第42話 元最強騎士と吸血鬼と下ネタと私。時々忍者


「──む? あれは……!」



 グランティ市街地から歩いてすぐの山中。

 そこに、ガレイトを探しに来ていたイルザードがいた。

 イルザードは草むらの中を探していたのか、そこからガサリと顔だけ出して、ある一点を注視した。

 その驚異的な聴覚、視力の矛先はやはり、ひとりの男に向けられていた。

 ガレイトである。

 距離にしておよそ二百メートル程。

 数十メートル先さえ目視するのが難しい山中にて、彼女のガレイトレーダー・・・・・・・・の精度は今日も上々であった。



「ガレイトさん! おー……い?」



 ガレイトを発見して嬉しくなったイルザードは、大きく手を振って自信を誇示しようとしたが、その隣にいたグラトニーを見て、さらにその周囲を注意深く観察した。



「……ブリギット殿が……いない?」



 イルザードはそう呟くや否や、改めて探索範囲を拡大して、ぐるぐると辺りを見回した。が──



「いない……一緒に行動していたはずだが、なぜだ?」



 自分自身で考えても埒が明かないと考えたのか、イルザードはガレイトたちと合流すべく、足早に近づいて行った。



『……しっかし、本当にこんなところに死体があるのか?』



 ピタ。

 ガレイトとグラトニーの話を断片的に聞いたイルザードが、足を止める。



「……死体?」


『俺も詳しく覚えていません。ですが、殺した後は埋めていなかったので、見つけるのはそこまで難しくはないと思いますよ』


「殺したとか、埋めたとか……なんだ? なぜそんな物騒な話を……もしかして、ブリギット殿がいないのと、何か関係が──」


『じゃが、マジで斬り殺したんか?』


「斬り殺す!?」



 口から出かかった声を、手で無理やり押さえるイルザード。



『はい、斬り殺しました。この手で確実に。実際、そのあと焼いて食べましたし』


「や、焼いて……食べ……!?」


『そして、その後グラトニーさんが血を飲んだのでしょう?』


「あの幼女……まさか、血を……? たしかに、エルフの血肉には様々な効果があると言われているが、それはおとぎ話であって、推測の域を出ない。なぜガレイトさんはあそこまで……?」



 イルザードの表情が次第に険しくなっていく。



『まあの。そのお陰で、ここまで元通りになれたわけじゃし。……じゃが、さすがに躊躇なく斬り捨てるのはどうなんじゃ。妾もさすがに、そこまではせんよ』


『いえ、簡単に聞こえたのかもしれませんが、俺がやらなければ、間違いなく逆にやられていました』


「ブリギット殿と、命のやりとり……? ということは、ガレイトさんも仕方なくブリギット殿を……ではなぜ、殺した後ブリギット殿の血肉を……?」


『ま、たしかにパパの言う通り、相手が相手じゃからの。手加減できるような敵ではなかったのじゃろうな』


『ええ』


「……見た目からではわからなかったが、ブリギット殿は相当な実力者だったというわけか……」


『なんじゃ、パパよ。なにか言いたそうじゃな』


『……はい、ですが、本音はやはり、あの肉そのものが希少なので、すこし味見したかった……というのもあったのかもしれませんね』



 そう言って、照れくさそうに頭を掻くガレイト。



「あ、味見……!? それだけの為だけに……? ガレイトさん……あなたという人は……」


『んもぅ~、パパってばいやしんぼさんなんじゃから~』



 ちょんちょん。

 グラトニーがガレイトの腹を、人差し指でつつく。



『いやしんぼといえば、グラトニーさんだって、昨晩はあんなにブリギットさんの(鍋)を食べてたじゃないか。おあいこですよ』


『やだもぉ~、直前にそれで妾を動けなくしたのはどこのどいつ~?』



 がしがし。

 グラトニーが、今度はガレイトの腹をグーで殴る。

 あはははは……。

 うふふふふ……。

 こうして、ガレイトとグラトニーは終始、妙なテンションのまま、談笑をしながら先へと進んだ。

 一方、イルザードは戦々恐々としながら、二人の後をついていく。



「なんだこのノリは……」



 イルザード、人生初のツッコミが、人知れず木の幹へ吸い込まれていった。





『──おお、これかぁ!』



 ガレイトとグラトニーが足を止める。

 そこには、燃焼して炭化した草木や、黒く灼け焦げた地面、そしてガレイトが頭部を両断した竜の白骨化した・・・・・死骸が残っていた。

 グラトニーは落胆した表情になると、とぼとぼと、その遺骸に近づいていった。

 それを見たガレイトも、グラトニーの後に続いていく。



『無駄足、じゃったのかもな』


「無駄足……?」



 木陰からイルザードがひとり呟くが──

 


「二人は一体何を……? あの幼女、ガレイトさんの前で跪いて、何をしているんだ?」


『ほれ、見てみぃ。(骨が乾いて)カッチカチじゃ。真っ白になっておる』


「か、カチカチ……!? 真っ白!?」


『こんなのでは、満足に食すことも出来なかろう……』


「しょ、食す!? ガレイトさん、あなたは幼女に何を……!?」


『そうですね。さすがに、ここまで(時間が)経つ・・と……』


「た……ッ……ハ……ッ!?」



 驚いているのか興奮しているのか、過呼吸になるイルザード。



「ええ!? 立ってるの!? ガレイトさん、あなたの性癖はもうそんなところまで……!」


『で、どうするんじゃ? このままにしておくか?』


『いや、さすがにこのまま放置するのは……いえ、ちょっと待ってください』


『なんじゃ』


『そういえば、聞いたことがあります。こうなってしまっても、これにはまだ使い道はあると』


「どうなってるの!? 見えない!!」



 大声なのか小声なのかわからない奇声で叫ぶイルザード。



『はあ? こうなってしまった物に、使い道なんてあるはずもなかろう』


「だから、どうなってるの! ガレイトさんのそれは!?」


『いえ、ですが、一度これを使った物を、俺も食べたことがあるんです』


「エッ!? どっちもいけるの!?」


『いや、そうは言うてもじゃな……一体どうせいと言うんじゃ。犬のようにしゃぶれとでも言うつもりか?』



 話を聞いていたイルザードが目を見開く。



「しゃ、しゃぶ……!? ま、まさか! これまでの食べるとか、そういうのは布石で、幼女にしゃぶらせるのが真の目的……!? さ、策士……! 恐るべし……! いや、それよりも問題なのは、ガレイトさんが明らかにロリ〇ンだということ……! これは……どう対策すれば……!」


『いえ、違います。俺がきちんとグラトニーさんの口に合うようにするのです』


「く、口に合う……!? ちょっと待った、雲行きがおかしく……」


『待て、パパよ。よもや、自ら料理をする、とか言うのではなかろうな』


『ええ、勿論そのつもりですが……たしか限界まで煮込めばいい感じに……』


「はぁ……! はぁ……! はぁ……!」



 イルザードは興奮のあまり、紅潮した顔を下に向け、大きく肺で呼吸をし始めた。



「……ま、まさに原点回帰……! さすがはガレイトさん。あなたはどうしても、自身のナニを幼女に……うっ!?」


『待て待て! 昨日の(鍋)を忘れたのか!? 忘れたとは言わせんぞ!?』


「き、昨日の……? まさか、もう予行演習は済んでいるというのか……!?」


『妾の体の自由を奪ってから、さらにあんな辱めまで受けさせおって……恥を知れ、恥を!』


「自由を奪って辱め……き、緊縛……!? 緊縛からの……流し込み……おああああああああああああああ……!?」



 たまらず天を仰ぐイルザード。



『ですが、グラトニーさんは俺の試食係ですよね……? 多少の事は我慢していただかないと……』


「し、試食係!? これは……なんというかもう……結婚とか、そういうのより遥かに進んでないか……!? いや、もう進み過ぎて猟奇的な感じなっているが……ヨシ!」



 片足を上げて、遠くから二人を指さすイルザード。



「しかし、しかしだ。なんという事だ……! ガレイトさん……あなたという人は……! 幼女相手にも容赦しないなんて……なんて……男らしいんですか……!」


『我慢も何も、死ぬところじゃったじゃろ! あほか!』


「し、死ぬほど激しいプレイ……ッ!」



 体力がなくなって来たのか、リアクションが薄れてくるイルザード。



『ですが、死にませんでしたよね?』


『それは妾が不死身じゃからじゃろうが! 常人なら死んどるぞ!!』


「常人が死ぬほど……は、はげしい……」


『ですが……』


『もういい! どうしても妾にこれを喰わせようとするのなら、妾が直接これを喰らう!』



 グラトニーはそう言って、落ちていた竜の骨を拾い上げた。



『いや、食べるって言っても、たぶんグラトニーさんでは固くて噛み切れませんよ……』


「か、噛みきる……!? 生!? 調理は!? 煮込まないの!?」



 若干体力を取り戻してきつつあるイルザード。



『だ、だれがこのままボリボリいくか! さっきパパが言ったじゃろ。しゃぶるんじゃ』


『ああ、なるほど』


「な、なんだ……噛み切るわけじゃないんだ……って、本当に今からやるつもり──」


『あー……あー……んんー……』



 グラトニーは口を開けてなんとか竜の骨を口に入れようとするが、骨が大きすぎて咥えることが出来ない。



『むぅ……しかし、なんというか、これは……なかなか大きいの……』


「ゴクリ……大きい……やっぱり、大きいんだ……」


『はい。元々がかなりのサイズでしたので。……とりあえず口に含むのではなく、舐めてみればどうですか?』


「が、ガレイトさん!? やはり、あなたって人は……!」


『おお、たしかに。……なんで咥えようとしたんじゃ、妾』



 グラトニーはそう言うと、まるでアイスクリームのように、竜の骨を舌先でちろちろと舐め始めた。



『どうですか? 美味しいですか?』


『いや、なんか、美味しい不味い以前に、よく考えたら汚くないか、これ』


『ですから、俺が料理しようと……』


「ああ、もう駄目だ。我慢できない……」



 イルザードはふらふらと木陰から出ると、ダッシュで二人のほうへと向かって行った。



『じゃから、パパの料理は絶対嫌──』


「──私も混ぜてください!」

「──もう止めてぇや!」



 もはや危ない顔になっているイルザード……ともうひとり。

 忍び装束を着た、黒ずくめの人間が飛び出した。

 あまりにも突然の事に、その場にいる三人全員が一斉に固まるが、その者だけは、小さく嗚咽を漏らしたままであった。



「イルザード……!? ……と、どなた……ですか……?」



 やがて落ち着いてきたのか、ガレイトが問う。



「し、しのび……にんじゃ……」


「シノビニンジャア……」



 その者以外の三人が、口を揃えて復唱する。

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