第34話 元最強騎士の受難
ビストロ・バラムンディ本店。
金や銀、赤や白。
絢爛豪華で装飾過多な、ともすれば
レンチンは、その部屋にある一番上等な椅子でふんぞり返っており、突然のモニカの登場に驚きはせず、蛇のような視線を向けていた。
「──レンチン!」
「おやおや、モニカさんではありませんか。いかがなさいましたか?」
「とぼけないで。さっきのあの二人組、あんたの仕業なんだろ!?」
「……二人組? 三人じゃなくて……?」
「二人組だよ!」
「……いや、本当に何の事かわからんのだがね……」
「ギルド所属のガザボトリオ!」
「ああ……いや、なぜ一人減ってるんだね……」
ブツブツとモニカには聞こえない声量で独り言を言うレンチン。
「……それで? そいつらがどうかしたのかね?」
「だからとぼけないで! そいつらが、あたしたちの店に来たんだよ!」
モニカの話を聞いたレンチンは手で顔を覆うと、こらえるような笑い声をあげた。
「それはそれは。とんだ災難でしたね……これでもう、オステリカ・オスタリカ・フランチェスカは再起不能……あなたたちが手放す前に、勝手に潰れてしまったということですか……まったく、こういうことになるのなら、最初からワタクシの金を有難く受け取っていれば──」
「あんた、なに言ってんの? あたしは、今回は
「被害が……ない?」
レンチンが身を乗り出して尋ねる。
「え? うん。その二人は、うちの従業員の……知り合いがやっつけたよ」
「……はあ?! やっつけたあ!?」
レンチンが驚きのあまり、座っていた椅子から跳ね起きる。
「ああ、うん。一瞬で」
「一瞬で!?」
「あたしも……たぶんあの二人も何やられたか、わかってなかったんじゃないかな」
「だけど、あの三人……いや、二人組? ……ええい、どっちでもいい! あの三人組は最近ギルドのほうで名が売れてる、実力派のパーティだぞ!?」
「……へぇ、やっぱり。あんた、さっきからやけに詳しいじゃないか」
「う!?」
「これで確信したよ」
「……こほん、たまたまワタクシもその名を耳にしていただけだ」
「いや、さすがに苦しいでしょ、それ」
「……それで?」
「はあ?」
「その知り合いが、その二人組をやっつけて、どうしたというのかね? モニカくんがここにいるのと、何か関係でもあるのかね?」
「あのね、もう、こういうのは止めろって言ってんの」
「こういうの、とは?」
「しつこいな! 今回はたまたまブリがいなかったからよかったものの……あんただって、あの子がああいうのは苦手だってわかってるだろ?」
「……だが、あの、新しく入ってきた従業員……名前、なんて言ったかね? ガントレイだったか?」
「ガ・レ・イ・ト・さん!」
「あれも相当大型な男だが……? それについてはいいのかね?」
「あの人はいいんだよ。優しい人だからね。それに、最近はブリもガレイトさんに慣れてきたし……そんなときに、またトラウマこじ開けらたら、たまったもんじゃない!」
「……それで?」
「は?」
「ワタクシになにか用でもあるのか、と聞いているんだがね?」
「この期に及んで……!」
「悪いが、ワタクシも暇ではない。弱小レストランの一アルバイトごときに時間を割くのも惜しいのだよ。さっさと出て行ってくれたまえ」
「……こっちこそ、出るとこ出たっていいんだよ?」
モニカがそう言うと、レンチンはフン、と鼻を鳴らした。
「やってみるがいい。証拠なんてどこにもない。ギルドを通していないし、交わした書面も、契約内容も公のものではないのだからね」
「く、そこまで……!」
「……ただ、ひとつ忠告しておこう」
「この期に及んで……!」
「仮に。もしもの話だよ、モニカくん。このまま、モニカくんたちがあのレストランを手放さないということであれば、今度はブリギットくんがいる時に、また違う脅威が迫るかもしれない……ということだけ付け加えておこう」
「あ、あんたってやつは……!!」
モニカがレンチンの胸ぐらをつかんで引っ張り上げる。
「おや、いいのかい? 暴力なんて? こんなところでワタクシを殴れば、それこそ出る所に出ないといけない事になるが……? そうなってくると、あのくだらないレストランも、いよいよ終わってしまうんだがね?」
「く……っ!」
「それに、モニカくんのご両親も、さぞガッカリなさるだろうねぇ……」
「な、なんでそれを……!?」
モニカが尋ねると、レンチンは意味ありげな、うすら寒い笑みを浮かべてみせた。
「さあ。……ただ、長年こういう仕事をやっていると、耳に入ってくる噂も多くなってくるのだよ」
「仕事って……あんた、レストラン経営だけじゃ……」
「たとえば、名家の娘さんが親に内緒で、慈善事業紛いのくだらないことをやっている、とか──」
──バゴォン!!
モニカとレンチンのいる事務室の扉が吹き飛ぶ。
そこから現れたのは、イルザードとガレイトだった。
「だ、誰だね!? おまえたち──」
「やや!? なにやらバイオレンスなかほり。こいつが此度の黒幕か! モニカ殿!」
イルザードがレンチンの言葉を遮って、モニカに尋ねる。
「え? いや、あの、とりあえず落ち着──」
「成敗!!」
イルザードはものすごい勢いでレンチンの頭を両腕で抱え込むと、そのまま額に膝蹴りをかました。
レンチンはイルザードのすさまじい膝蹴りを受けると、一言も発することなく、後頭部から部屋の壁に深くめり込んでしまった。
「なにやってんのおおおおおおお!?」
モニカが、今度はイルザードの胸ぐらをつかんで激しく揺らす。
「あっはっはっは! そんなに揺らされると……モニカ殿、私のむね肉がこぼれてしま──あいたァ!?」
反省の色がないイルザードの脳天にガレイトのゲンコツが炸裂する。
イルザードは涙目になりながら、自身の頭を押さえた。
「馬鹿者! おまえは……一般人に何をやっとるんだ!」
「ですが、その……峰打ちでしたので……」
「膝のどこに峰があるんだ? 俺には
「私の故郷の方言で、膝の皿は〝峰〟と呼称される場合が多く──」
ゴツン!
再び、ガレイトのゲンコツがイルザードの脳天に落ちる。
「っつー……!? な、なにをするでやんす……!」
「俺とおまえは同郷だろうが」
「はっ! そうでした! イルちゃんうっかり」
「……それより、どうしましょうモニカさん。この方、たしかレンチンさん……でしたよね?」
レンチンのすぐそばまで移動していたガレイトが、モニカに尋ねる。
「えっと、まだ生きてる……のかな?」
「はい。簡易的に脈をとってみましたが、辛うじて息はあると思います」
「では、トドメを刺しましょうか!」
手を挙げて、意気揚々と提案するイルザード。
「止めろ馬鹿者。モニカさん……やはりここは、病院へ連れて行ったほうが……?」
「そうだね、でも、うーん……それだと目が覚めた時に、訴えられそうだし……」
「やはり刺しましょうか! トドメ!」
「……あいつは無視しましょう」
ガレイトがイルザードと目を合わすことなく、モニカに言う。
「あ、うん……じゃあ、えっと……逃げよっか」
「……モニカさん?」
ガレイトが静かに訊き返す。
「あ、ごめん。混乱しちゃってて……あたし、いまなんて言ってた?」
「逃げよう、と……」
「あはは……何言ってんだろうね、あたし。ごめんごめん」
「い、いえ……」
「……うーん、でもさ」
「はい」
「もう逃げちゃわない?」
「モニカさん!?」
「じょ、冗談冗談。とりあえず──」
バタバタバタ……!
突然、三人の男たちが事務室になだれ込んでくる。
三人のうち二人は半裸で、残ったひとりは頭にグルグルと包帯を巻いている──ガザボトリオだった。
「雇い主さんよ! あんなバケモノが相手だなんて聞かされてねえよ!」
「違約金として、慰謝料たんまりと払ってもらうから覚悟し──」
ガザボトリオは事務室の光景を見るなり、青ざめた。
「おい。……おいおいおいおいおいおい……あんたら……」
「ななな、なんでここにおまえらがいるんだよ!?」
ガレイトイルザードを見た途端、三人はその場にへたり込んでしまった。
その三人を見た瞬間、イルザードが何か閃いたようにモニカを見た。
「──あの、モニカ殿……」
「なに? イルザードさん?」
「妙案が浮かんだのだが……どうだろうか?」
「奇遇だね。あたしも閃いちゃって……」
モニカとイルザードはそう言うと、じりじりとガザボトリオに近づいて行く。
「へ? なに? 何するつもり?」
「なんで近づいてくるの? やめて……?」
「い、いやあああああああああああああああああ!!」
その光景を前に、ガレイトは手で顔を覆った。
──翌日、グランティの街に、ビストロ・バラムンディのオーナー、レンチン・バラムンディが、三人の冒険者に襲われた末、両名が大けがを負った。というニュースが伝えられた。
その背後でイルザードとモニカが暗躍していたことは、ガレイト以外知る由もなかった。
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