第38話 元最強騎士と軍艦鳥


「どうですか、グラトニーさん!」


「まだまだじゃ。全然降りてくる気配はない」



 ザ──ザ──ザ──

 背の高い草をかき分け、木をすり抜け、崖を飛び越え、風のように山中を駆けるガレイト。

 上空には依然、気絶したブリギットを咥えた巨鳥と、グランティ・ダックの群れが悠々と飛んでいる。

 そして、そんなガレイトの肩には、肩車の要領でちょこんと座っているグラトニーが、逐一ガレイトにその状況を報告していた。



「ったく、あの鴨、どこまで飛んでいくつもりじゃ」


「すでに、かなりの距離を飛んでいますね……」


「そのかなりの距離を、鴨と並走・・しておるというのに、全く息を切らしとらんパパはバケモノか何かか?」


「化物はあの鳥です。……まさか、あんな巨大な鳥がこの付近にいたなんて……」


「羽毛の色からして、まず間違いなくグランティ・ダックじゃろうな。他のグランティ・ダックよりも何十倍もデカいが……」


「何を食ったらあそこまで大きくなるのでしょうか」


「いやいや、食生活どうのこうのとかいう問題じゃなかろう! あれはどう考えても突然変異種じゃ!」


「……なるほど」


「まぁ大方、妾と同じで、パパの倒した竜の影響なんじゃろ」


「竜……?」



 ガレイトは咄嗟に、とぼけてみせるが──



「ふ、とぼけんでもよい」


「とぼけては……」


「妾はそれなりに耳がいいからの。じゃから、おぬしらの会話も基本聞こえとるんじゃよ。……聞こえとるうえで、普段は聞こえないふりをしとるだけじゃ」



 グラトニーは意地の悪い笑みを浮かべると、ぽんぽんとガレイトの頭を撫でるように叩いた。



「……グラトニーさんもが悪い」


「ふふ、パパたちの茶番にも付きおうとるんじゃから、むしろはええほうじゃろ」


「とにかく、俺の殺したあの竜の血が影響している……ということですね?」


「仮定じゃが、あそこまで巨大化しとるとなると、もはやその可能性が一番大きい。それに、パパがその竜を仕留めたのは、グランティ周辺なんじゃろ?」


「はい……」


「なら、あのモーセとかいう小娘が言うておった〝生態系への影響〟というのもまた、関係してくるじゃろうな」


「竜の血……まさか、それほどまでとは……」


「しかし、竜の血がもたらすのは必ずしも良い事だけではない」


「……というと?」


「竜の血の効果は絶大じゃが、それにより生じる摩擦もまた、苦痛という熱を帯びて、あの鴨を苦しませておる」


「つまり?」


「……急激な体の変化に、あの鴨の体も悲鳴を上げとるのじゃ」


「なるほど」


「うむ。あの鴨、怒りと戸惑い、そして苦しみに苛まれておる」


「……わかるのですか? 動物の言葉が?」


「いや、わからんが」


「え?」


「何を言うておるかなんて、理解できるわけなかろう。あやつらに言語を操るような脳みそなどある筈もない」


「ですが……」


「じゃが、あやつらにも感情はある。嬉しい、ムカつく、哀しい、楽しい……言語化は出来ずとも、通じ合うことはできるのじゃ」


「な、なるほど……」


「じゃから、あの鴨の場合は、『急に体が大きくなってびっくりしたグワ。体の節々も痛いし、なんか適当に視界に入った人間に当たり散らしてやるグワ』……といった感じじゃろうな」


「………………」



 ガレイトは急に押し黙ってしまった。



「いや、なんか言わんかい。恥ずかしくなってくるじゃろ」


「……ああ、すみません。別の事を考えていました……」


「あのな……そのうち泣くぞ、妾」


「俺の何気ない行動によって、あの鴨を苦しませ、ブリギットさんにも迷惑をかけているんだな……と考えると、不甲斐なくて……」


「まじめじゃな」


「──せめて苦しませずに、一撃で仕留めてやろうという気持ちになります」


「リアリストじゃな」



 ◇



「見つけました。巨大なグランティ・ダックです」


「……いや、報告せんでも見りゃわかるが」



 グランティ・ダックの群れは、元々ガレイトたちがいたグランティ湖から飛び立つと、しばらく列をなして飛んだあと、また別の湖へと降り立っていた。

 グラトニーが『見りゃわかる』と言った通り、そこには数羽のグランティ・ダックと、ひときわ大きなグランティ・ダックが、何事もなかったように湖の上をプカプカと漂っていた。



「つか、あの図体で水に浮くんじゃな。翼をたたんでる状態でも、パパより大きくない?」


「……聞いたことがあります」


「なんじゃいきなり」


「鴨に限らず、水鳥の羽には油のような成分があって、それが水と反発しあって、浮いているのだと」


「なるほどの。でも、あそこまで大きくなると、水とか油とか意味ないんじゃない?」


「そこは、まぁ、水面下でバタバタと足をバタつかせているのでしょうね」


「水面は波も立たず、澄んでおるが……」


「……そんなことよりも、ブリギットさんを探しましょう」


「パパさぁ……」



 ガレイトは呆れ顔のグラトニーを肩からそっと降ろすと、鳥たちには気づかれないよう、姿勢を低くして歩き始めた。



「どこへ行くつもりじゃ?」


「とりあえず、彼らの巣へ」


「巣……? ここにあるのか?」


「わかりません。ですが、着水時まで咥えていたブリギットさんの姿が今はない……となると、巣に安置されている可能性が高いのでは、と」


「それかもしくは、着水時の衝撃で湖の底か……じゃな」


「縁起でもないことを言わないでください」


「すまんすまん。ちなみに、鴨どもの巣がどこら辺にあるのか知っとるのか?」


「……湖畔の、外敵から隠れられるような場所にあるときました」


「ふむ……わかった。では、妾もパパと手分けして小娘を……」


「見つかりましたー!」


「早いな!?」



 すでに水辺まで移動していたガレイトが、グラトニーに向けて大きく手を振っている。

 そして、その足元には、鳥の唾液にまみれたブリギットが、白目を剥きながら気絶していた。



「……って、馬鹿者! 鴨に気づかれたぞ!」


『ブォォォオオオオオオ……!!』



 ザバザバザバ……!

 ガレイトに気づいた巨大なグランティ・ダックが、ものすごい勢いで接近していく。

 津波のような巨大な航跡波こうせきはを立て、水鳥特有の低い鳴き声を上げながら進む姿はまさに軍艦。

 それに対し、ブリギットを守るように立ち塞がったガレイトは、懐に忍ばせていた包丁を取り出すと、柄を両手で持ち、そのまま天高く掲げた。

 太陽の光を受け、ギラリと光を反射する包丁。


 斬──


 ガレイトが一息に包丁を振り下ろすと、その刹那、空間が歪み、湖が縦に割れた。

 軍艦・・は勢いそのままに直進すると、やがてガレイトたちに差し掛かったところで、その体が二又・・に分かれ、そのまま絶命した。

 ザパァン……!

 水面が割れて、湖の底の土が露出した部分に、再び大量の水が流れ込み、大きな波が立つ。

 遥か後方で控えていたグラトニーは、その光景をただ茫然と見送っていた。



「なんじゃ、あの化物」

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