丈夫かな……」


「おそらくは……」



 心配そうな視線でサキガケを見送る二人。

 そして──

 ざわざわざわ……。

 兵士の大声を皮切りに、その場にいた全員が口々に囁く。


「見間違いかと思ったが……」

「ああ、あの格好は間違いなく……」

「帰ってきてらしたのですね……」

「サインもらってこようかな……」

「いまさら帰ってきて何を……」



 ガレイトに尊敬のまなざしを送る者。物珍しそうに見る者。呆れる者。疎む者。

 その反応は様々であった。



「が、ガレイトさん……」



 ブリギットが心配するように、ガレイトの裾を引っ張る。



「……すこし、騒がしくなってきたようですね。俺たちは俺たちで、早く目的を果たしましょう」



 ◇



 ヘルロット城、謁見の間。

 その玉座にて、国王フリードリヒが背を丸め、前のめりに座っている。

 そんな彼の眼下には、こうべを垂れ、ひざまずいているガレイト。

 そして、ガレイトの真似をするようにして、跪いているブリギットの姿があった。



「お。来たね、ガレイト」


「はい。急な願いにもかかわらず、このような謁見の場を──」


「あー、前置きはいいよ。それに跪くのもよくない。なんだか私が偉そうみたいだしね」


「いえ、御前ですので……」


「御前? ……うーん、そう? ……なら、せめてそちらのお嬢さんは楽にしてよ」


「え? わ、私……で……ございまするか?」



 ブリギットがキョロキョロと辺りを見回し、自分を指さす。



「あはは。慣れない丁寧口調も大丈夫だから。それに、昨日も会ったしね」


「き、昨日って……す、すみません……! 私、あんまり覚えてなくて……!」


「うん。馬車の中でぐっすりだったね」


「すみません……! すみません……!」



 ぺこぺこと何度も頭を下げるブリギット。



「いいよいいよ。だから……私のことは気さくに、フリードリヒくんって呼んでくれればいいからね」


「え? ……えええええええええええええええええ!?」


……お戯れは……」



 ガレイトが顔を下げたまま、諫めるように言う。



「ん。ごめんね。ちょっとはしゃいじゃったみたいだ。えっと……たしか、ブリギットさんだったよね」


「あ、はい。ブリギット、言います、私……」


「うんうん。いい名前だね」


「あ、ありがとうございま……す……?」


「──さて、ガレイト。昨日の今日でここまで来てくれたってことは……きちんと持ってきたんだよね?」


「はい。ここに」



 ガレイトはそう言うと、茶色いカバーの本を懐から取り出した。

 パンパン。

 フリードリヒが手を叩き、傍に控えていた侍女が頭を下げる。

 しかし──

 ひょい。

 ガレイトの隣にいたブリギットがその本を受け取る。

 ブリギットはそのまま小走りでフリードリヒの所まで行くと、丁寧にそれを渡した。

 フリードリヒ以外。

 その場にいた者は皆、目を丸くして一部始終を見ていた。

 何事もなかったように、ガレイトの隣まで戻ってくるブリギット。

 やがて、その場の空気の変化に気づく。



「……え? な、なに?」


「──うん」



 フリードリヒはその本を見ると、これ見よがしにひらひらと動かして続けた。



「いや……まあ、いいや。ありがとね、ブリギットさん」


「は、はい……」



 礼を言われるブリギットに、ガレイトが小声で囁く。



「あの、ブリギットさん、大変、言いにくいのですが、あなたが動く必要は……」


「……え? そ、そうなんですか……? てっきりそのために私を……!」



 顔から湯気が出そうなほど、ブリギットの顔が赤くなる。



「いや、いいんだよ、ブリギットさん。とにかくありがとう」



 再度礼を言うフリードリヒは、そんなブリギットを尻目に、本をパラパラとめくる。

 時間にしておよそ、一分弱。

 やがて読み終わったのか、フリードリヒはパタンと本を閉じた。



「──うん。気持ちの籠った、ガレイトらしい良い絵日記・・・だったよ」


「は」


「……でも、なんていうか……私が言うのもなんだけどさ……」



 フリードリヒは言いづらそうに、口元に手をあてる。



「本当に絵日記にして持ってくるとは思ってなかったかな」


「……え」


「ごめんね。時間的に寝ずに書いたんでしょ、これ?」


「は、はい……」


「うーん……ガレイトにはこういう冗談は伝わらないのか……」



 小さく、誰にも聞こえない声で呟くフリードリヒ。



「ま、とりあえず、おおまかな現状は把握できたよ」


「ありがとうございます」


「うん、こちらこそありがとう……なんて、言ってる場合でもないか。──そうだね。単刀直入に言おう。『現在、帝国内にいる波浪輪悪ハローワークの人たちが、なぜガレイトの情報を握っていて、あまつさえ、その情報共有を帝国は見逃しているか』……だね」


「はい」


「あいにくだが、私はそれについては何も知らない」


「え……それは、どういう……?」


「……いや、言い方がわるかったな。波浪輪悪に君の情報が流れているのは知ってる。そして、君の情報が組織内部で共有されているのも知っている。でも、なぜ・・かはわからないんだ」


「……ということは──」


「ごめんね。力になれなくって」


「い、いえ、そのようなことは……」


「……でも、その答えを知っている人。皇帝ちちうえの居場所ならわかる。今から教えるから、今度はそこに向かってみてよ」

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