第80話 見習い料理人、伝説と遭遇する


「──生きている?」



 その場にいた、ガレイト以外の全員が声をあげる。



「あの……ガレイトさん、入水時にどこか打ちました? 頭とか……頭とか」



 ガレイトはイルザードの言葉に一瞬、眉をひそめる。



「……まあ、わかる。おまえがそんな反応になってしまうのも想定内だ。相変わらず、腹は立つが──それよりも、現状をどうにかするのが最優先……なのだが、どうすればいいものか」


「あの、がれいと殿が、珍しく慌てているのだけは伝わるのでござるが、いまいち拙者たちは状況が飲み込めぬというか……」


「そう……ですよね。俺自身も、そんなに現状を把握していなくて、とにかく、この島はまずいということだけ……」



 ガレイトはそう言って、サキガケの顔を見る。



「あの、サキガケさん、ちょっと、よろしいでしょうか」


「ニン?」


「サキガケさんって泳げましたよね?」


「ニン。それなりに水練はやって来ているので、人並み以上には泳げるかと……」


「なら、とりあえず、これ・・を見てもらえますか?」



 ガレイトはそう言うと、ちょいちょいと、自身の足元──

 海の下・・・を指さした。



「ちょっとちょっと、ガレイトさん、いきなり下ネ──」


「いいからおまえも見ろ」



 ガレイトはイルザードの頭を掴むと、そのまま海の中へと押し込む。



「ぶくぶくぶく……!」



 海中へと沈められたイルザードは、不服そうに顔をしかめる。

 しかし、ある一点。

 ガレイトが指さしていた方向を見た途端、イルザードの顔は一変する。


 島の──

 そこには巨大な、島の直径と同じほどの太さの何かが、島の下から、海深く、目視不可能な深さまで伸びていた・・・・・

 それは赤く、ぬらぬらと光を反射しており、よく見てみると、その表面には鱗のようなものがあった。

 そして時折り、まるで脈打つように、一定の間隔でピク、ピク、と蠢いている。


 ザバァ。

 イルザードが、海面へ顔を出す。



「……生きてる」


「え……」



 三人が口を揃えて聞き返す。



「というか、なんか生えてる。島の下から……」


「島の下って……ど、どういうことでござるか……?」


「いや、私にもよくわからん。ただ、島の下に巨大ななにか・・・があって、それは時折動いているのだ。なんというか……そう、あれは海底から蛇のような……」


「へ、へび……?」


「……あの、俺の考えなのですが、サキガケさん、これはもしかして、密林にいた時にサキガケさんがおっしゃっていたモノなのでは……?」


「え?」


「ほら、サキガケさんが仕留めてらっしゃった、あの、蛇の成体……」


「ま、まじでござる?」


「蛇って……ど、どんなの?」



 巨大な蛇に興味を持ったのか、カミールが身を乗り出そうとして──

 ドン。

 イカダの縁で、ガレイトたちの話を聞いていたサキガケにぶつかる。



「ちょ、あわわ……!」



 サキガケは咄嗟にイカダの端を掴み、全身が海へ投げ出されることは防いだが──

 ボチャン。

 顔だけ海へ突っ込むような形になってしまった。



「ごぼごぼごぼごぼ……!!」



 急にぶくぶくと気泡が上がり、ザバァッとサキガケが顔を上げる。



赤大将アカダイショウでござる!」



 顔面びしょ濡れのサキガケは、唾のように海水をまき散らしながら声をあげる。



「アカダイショウ……?」



 ガレイト以外の全員が訊き返す。



「えっと、あ、そうでござった。がれいと殿以外は知らないでござったな……赤大将は蛇でござる。しかも、この大きさは間違いなく伝説級の……」


「では、サキガケさんが仰っていた、あの、島を吞み込むと呼ばれている……?」


「ニン。というか、そもそもが大きすぎて、意味が分からなくなっているでござるよ……」


「あ、あの……私とカミールくんがまだ、よくわかっていないんですけど……もしかして、この島、蛇なんですか?」



 ブリギットが遠慮がちに質問する。



「あ……、申し訳ない。がれいと殿以外は、何のことやらさっぱりでござろう。……順を追って説明すると、がれいと殿といるざぁど殿が水中で見たモノ。これは、大きな蛇でござる」


「へ、蛇……? この島が?」


「そう、あれは蛇。赤大将と呼ばれる固有種なのでござるが……じつはこの蛇、成体になると、それこそ蟒蛇うわばみが如く成長するのでござる」


蟒蛇うわばみ……大蛇ですね。ですが、これはそんなものでは……」


「ニン。がれいと殿が仰っているとおり、これは異常も異常。でも、じつは……赤大将の中でも、極々稀に、際限なく体が大きくなる固体がいるのでござる」


「そ、それがもしかして……?」



 ガレイトが口を開き、サキガケが小さくうなずく。



「おそらく。拙者も、そういった伝説がある・・・・・・・・・・とだけしか聞いていなかったので、にわかには信じられなかったのでござるが……これはまず間違いなく──島呑しまのみ。赤大将の変異種でござる」


「し、しまのみ……」



 ごくり。

 その場にいた全員が生唾を呑み込む。



「……という事は、サキガケさん、あの島呑みは現在、この流され島を丸呑みにしようとしている……ということですか?」



 ガレイトの問いに、サキガケが首を振る。



「島とは、すなわち陸のこと。噴火や地震などで隆起して、盛り上がった陸地のことを言うのでござる。しかし、この島の下には蛇の体のみで、陸地がない……こうなると、もはや笑うことしか出来ないでござるが……最初にがれいと殿が言っていた『島が生きている』という表現は正しいのでござろうな。だから、つまり──」


「この島の、木も、草も、砂浜も、島吞の一部である……と?」



 ガレイトがそう言うと、サキガケは静かにうなずいた。



「……ですが、おかしいですよ」



 ひとり考え込んでいたイルザードが声をあげる。



「何がだ」


「いや、だって……ならこの蛇、何をしているんですか? こんなところで? ただずっと海に浮かんでいるだけなんて、おかしくないですか?」


「おそらく──」



 サキガケが深刻そうな顔で口を開く。



「獲物が集まるのを待っているのでござる」


「獲物……ですか?」


「……がれいと殿、この島に来てから、島吞のを見たでござるか?」


「いえ……」


「このの下にあるのは胴体のみ。……いちおう拙者たちは、島をぐるりと回ったし、密林にも入った。けれど、頭のようなものはなかった……」


「もしかして、それはつまり、今現在……というより、島吞はずっと口を開けて待っていたということですか?」


「おそらく……」


「まさか……、そんな……」


「でも、そう考えると、この妙な潮流にも説明がつくでござる」


「潮流……ということは、我々が遭遇したあのルビィタイガーもやはり……?」


「ニン。外海からやってきたのでござろうな……」


「ど、どうしよう、ガレイトさん。それだと、ティムさんやイケメンさんたちが……」


「そうですね。多少の時間ロスにはなりますが、ここは一旦戻って、皆さんにこのことを報告したほうがいいのかも──」


「そ、それについては……、と、とりあえず心配いらないと思うでござるが……?」


「……なぜですか?」


「えっと……この島の、密林の成長具合や、漂着した者たちの年齢を見たでござろう?」


「このことから、おそらく、島吞の食事はそこまで頻度は高くないでござる」


「……そうですね」


「だから、いけめん殿も言っていたでござるし、そのうち島を出ていくでござ──」



 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!

 突如、海鳴りのような音が鳴り響く。

 それから間もなく、海は荒れ、大きな波が立ち、三人が乗っているイカダが大きく揺れる。



「ぎゃあああああああああ!? な、なにが起こってんねん!?」


「が、ガレイトさん、これ……! これ……!」



 イルザードが慌てた様子で、さきほどのガレイトのように海を指さす。



「貴様、こんなときにふざけている場合じゃ──」


「下ネタじゃありません! 下ですよ! し・た! 黒い影が……!」


「なに!?」



 慌てて頭を下げ、自分の足元を確認するガレイト。

 そこには、黒く、大きな影が外へと広がっていた。



「これはもしかして……サキガケさん、蛇が口を開いて──」


「あ、あかーん! うちら、食べられてまう!」

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