第56話 元最強騎士とロロネー海賊団
海賊の旗を見るや否や、船上にいた人々は皆、パニックに陥っていた。
慌てふためく者。船内へ隠れる者。自ら海へ飛び込む者……そんな中、イケメンが震える指で、明後日の方向をさしながら口を開いた。
「お、おおおお、おおお、お落ち着け、まずは、ししし、深呼吸でござる……!」
「まずあんたが落ち着くでござる」
「だ、だな……」
イケメンはそう言うと、突然、大の字に寝転がって、空を見上げてニヤリと笑った。
「落ち着く方法が斬新」
サキガケがそう言うと、イケメンは静かに話し始めた。
「ふぅ……、落ち着いたら視界がクリアになって来たぜ。──いいか、
──ドッボォォォオオオオン!!
船のすぐ横、船体スレスレに、大きな水柱が立つ。
大きな波が立ち、船が激しく揺れ、船が転覆しかける。
「おーい! あいつら、大砲を撃って来たぞー!!」
別の乗組員たちの怒声が船上を飛び交う。
「命は……奪わないんでござったよな?」
責めるようにイケメンを見るサキガケ。
「た、たぶん……」
「今の、もうすこし横に逸れてたら、間違いなく船が沈没していたと思うのでござるが……」
「い、いやあ、今のだって威嚇射撃だと思うぜ?」
「だとしたら、相当腕がいいでござるな。敵の──」
──ドォォン!
遠方から低い破裂音が聞こえてくるとともに──
「あ」
サキガケの見上げた視線の先──
ヒュゥゥゥゥゥ……!
風を裂く音。
今度はガレイトたちの船めがけ、まっすぐに、黒く、丸い砲弾が落ちてくる。
「おわったあああああああ!!」
イケメンが悲痛な叫び声をあげながら、その場で小さく縮こまる。
──ダンッ!
砲弾が船に着弾するよりも先に、グラグラと船が揺れる。
見ると、ガレイトはその場で大きく、高く跳躍していた。
ガレイトは飛来してきた砲弾を、優しく、フワッと抱きかかえると、そのまま甲板に降り立ち、今度はその砲弾を野球のピッチャーのように、豪快なオーバースローで投げ返した。
──ちゅどぉぉおおん!!
爆発音が海鳴りのように響き、海賊船から黒煙が立ち昇る。
ものすごい速さで投げ返された砲弾は、見事、船に設置されていた砲台に当たり、敵の攻撃手段を奪った。
「え? 何? 何が起こってんの?」
イケメンは鼻水を垂らしながら、事の一部始終を傍観している。
「が、ガレイトさん……すごい……!」
近くでガレイトの活躍を見ていたブリギットは、目をキラキラと輝かせながら、小さく拍手をしていた。
「それよりも、ブリギットさんは、はやく船内へ……」
「え? でも……」
「敵がこれで撤退してくれるとは思いません。……イルザード、サキガケさん、戦闘の準備をお願いします」
「了解」
「了解でござる」
「イケメンさんは、ブリギットさんを安全な場所へ……」
「あ、アイアイサー!!」
イケメンはガレイトに敬礼をすると、ブリギットの手を引いて、すぐさま船内へと移動した。
一方、その海賊たちも、ガレイトの読み通り、撤退することなく航行し続けている。
「む!? これは……そのまま体当たりしてくるつもりか……! 二人とも、衝撃に備え──」
ドガッ……バキッ……メキメキィ……!
木造船と木造船とが激しくぶつかり合い、圧し合い、こすれ合う音。
海賊船の船首が、ガレイトたちの乗っている船の横からぶつかってくる。
海賊船は、船体に乗り上げるような形になると、そのまま停止した。
「──同胞を救え!」
「野蛮な人間どもを縛り上げろ!!」
しばらくして海賊船内から女性の声が響くと、ぞろぞろと列をなし、肌が黒く、体格のいい女性たちが船に侵入してきた。
頭には紅いバンダナを巻き、手に
そんな海賊たちに対し、ガレイトたちも行く手を阻むようにして立ちはだかった。
「……どうしますか、ガレイトさん」
「ブリギットさんもいる。極力、船を汚すな。片付けたら海へ捨てろ」
「了解」
二人のやり取りを聞いて、明らかにドン引きしているサキガケが、おずおずと声を出す。
「あのぅ、拙者はどうすれば……? 人……亜人との命のやり取りとか、皆無で……」
「サキガケさんは賊が船内に入り込まないように、見張っていてください」
「に、ニン! わかったでござる。……でも、ガレイトさんは──」
「──いかんッ、サキガケ殿! 耳を塞げ!」
「え」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
突然、野太い牛のような咆哮が船を揺らす。
ガレイトはそのまま、ドスンドスンと走っていき、単身で
──ドバチャアアアアアアアン!
弾き飛ばされた海賊船はひっくり返り、着水すると、そのままぶくぶくと海へ沈んでいった。
今の一連の流れで戦意を喪失したのか、大半の海賊たちは、ガレイト見ながら固まっている。しかし──
「──やれやれ、軽い気持ちで同胞を助けに来たが、とんだ化物がこのボロ船に乗り合わせていたようだねぇ……!」
しわがれた声とともに現れたのは、比較的身長の高く、屈強そうな海賊たちの中でも一際小さい、少女のようなエルフだった。
少女は威風堂々とした足取りで、最前線まで歩いて行くと、ガレイトを下から睨みつけた。
「あたいのツレがビビッちまってるじゃないの。……あんた、名前は?」
「俺の名はガレイト・ヴィ……マヨネーズ……」
「あ?」
少女が耳に手をあて、ガレイトへ近づける。
「ガレイト・マヨネーズだ。おまえたちはなぜ、このような事を──」
「ハッ」
少女は自嘲気味に笑うと、腰に手をあて、首を振った。
「あたいら如きに名乗る名前はないってのかい?」
「本名だが……」
「ふん、舐められたもんだねぇ。だが、面白い。見上げた根性だ。……
「サシ……? 何を言っている貴様」
「あんたとあたいで決闘して白黒つけるんだよ」
「決闘……だと?」
「そう。……この人数差だ。あたいらが一気に仕掛けたら、そっちもそれなりの被害が出るだろう? だけど、この決闘であんたが勝てば、このまま大人しく引き下がってやるよ」
「俺が負ければ……?」
「金目の物と食料と……いま船内に隠した、エルフの女の子をいただく」
「な、なにを……!?」
「隠しきれるとでも思ったのかい。あんたらがやりそうな事なんて、わかりきってるんだよ」
「何をふざけたことを……あの人は俺にとっても大事な人だ。そんな取引に応じるはずがないだろう」
「……でも、取引に応じないと、今度はあたいら全員で奪いに行くよ? とても無傷じゃすまないだろうねぇ……本当に、それでいいのかい」
「それは──」
「さあ! どうするんだい? このまま全面戦争するか、あたいとサシで決闘するか!」
「──受けて立つ」
ガレイトのその言葉を聞いた瞬間、海賊たちから一気に勝鬨が上がった。
「オイオイオイ、いくら何でもウチのお頭とサシでやるとは……」
「死ぬわ、あいつ」
「やっちまえー! お頭ァー!」
「ククク……。いい覚悟じゃないか。なら、そんな勇気あるおにいさんに、いいことを教えてやるよ」
「いいこと……?」
「あたいの名はソニア……ソニア・ロロネー。いままで沈めた船は数知れず。奇襲、謀略、騙し討ち! なんでもありの、ロロネー海賊団船長さ!!」
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