第35話 元最強騎士の元部下の記憶
◆
「──おい、起きろイルザード」
時は遡り、場所も変わり、ここはヴィルヘルム帝国。
ヴィルヘルム・ナイツ訓練場横に併設されてある、特別救護室。
ベッドのシーツやカーテン、薬棚、備え付けの四脚の椅子がすべて白色で統一された、殺風景な部屋。
そこのベッドの上に横たわっていたイルザードに、ガレイトが声をかけた。
そのガレイトはいつものエプロン姿ではなく、頭部以外を覆う
ガレイトの声を聴いたイルザードは、ぼんやりと目を開けると、かけてあった布団を慌てて引きはがした。
イルザードもワンピースではなく、鎧の下に着こむような、体の線が出るほどの黒いインナーを着ていた。
「……が、ガレイトさ──ッ!?」
肘をつき、上体を起こそうとして、ボフッと頭から枕に落ちる。
「ふむ……まだ起き上がるのは厳しいか」
「い、いえ……このくらい……」
グググ……と、何とかして体を起こそうとするイルザードの額に、ガレイトが優しく手を置く。
「もう寝ておけ」
「す、すみません……」
イルザードはそれ以上何も言わず、ガレイトの言う通り、静かにベッドの上に横たわった。
それを確認したガレイトは、近くに置いてあった椅子をベッドの隣まで持って来、そこにどっしりと腰を下ろす。
「しかし、珍しいな、おまえが俺に稽古をつけてほしいなど」
「……そうでしょうか」
「
「冗談はやめてください。あいつみたいに、殺す気で斬りかかっていません」
「そうだな。だが、いつもより気迫が段違いだった。……理由を訊いていいか」
「ガレイトさんが団を辞するので、その前に技術を盗めるところは盗んでおかねばなと」
「フム、なるほど」
訊きたいことを訊き終えたのか、ガレイトはゆっくりと立ち上がる。
「では、
ガレイトはそれだけを言い残すと、ゆっくりと立ち上がり、救護室から去ろうとした。
「本音は──」
イルザードが静かに、それでいてしっかりとガレイトにも届くような声を上げる。
「本音は、ガレイトさんをボコボコにして、足腰を立たなくさせるつもりでした」
「どうやら、逆になってしまったようだな」
ガレイトが振り返りながら、表情を変えることなく、イルザードに言う。
「……辞めるのを止めませんか、ガレイトさん」
「なぜだ」
「未だ兵にも、民草にも、あなたが団長を退く事に動揺している者がいます。このままでは、ヴィルヘルム・ナイツの士気にも関わってきます。ですから、今からでも遅くは……」
「悪いが、もう決めた事だ」
「しかし……」
「俺がいなくなったとしても、この国は負けん。おまえたち部下が、その層の厚さが証明しただろう。先の戦争では、俺はただ森で腹を下していただけなのに勝利した」
「それは、敵がガレイトさんに戦力を割いたからであって……」
「同じだ。むしろ、
「だとしても……」
「だからこそだ。俺のように剣を振るうしか能の無い輩は、これより先の天下泰平の世を生きる資格などない。時代が変わってきているのだ。俺もまた、変わらねばなるまい」
「……それで、料理人ですか?」
「ああ」
「面白い皮肉ですね」
「フ……、だろう?」
ここでガレイトが初めて微笑む。
「生を受けてから今日まで、他者を破壊する事しか考えてこなかった人間が、今度は他者を生かそうというのだ。皮肉もここまでくると、ただの悪い冗談だろうな」
「だったら……」
「だが、俺はいままでになく、これから起こることに高揚している。俺自身、俺という人間が、この道の先をどのように進み、どのような景色を見るか、見届けたいのだ」
その目には、もはや眼前のイルザードなど映っておらず、まるで、好奇心旺盛な子供のようにキラキラとしていた。
それを見ていたイルザードは、口惜しそうに唇をキュッと噛んだ。
「そこには……あなたの隣には、私の席はあるのでしょうか? 私も、あなたの近くで、あなたと一緒に、その光景を見ることは?」
「イルザード……」
「私も連れてってくれませんか。私を
「……イルザード、そんなにおまえは──」
ガレイトは感動したような顔で、イルザードの隣まで歩いていく。
「が、ガレイトさん……」
イルザードも照れくさいのか、ガレイトと目が合うと、ふいっと視線を逸らした。
「そんなにおまえは──俺の料理が食べたいのか!」
「……え?」
「わかったわかった。この前作った玉子焼きでは物足りないというのだな」
「た、たま……? あの黒いの、卵焼きだったんですか? 炭の味しか……」
「わかるか」
「わかりませんけど」
「以前、〝炭火焼〟という肉料理をダグザさんに食わせてもらってな。その時の炭の香りが、これまたたまらんものでな。調味料ではなく、調理が違うだけでこうも味が変わるなんて……料理も奥が深いなと思ったものだ。……したがって、前回のは趣向を凝らし、卵がグズグズになるまでしっかりと焼いたのだ。しかも炭火でな」
「い、いえ、そんなビックリドッキリサイエンスとかではなく、私もその料理の修行に連れてってくださいと──」
「わかっている。皆まで言うな。俺が団を抜け、やがてダグザさんのような一流の料理人になった暁には、いの一番におまえに俺の作った飯を食わせてやる」
「あの、ですから、私が言っているのは……え、本当ですか?」
イルザードがバッとガレイトを振り返り、再び二人の視線がぶつかった。
「約束だ」
「……わかりました」
イルザードが口先を尖らせながら言う。
「なら、その時が来るまでしっかりと修業をしておいてください。それで、その時になったら、たとえガレイトさんがどこへ行こうとも、私が迎えに行ってあげますので」
「ああ、まかせろ──」
◆
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます