第41話 元最強騎士と竜の死体
「──ただいま戻りました」
ガレイトとグラトニー、そしてブリギットの三人が、オステリカ・オスタリカ・フランチェスカの正面扉から、ホール内へと入ってくる。
三人は各々が背負った肉を、それぞれの部位ごとにテーブルの上へと置いていった。
それを見たモニカは、目を丸くさせながらガレイトに尋ねる。
「ど、どうしたの!? この大量のお肉……! 鴨の群を全部狩ったの?」
「いえ、それが、巨大なグランティ・ダックを見つけまして……」
「巨大な? ……って、どれくらい? 大きめのカボチャくらい?」
「いえ、俺よりも大きかったです」
「へぇ、ガレイトさんよりも……ええ!? いやいや、ガレイトさんよりも大きなグランティ・ダックって……」
「本当だよ。おっきなグランティ・ダックがいたの。私も食べられかけて……」
「ちょ、ブリ!? あんた大丈夫? なんか草とか砂とか……汚くなってるよ? それに、
「うん。鴨さんに食べられかけたんだ」
「そんな平然と……でも、だから一日かかったんだ……心配してたんだよ?」
「うん、ありがとう。でも、大丈夫」
「怪我してない?」
「うん」
「気持ち悪いところとか、しんどかったり、痛かったり──」
「いや、過保護か」
グラトニーがツッコミをいれる。
「つか、そんなに心配なら、狩りに同行させんほうがよかったじゃろ」
「まあ、それはそれ、これはこれだから」
「うーむ。妾、いまいちその感覚について行けん」
そう言って、肩を竦めるグラトニー。
「……でも、本当によかった。どこも怪我してないんだね?」
「うん、ガレイトさんが守ってくれたの」
「ありがとう、ガレイトさん。ちゃんとブリを守てくれて」
「いえいえ、俺は、俺が出来る事をしたまでですので」
「でも……ブリを捕食するくらい鴨かぁ……たしかに雑食の鴨もいるけどさ……」
「食べるためかどうかはわからんが……あの大きさは、間違いなく、竜の血を受けて変異した種じゃろな」
「てことは、このお肉全部、その一羽から取れたってことなの……?」
「そうだよ、私も手伝ったの」
ブリギットがそう言うと、モニカは「えらいえらい」と言い、頭を優しく撫でた。
「はぇ~、竜の血、やっぱすごいんだね……って、ちょっと待って!?」
モニカがブリギットの両肩を掴み、じぃっと目を見る。
「な、なに? モニモニ……」
「ブリも手伝ったって事は……あんた、もしかして、肉、大丈夫になったの?」
「うん、もうバッチリお肉食べられるの」
「おぉ……! やったじゃ~ん!」
ひしっと、ブリギットを抱きしめるモニカ。
モニカはまるで自分の事のように、嬉しそうにしている。
「で、どうやって治ったの?」
「それは……」
ブリギットが言いかけて、ガレイトのほうをちらちらと見る。
昨日と同じように──とまでいかないものの、ブリギットもかなりガレイトに慣れてきたようだった。
モニカはその様子をただニコニコと笑いながら見ていたが、ブリギットの話を聞いた途端、次第にその表情を強張らせていった。
「生のお肉を見せられて気絶して、起き上がってきたところにまたお肉を見せられて、それで気絶して……」
「え?」
「だんだん慣れてきたら、今度は無理やりガレイトさんに手を掴まれて、包丁で肉を切ったの」
「わーぉぅ……」
モニカの口から、液体のようにびちゃびちゃと、水分を含んだ感嘆詞が漏れ出る。
一方、ガレイトも直立不動で、大量の汗を垂れ流していた。
モニカは半分放心状態で、ブリギットとガレイトを交互に見た。
「どうかした? モニモニ?」
「〝どうかした〟って……え? もしかして、あたしがずれてるの?」
「問題ない。ずれとるのはパパと、そこの娘っ子のほうじゃ」
優しく語り掛けるグラトニー。
「……ま、まあ、手段はともかく、ブリの中の肉の苦手イメージがなくなってよかったよ。うん」
「モニモニ、今日から私、がんばるね」
両手で握りこぶしを作り、鼻息を荒くするブリギット。
そんなブリギットに対し、モニカはもう一度、さっと優しく頭を撫でた。
「……うん、助かるよ、ブリ」
「──ところで、娘よ」
思い出したようにグラトニーが声を出すが、誰も返事をしない。
「……いや、いい加減、妾も傷つくぞ」
「いやいや、そうじゃなくて、グラトニーちゃんって、あたしのこともブリの事も、モーセの事も、〝娘〟だったり、〝小娘〟とかって呼ぶじゃん。だから、誰を呼んでるのかいまいちわかりづらくってさ」
「そうか? 妾はわかるぞ?」
「そりゃ言ってる本人なんだから当たり前じゃん。……だからさ、この際名前で呼んだら?」
「えぇ……」
グラトニーがあからさまにイヤそうな表情を浮かべる。
「逆に面倒くさいでしょ、いちいち『誰呼んだの?』って聞かれるの」
「うーん、つか、そもそも
「いや、でもあんたグラトニーって名前じゃん」
「むぅ……」
「あのさ、面倒くさいからって、適当な理由でっち上げないでくれる?」
「……っち、バレたか」
「あの、じゃあグラトニーちゃん、試しに私の事〝お姉ちゃん〟って呼んでみて」
ブリギットがそう言ってみせると──
「なんでやねん!」
故意か反射か、グラトニーは貫き手を作ると、それをビシッとブリギットの胸に当てた。
「……これまた、オーソドックスな……」
モニカがグラトニーのツッコミの鋭さに感心する。
「──お姉ちゃん」
後ろで控えていたガレイトが、グラトニーの代わりに言う。
「いや、おまえが言うんかい!」
オステリカ・オスタリカ・フランチェスカに、金髪吸血鬼の虚しいツッコミがこだまする。
「……それで、グラトニーちゃんは結局何が訊きたかったの?」
これ以上放っておくと収集が付かなくなると思ったのか、モニカが素早く全員を本題へと引きずり込む。
「おお、そうじゃった。パパの元部下という変態について訊きたかったんじゃ」
「変態、変態……ああ、イルザードさん? イルザードさんがどうかした?」
「いや、おらんじゃろ。今、ここに」
「ふむ、そういえば……モニカさん、イルザードのやつはもう帰ったのですか?」
「ううん? ……朝、お店に来た時、『ガレイトさんは?』って開口一番聞かれたの。なんかこの街からガレイトさんの匂いがしないって」
「に、におい……?」
グラトニーが首を傾げる。
「だから、まだガレイトさんは帰って来てないよって言ったら、探しに行くって」
「なるほど。そうでしたか」
「ごめんガレイトさん、やっぱり、止めたほうがよかった?」
「いえ、あいつならたぶん、飽きたら帰ってくると思います」
「……そ、そうなの?」
「はい。……ですので、あいつが帰ってきたら、また出かけてくると伝えておいてくれますか? それと、すぐに帰るとも」
ガレイトはそう言うと、グラトニーと一緒に店から出ていこうとした。
「あれ、二人ともどっか行くの?」
「はい。帰り道でグラトニーさんと話している折、すこし気になったことがありまして……」
「気になったこと?」
「パパが狩ったという竜じゃよ」
「それがどう気になるの?」
「ほれ、今回、竜の血の影響を受けた鴨を狩ったじゃろ? どのようにその成分を摂取したかはわからんが、鴨ごときがあそこまで大きくなったということは、それを妾が食せば、復活も早まるということ」
「うん」
「じゃから、そこへ行って、まだ残っておるかどうか見に行くんじゃよ」
「いや、でも、ガレイトさんが倒したのってかなり前だよね? もう何も残ってないんじゃ……」
「それを確かめに行くのじゃ。ひょっとすると、その周りの魔物や動物たちも、それを喰って変異してるかもしれんしの」
「なるほどね」
「それに、まあ、パパから聞く限りじゃと、そこまで遠い所ではないと言っておったし」
「あ、そうなんだ?」
「はい、ですので、なるべくすぐ帰るようにします。イルザードのやつにも、いちおうその旨をお伝えていただければ……」
「……ん、了解。ちゃんと伝えとく。気を付けてね、ふたりとも」
「はい、いってきます」
「おう、行ってくるぞ」
ガレイトとグラトニーがそう返事をすると、二人はそのままレストランを出ていった。
モニカはそれを見送ると、パン、と手を叩き、ブリギットと向かい合う。
「さて、じゃああたしらは、皆が帰ってくるまでに、この鴨肉をどう処理するか考えないと!」
「あ……! グランティ・ダックフェア……だね……!」
「また忙しくなるよ、ブリ」
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