第37話 元最強騎士とグランティ・ダック
「見つけました……! 赤と白の毛が混ざった、鴨……グランティ・ダックです……!」
まるで鏡のように上空の景色を水面に投影している、グランティ湖。
その湖畔のある茂みの中。
双眼鏡を持ったガレイトが、沸き起こる興奮を抑えるように声を絞った。
その視線の先には、特徴的な羽毛を持った鴨の群れが、悠々と水上を漂っている。
「……グラトニーさん、あの鴨がグランティ・ダックでよかったんですよね?」
「いや、知らん。妾に訊くな」
ガレイトに尋ねられると、心底面倒くさそうな顔でグラトニーが返事をした。
「え? でも、
「じゃの」
「……なら──」
「いや、この問答したじゃろ! 昨日! なに繰り返しとんじゃ! 鶏か、パパの頭は!?」
「そういえば、そうでしたね」
「あっ! その反応ムカつく!」
「え?」
「『でしょうね』みたいな。『やっぱ知らないですよね、知ってます』みたいな! じゃあなんで訊いたん!?」
「い、いえ、そんなつもりは……」
「そもそも、なんで妾がまたこっちの組なんじゃ」
「それはモニカさんの指示で……」
「妾も楽しく野草摘みしたかった」
「昨日と同じのほうがわかりやすいですし、いまさら変えることでもないと思ったのでは……」
「まあ、昨夜はわかる。夜じゃったからの。でも今、昼じゃし。視界良好じゃし。妾いらんくね?」
「……たしかに」
「いやいや、そこは否定してよ。なんとかして妾の使えそうなところ探してよ」
「すみません。とくに思いつきません」
「探さんのかい。もうええわ。……ていうか、妾に訊くよりもパパのほうが詳しいのではないか?」
「俺ですか?」
「うむ。なんか、訊いてたじゃろ? 鴨について色々と」
「いえ、俺はその……生息地だけ……」
「つっかえんのぅ~! そんなんで本当に鴨狩り出来るのか?」
「……あ、あの、ガレイトさん……!」
ブリギットは手で顔を覆いながら、ガレイトとはなるべく視線を合わせないように、ガレイトに話しかけた。
「なんでしょう、ブリギットさん?」
「あの、その、私……本当に、狩らないとダメ……なんでしょうか?」
「……そうですね。モニカさんも言っていましたが、料理人として、なるべくそういった苦手意識は潰したほうがいいと」
「うぅ……モニモニには私から、あの、上手に言い訳しておくので、なかったことには……」
「プ」
それ聞いていたグラトニーが、たまらず吹き出す。
「な、なに? グラトニーちゃん?」
「おいおい、おぬしが
「で、できるもん……!」
グラトニーに茶化すように言われ、頬を膨らませるブリギット。
「なら、どう言い訳するつもりじゃ? 妾が聞いてやるから、今、この場で言うてみい」
「そ、それは……」
「ほりゃ、どうした?」
ブリギットはそれ以上何も言うことなく、俯いてしまう。
それを見ていたガレイトは、ため息をつくと、会話を遮った。
「グラトニーさん、その辺にしておいてください。ブリギットさんが困ってしまっているではありませんか」
「いや、言い出したのは小娘じゃろ……」
「……ブリギットさん、じつはモニカさんのこの提案ですが、俺もそれに賛成しているんです」
「え?」
「ダグザさんもおっしゃっていました。食べる事とは生きる事だと。俺たちが生きていく上で〝肉〟は必須。他者を殺さなければ生きていけ──」
「あ、あの……ガレイトさん……」
自分の話を遮られるとは思っていなかったのか、すこし驚いた顔でブリギットを見るガレイト。
「はい、なんでしょうかブリギットさん」
「す、すみません、私、おじいちゃんから何度もその話は聞いていて……」
「あ、そですか……」
肩を落としてシュンとなるガレイト。
「『わしたちが生きていく上で、そういうのは避けて通れない。だから食材は綺麗に、余すところなく使い切るのが礼儀なんだぞ』と」
「ええ、たしかに……ダグザさんはそう言っておられました」
「あ、頭ではわかってるんです。でも、やっぱり、なんというか……いざ、お肉を、動物の死骸を目の当たりにしてしまうと、あの、元気に厨房を駆けずり回る鳥の姿が……ぅぷ」
ブリギットはそう言うや否や、青い顔になり、口を押えると、湖のすぐ淵まで走っていき、胃の中のものを盛大に戻した。
「……重症じゃの、あれ」
「一筋縄ではいきませんね……」
「どうするんじゃ? せっかく連れてきたのに、肝心の小娘があんなんじゃと、妾たちはなんもできんぞ」
「そうですね。……とりあえず、鴨は俺が捕まえます。必要ですので」
「なんじゃい。もう諦めるのか」
「いいえ、あくまで今日の所はです。ああいうトラウマは下手につついても逆に悪化するだけですので、今後の事については、モニカさんと相談しながら慎重に行っていくつもりです……が──」
「
「そうですね……やはりここは、数をこなすくらいしかないでしょうね」
「いやいや、鬼か。……妾が言うのもなんじゃけど」
「さっきも言いましたが、俺自身、ブリギットさんには、そういった苦手意識を克服してほしいのです」
「なぜじゃ?」
「ブリギットさんは間違いなく、料理の天才ですので」
「天才……やはり、そのダグザとやらの血を継いでるからか?」
「はい。それもありますが……俺自身、こう見えて、色々な国を渡り歩いて、色々な料理を食べて、腹を下していますからね」
「最後のは自慢にならんの」
「そんな俺の腹を、これまでブリギットさんの料理は一度も下させていないんです。満足に食材が手に入らないにもかかわらず」
「……何を言っとるんじゃ、パパよ」
「つまり、〝肉〟という武器さえ手にしてしまえば、ブリギットさんはまさに無敵……自分から調理の幅を狭めてしまっては勿体ないと思っているのです。俺としても是非、ブリギットさんには、トラウマを払拭してほしい」
「なるほど。……それにしても、あの小娘が天才ねぇ。そうは見えんが……ぬ?」
グラトニーが言いかけて、キョロキョロと辺りを見回す。
「どうしました?」
「いや、さっきまで湖にゲロってた小娘がいなくなっとるんじゃが……」
「……ええ!?」
ガレイトが驚きの声を上げる。
グラトニーの言う通り、さきほどまで苦しそうにうずくまっていたブリギットの姿は、そこにはなかった。
「もしかして──」
ガレイトは一目散に、さきほどまでブリギットのいたところまで走っていくと、湖の中を見た。
「どうやら、足を滑らせて、湖へ落ちたわけじゃなさそうじゃの」
ガレイトの隣までやってきていたグラトニーが言う。
「だとしたら、ブリギットさんはどこへ……?」
「ふむ。このような短時間で、音も気配もなしに姿を消すというのは考えにくいの」
「では……一体なにが……」
大きな雲が太陽に差し掛かったのか、ほんの一瞬だけ、辺りが暗くなる。
「──お、おい……パパよ……」
何か見つけたのか、ひきつった顔でグラトニーがガレイトの肩を叩く。
「どうかしましたか?」
「あ、あれ……! あれ……!!」
尋常ではない雰囲気で、グラトニーが何度も上空を指さす。
「ま、まさか……あれも、グランティ・ダックなのか……!?」
ガレイトとグラトニーの視線の先──二人のはるか上空には、列をなして飛んでいるグランティ・ダックの群れと、ひときわ巨大なグランティ・ダックと同じような、紅白模様の巨鳥が、気絶しているブリギットを咥え、飛んでいた。
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