懐かしのヴィルヘルム

第55話 元最強騎士と波乱の幕開け


「おや?」



 セブンス王国、グランティ港。

 空は快晴。

 空を飛ぶカモメが鳴き、漁師や船乗りの威勢のいい声が聞こえ、時折吹く、湿り気を帯びた潮風が、停泊中の船の帆をパタパタと揺らす、そんな活気のある港にて──



「おやおやおや? これはこれは、ガレイトさんではありませんか」



 ガレイト一行は、グランティで別れたイルザードと再開していた。

 ガレイトは忌々しそうに頭を抱えると、その場を去ろうとする。



「おっと、どこへ行くんですか」


「おまえのおらんところへだ」


「うんうん、そんなこと言って、じつは恋しくなって、私に会いに来てくださったのでしょう?」


「ちがう」


「それとも、連れ戻しに? ……いいでしょう! 連れ戻されてあげます! 式場はどうしますか?」


「勘弁してくれ……」



 その二人のやり取りを見ていたサキガケが、面白がるように話に割り込んできた。



「式場? ……ははあ。もしや、がれいと殿といるざあど殿は、恋仲なのですか?」


「いえ、違います」


「否定するのが早いでござるな」


「……だが、なぜおまえがここにいるんだ」



 じろりとイルザードを睨みつけるガレイト。

 しかし、イルザードはそんなことなど気にも留めず、ブリギットとサキガケを見て口を開いた。



「ふむ。よく見れば、ブリギット殿とサキガケがいますね。それに、なんですか、その大荷物は……?」



 ガレイトはため息をつくと、これまでの経緯を簡単に説明した。



 ◇



「──ふむふむ、なるほど。ということは、ガレイトさんはヴィルヘルム・ナイツの団長に戻る……と?」


「話を聞いていなかったのか、おまえは。戻るのはヴィルヘルムだ。それも一時的に」


「な~んだ。聞き間違いじゃなかったんですね」



 唇を尖らせて、子どものように不満を垂れるイルザード。



「……というより、そもそもの話、なぜおまえはヴィルヘルムで定例会が行われることを知らなかったんだ」


「いやあ、近々そういう感じのイベントをやる……みたいな話は聞いてたんですが、詳細まではあまり……興味がなくって」


「なぜおまえのような者が隊長を拝命されているんだ……」



 頭を抱えるガレイトを尻目に、サキガケが口を開く。



「ところで、いるざあど殿はここで何をしているのでござる?」


「サキガケ……と、呼び捨てにするのはさすがにまずいか……たしかもう、ガレイトさんとは敵対していなかったのだったな」


「ニン、その節はご迷惑をおかけしたでござる」


「いや、私のほうこそ、顔面に蹴りをいれてしまってすまない」


「うん、あれはびっくりした」


「おいイルザード、もうすこし心を込めろ」


「いやいや、いいんでござる、がれいと殿。むしろ殺されなかっただけマシでござるから」


「よくぞ言ってくれた!」



 ぽんぽんとサキガケの肩を叩くイルザード。



「おまえが誇るな」


「……私も、ガレイトさんと同じだ。ここで船を待っている」


「船を……? いや、しかし、おまえがオステリカ・オスタリカ・フランチェスカを後にしたのは、一週間以上前だったはずだが……なぜまだ船に乗っていないのだ」


「はい、それがですね──」


「──おう、ネーチャン! 今日は出せそうだぞ!」



 白いタンクトップに、ところどころほつれた短パン、そして、頭に黒いバンダナを巻き、無精ひげを生やした男が、イルザードに話しかけてきた。

 イルザードは一旦、ガレイトたちとの会話を中断すると、その男と向かい合う。



「やっとか。……もう大丈夫なのか?」


「今のところな! どのみち、出るのなら早くしたほうがいい。今から準備が出来次第出すが……そちらさんは?」



 男がガレイトたちを指さし、イルザードに尋ねる。



「ああ、この男性ひとが私の噂のフィアンセだ」


「誰がフィアンセだ」


「おお! この男前が、ネーチャンの言ってたやつか……なんつーか、オーラが違うわな! デケーし、ゴツい」


「ふふ、だろう? ちなみにガレイトさんは、アソコのオーラも違うのだ!」


「ガハハ! 俺ンだってまだまだ負けてねえぜ?」


「……ふ。ほざくな。いいか、ガレイトさんのはなんと、火を噴くんだ」


「おっとォ?! そいつぁ御見それしたぜ! 俺の負け。降参だ!」



 ガハハハハ!!

 男子中学生のような、くだらない会話を繰り広げるイルザードと謎の男。

 ブリギットはポカンとしているが、サキガケは恥ずかしそうに俯いている。

 それを傍目で見ていたガレイトは、軽くため息をつくと、イルザードに説明を求めた。



「……イルザード、こちらは?」


「ああ、申し遅れました。……えーっと、おまえ、名前はなんだったか?」


「おい」



 ガレイトが即座にツッコむが──



「まぁまぁ、気にすんな。俺もネーチャンの名前を知らねえしな」



 男はそう言うと、おもむろにガレイトに手を差し出した。



「ただの船乗りだ。名前は……まあ、好きに呼んでくれて構わねえぜ。ちなみに、皆からはイケメンって呼ばれてんな」


「ああ、船乗りの方でしたか。……ガレイトです。よろしくお願いします、イケメンさん」



 ガレイトは男の差し出した手を、がしっと握り返した。

 イケメンと自称した男は、狼狽えるようにイルザードの顔をみた。



「おいイケメン、ガレイトさんにボケを潰されたついでに、軽く自己紹介したらどうだ?」



 イルザードが半笑いになりながら、イケメンに自己紹介を勧める。



「あー……ネーチャンのデケー乳に触ろうとしたら、他の船員ともどもボコボコにされちまってな。詫びとして、好きなところまで連れてってやる……てとこで、話が落ち着いたんだよ」


「な、なるほど……」


「なあおっさん、この際だから、ガレイトさんたちも船に乗せてってくれないか?」


「おう、構わねえぜ。ニーチャンはいらねえが、他に美女二人ついてくるんだろ? そりゃ釣りも出るってモンだ!」


「……しかし、妙だな」



 ガレイトがそう言って、イルザードの顔をじっと見る。



「え? なにがですか?」


「船を見つけているのなら、なおさら、なぜまだ港に留まっていたんだ?」


「それは──」



 イルザードが口を開こうとすると、それをイケメンが制した。



「時間がねえ。俺の口から説明する」


「お願いします」


「……と、その前に、タダで乗せてやるんだ。荷物は自分で運べよ?」



 イケメンはそう言うと、人でごった返している港の中を、すいすいと進んでいった。





 木造で黒塗りの帆船が潮風を受け、大海を悠々と進む。

 さきほどまでガレイトたちがいた港は、すでに水平線の彼方に消えており、その船が一隻ポツンとある状態。

 船自体はそこまで大きくはないものの、乗客は少なくはなかった。

 舵を取っているのは先ほどの船乗りではなく、片目に眼帯を当てた壮年の男。

 男は気持ちよさそうに鼻歌を歌いながら、舵輪を巧みに操っている。



「うわあ~! すご~い!」



 一方、船首には、海に落ちるか落ちないか、ギリギリのところで海を眺めているブリギットと、それをハラハラしながら見守っているガレイトの姿。

 そして、その二人のすこし後ろには、イケメンとイルザードそして、サキガケが会話をしていた。



「──なるほど。つまり、定期船で〝びるへるむ〟に帰ろうとしていた〝いるざあど殿〟は、近海に出たという海賊・・のせいで足止めを食っていたのでござるか」


「ああ、足止めをくらい、路銀も底をつきかけていた時、この金ヅルに会ってな。飯やらなにやら世話になったんだ」


「がっはっはっは! 性欲に負けて、腕っぷしでも負けたんだ! もう面子なんて丸潰れよ! 笑ってくれ!」



 イケメンが腰に手をあて、楽しそうに自虐を言う。



「いや、笑ってる場合でもないと思うでござるが……ともかく、今日はその海賊とやらは見ていないのでござるか?」


「いや、海賊ならここにいるぜ」



 イケメンが自分をビッと指さす。



「……はい?」


「おい、バ海賊。あまりサキガケ殿を困らせるようなことは言うな」


「……おっと、悪ぃ。元、だな。この船乗ってる乗組員は全員、元海賊だ」


「も、元……? 今は違うのでござる?」


「ああ、その海賊のせいで俺たちの商売もあがったりなんだよ」


「えっと、どういう事でござるか……海賊が、二つ……?」



 イケメンの、要領を得ない回答にしびれを切らしたのか、イルザードが口を開く。



「要するに、元々この海域を縄張りにしていた海賊共こいつらが、今の海賊共にいいようにやられ、縄張りを追い出されたんだ」


「なんと」


「それで、海賊行為が出来なくなったこいつらは、陸に上がって大暴れしていたが、たまたま通りかかって──ついでに性的暴行されかけた私が、正義の名のもとに返り討ちにしたのだ」


「……んで、今は心を入れ替えて、俺たちは、人と物を運ぶ商売をしるってわけだ」


「な、なるほど。おぬしら、どうしようもない輩でござるな」


「へへ、よせやい」


「それにしても、すごい事件に巻き込まれていたのでござるな、いるざあど殿は……」


「フ。……なに、こんなものは事件の内には入らん」


「お、男前すぎる……」


「ま、俺たちはともかく、いまこの海域を牛耳ってる海賊については、安心してくれていい。見張りのやつが言うには、今日は見ていないとのことだ」


「なるほど。それならいいのでござるが──」



 サキガケが、目をぱちぱちとさせながら、進行方向右側の海を見た。



「……あの、ちなみに、その海賊ってどんな感じのやつらでござる?」


「ん? ……たしか、乗組員は全員女だったな」


「全員女……」


「しかもみんな、肌が黒い……というか、褐色だったな」


「褐色で……」


「ボンキュッボン。いい女」


「し、身体的な特徴以外では……?」



 サキガケは少し恥ずかしそうに言った。



「あ~……なんでもそいつら、人間じゃなくてエルフなんだと」


「エルフ……。それで、その海賊船の色や特徴は……」


「おう、いやに詳しく聞いてくるな。興味でもあるのかい?」


「もしかして……この船よりも二回りくらい小さい船で、帆の色は赤。耳長のドクロにバッテンのマークの旗とか、なかったでござるか?」


「おお!? よく知ってんな。もしかして、その海賊の乗組員かあ? なぁんつってな! ガーッハッハッハ!」


「いや、あそこに見える船って、その海賊船では……?」



 サキガケが指さす先──

 一隻の船が、ものすごい速度で、ガレイトたちが乗っている船に接近していた。

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