閑話 イルザードの釣り


「──お、一人で何やってんだ、ネーチャン」



 船尾。

 そこでひとり釣り糸を垂らしていたイルザードに、イケメンが声をかける。



「釣りだ。見てわかるだろう」


「いや、そういう意味じゃなくてだな……ガレイトの旦那・・とあの嬢ちゃんは、ティムさんと今料理の勉強してるんだよな? ネーチャンはいかなくていいのかい」



 イケメンにそう尋ねられたイルザードは、しばらく黙って海を見ると、口を開いた。



「……いいんだ。そもそも私は〝料理〟というものにあまり興味がないからな。あそこにいても、眠たくなってガレイトさんに迷惑をかけてしまうだけだ」


「ほほう! ネーチャンも人を気遣えるのかい」


「なんだ? また足腰立たなくなるまで、ボコボコにされたいか?」


「いや! 止めてくれ! あれはマジで辛かった……」


「ふん」


「だが、それだったら、なんでこんな所で釣りをしてるんだ? 言っちゃ悪いが、あの時だって全然楽しそうにしてなかったし──お? もしかして、釣りの楽しみに目覚めたか?」


「そんなわけないだろう。生餌の虫は気持ち悪いし、臭いし、仕掛けるときに針が指に刺さったりするし、そのうえ、このようにじっとしているのは性に合わん」


「だったらなんで……」


「──あの人ガレイトが喜んでくれるからだ。料理にも釣りにも、魚にも興味はないが、魚が釣れることであの人が笑顔になって、喜んでくれるのなら、それ以上の事はない」


「ほほう……」


「……わかったら消えろ。目障りだ」



 イルザードはそう言うと、自身の表情が見えないように、プイッと海のほうを向いた。

 しかし、イケメンはその方向に回り込み、まじまじとイルザードの表情を観察する。

 イルザードは頬を真っ赤にしながら、イケメンを睨みつけた。



「へへ、ネーチャンもそんな表情が出来るんだな」


「き、貴様……!」


「強いのは腕っぷしだけで、中身は十代前半かあ? ……つーことは、あんなにガレイトの旦那にちょっかいかけたりしてるのは、恥ずかしさの裏返しってやつか?」


「黙れ……!」


「……なるほどな、ピュアピュアな純愛じゃねえか。……それにしても妬けるねえ。ここまでネーチャンに想ってもらえるなんて、ガレイトの旦那はどんな……」



 イルザードはリールを回し、素早く釣り糸を巻き戻すと、針をイケメンの服に刺し──

 バチャアン!!

 イケメンの尻を思い切り蹴り上げ、海へと蹴落とした。



「──ぷぁッ!? ……な、なにすんだ! 殺す気か!」


「……さて、おまえを餌にしたら何が釣れるんだろうな。楽しみで仕方がないよ」


「わ、わるかったって。からかったのは謝るから、早く上げてくれ」


「……いいだろう。ただし、その状態で魚を捕まえたら、だ」


「は、はあ!?」


「死ぬ気で捕まえろ。……でないと、本当に魚の餌になりかねんぞ」


「ふ、ふざけ──」


「……おや? 遠くのほうに何やら鮫っぽいヒレが見えたが……」



 イケメンの顔からサー……と血の気が引いていき、急にバチャバチャと魚を探し始めた。

 イルザードはその様子を見て、楽しそうに笑っている。

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