第79話 見習い料理人と流され島の正体


 海。

 大した波風もなく、ほぼ凪に近い穏やかな海面。

 そこに──

 ぷかぷか。

 バラバラの、イカダだったもの・・・・・と、その丸太ざんがいに掴まって浮いている、ガレイトたちの姿があった。

 皆一様に、冷めたジト目で互いを見ており、頭上を飛ぶウミネコの声のみが、その場に虚しく響いていた。



 ◆



 ガレイトたちのイカダが全壊する、数時間前──

 ガレイトたちは、流され島の潮流問題・・・・・・・・・に直面していた。

 場所は同じく海。

 それも流され島近海。

 ガレイトはそこで、木を削りだして作ったオールを持ち、カミールの指示を仰いでいた。



「さて、カミール。続けて悪いが、また力を借りたい」


「いいよ。どうすればいい?」


「潮流……島の周りの潮の流れだ。ここの住民も言っていたが、ここからは一筋縄では出られない……らしいのだが、あいにく、確かめる時間がなくてな。それは本当なのか?」


「うん、ほんとうだよ。いろいろぐちゃぐちゃで、むずかしいからね」


「ぐちゃぐちゃ?」


「うん」


「聞きかじりの知識で悪いが、普通、潮流は時間帯や風向き、地形によって変わると聞いているのだが、ここは違うのか?」


「ここはね、ぐるぐるって、うず・・をまいてるんだよ」


「渦か……なるほど、ちなみにその大きさは?」


「ぐるっと、しまのまわり、ぜんぶだね」


「なんと、島の周りを? ……ということは、この島はいわば、巨大な水洗便器みたいな感じか?」


「いや、がれいと殿、もうちょっといい例えがあるでござろうよ……」



 サキガケが呆れ気味にツッコむ。



「そうか? わかりやすい例えだと思うがな」



 イルザードがすかさずフォローを入れると──



「すいせん……あ、うん。う〇こをながすトコとおんなじだね!」



 カミールも笑顔でそれに乗っかった。



「あ、もう拙者、黙っとくでござるな」



 それだけ言って、サキガケが不貞腐れる。



「ということは、だ。このままイカダで海上へと漕ぎ出したとしても、結局その渦に捕まって、またここへ戻されるという事か」


「うん。そうなんだけど……でもね、じつはぬけみちがあるんだ」


「抜け道……?」


「うん、ぬけみち。ながれがない・・・・・・場所だよ」


「ほう、すごいじゃないか。よく見つけたな」


「えへへ、うん。ぼく、およぎがとくいだから、あちこちおよいで、それで見つけたんだ」


「それは……もしかして、この島の全域をか?」


「うん」



 それを聞いた、カミール以外の全員が声をあげる。



「……ほんとうにすごいな」


「へへへ、それほどでもないよ」



 ガレイトが感心するように言うと、カミールは照れくさそうに、頭を掻いた。



「それでね、島の、おじさんたちがフネで来た、はんたいがわにね、少しせまいけど、ながれのないトコがあるんだよ」


「なるほど、場所はわかるか?」


「うん。とりあえず、あっちに行ってみよう」



 カミールはそう言って、島の北のほうを指さした。



「よし……では、とりあえずそこまで向かうとするか……!」



 ガレイトはそう意気込むと、オールをザブンと、海の中突っ込んだ。



「ガレイトさん、頑張ってくださいねっ」



 ガレイトの隣にいたイルザードが、茶化すように言う。

 ガレイトは一旦漕ぐのを止めると、もうひとつあったオールの持ち手のほうでイルザードの頭をコツンと叩いた。



「あいたぁ……!」



 イルザードは頭を押さえてガレイトの顔を見る。



「なにするんですか……」


「持て」


「へ?」


「元気が有り余っているのだろ? おまえも漕ぐんだ」


「え? ちょ、くって、こんな真っ昼間から、とんでもない──」



 バチャーン!

 イルザードが海へと叩き落される。



「おまえはイカダにつかまりながら、バタ足でもしていろ」



 ガレイトが呆れ気味に言う。

 イルザードはまんざらでもない様子で、イカダの端につかまり、バチャバチャと水を蹴った。



 ◇



 イカダを漕ぎ始めて十分ほど。

 五人はようやく、カミールの言っていた、島の反対側まで来ていた。

 景色は大して変わらず、陸のほうに人が見えるか見えないかの違いだった。



「──ここでいいんだったな?」



 ガレイトがいったん、海からオールをあげて尋ねる。



「うん。たしかここらへんに……えっと、見てもわかんないから、もうすこし、のほうにいける?」


「海のほう……ああ、沖か。まかせておけ」



 ガレイトはもう一度、オールを海へざぶんとつける。



「……イルザード、方向変換だ。沖へ行く。今度は陸を背にしてバタ足をしろ」


「ぶくぶくぶく……」



 イルザードは顔を海につけながら答えた。

 ギィ……コ。

 ギィ……コ。

 バシャバシャバシャ。

 ガレイトがオールを漕ぎ、イルザードがイカダの後ろで水しぶきを上げる。

 やがて──



「うん……おお!?」



 島の周り。

 その潮流に突き当たったのか、イカダが旋回するようにすこし流される。



「こ、これは……かなり戻されるな。すこし近づいただけで、ここまでとは……」


「こうなると、島の人が出られないって言ってたのも、わかるでござるな……」


「はい。慎重に進まなければ、思い切り流されてしまいますね……カミール、ここからどうすればいいんだ?」


「えっと、いわ……海のなかに、いわみたいなのってない?」


「岩……?」


「そう。たしか、この近くにいわみたいな、でっぱった・・・・・のがあるんだけど、そのまわりはながれがないはずだよ」


「ふむ、ということは、その岩が流れを変えている、もしくはせき止めている……と考えたほうが自然だな」


「どのみち、目印があるというのは、わかりやすいでござるな」


「そうですね。……おい、イルザード。すこし潜ってみてくれ。そこからなにか見えな──」



 そう言って、イカダの後方を振り返るガレイト。

 しかし、そこにイルザードの姿はなかった。



「イルザード……?」



 ガレイトの問いかけに、イルザードからの返事はない。



「まさか、さきほどの流れで……」



 ガレイトは小さく舌打ちをすると、「すみません」と断りをいれ──

 ザパァン!!

 海へと飛びこんだ。

 しかし、それと入れ替わるように──

 ぬるり。

 イカダの後方、ガレイトが飛び込んだ反対方向から、イルザードが現れた。



「あ、あれ……? イルザードさん、なんで……?」



 ブリギットが尋ねると、イルザードはキョロキョロと周りを見回した。



「……む? ガレイトさんは?」


「え? あの、イルザードさんを追って、水の中へ……」


「なに?!」


「あっ、その、ごめんなさい……」


「なぜあやまる」


「ごめんなさい……」


「それにしても、急に消えて、何をしていたのでござる?」


「いや、なぜか流されてな」


「流され、ああ、なるほど。なににしても、無事でよかったでござる。……ところで、水中でがれいと殿とは会わなかったのでござるか?」


「いや、それらしき影は──」



 ザバァァァァァン!!

 水しぶきをあげ、ガレイトが浮上する。



「皆さん! 大変です!」


「あ、ガレイトさん」


「ん? ああ、イルザードか。どこへ行っていたんだおまえは」


「いや、ガレイトさんこそ何をしてたんです──」


「あっと、そうだ。まずいんだ。……というよりも、まずい。すごくまずい」


「まずい? ……あの、さっきから、ヘンですけど、何かあったんですか?」



 イルザードをはじめ、全員がガレイトの顔を見る。

 ガレイトはしばらく、黙り込むと、再びイルザードの顔を見た。



「悪い。あまりのことに、すこし混乱していたようだ」


「あまりのことって……」


「──とにかく、皆、落ち着いて聞いてくれ。さっき起こったことを、簡潔に説明するぞ」



 尋常ではない雰囲気のガレイトの言葉に、全員が固唾をのんで耳を傾ける。



「この島、生きているんだ・・・・・・・

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