第33話 元最強騎士と怒りの炎


「おら! もっと腰を振れ!」


「く……っ!」


「色っぽく踊れ! 羞恥に喘げ! 胸や尻を強調しろ!」


「こ、こんなことを……! よくも……!」


「こんなもんじゃ、おまえのやった事は消えんぞ!」


「くそ……くそ……! 絶対に、絶対に殺してやる……!」


「ほぅ、反抗的な態度だな……その恰好はだかのまま、開脚でもしてみるか?」


「ちくしょう……! ちくしょう……!」



 天にも届きそうなほどの勢いの炎。

 パチパチと弾け、辺りに散らばる火の粉。

 怒号が飛び交うオステリカ・オスタリカ・フランチェスカ。

 山で店の異変を察知したガレイトは、ブリギットやグラトニーのことも忘れ、一目散にここまでやって来ていた。


 そして、そんなガレイトが目にしたのは──全裸で踊らされているザザ・・ボボ・・の姿だった。

 二人は互いに手を取り合い、騒ぎに集まってきた衆目に晒されながらも、豪快なステップを踏んでいた。

 さらにその後ろでは、イルザードが楽しそうに手を叩いて音頭をとっている。



「──おや?」



 ガレイトに気づいたイルザードが、立ち上がり、ガレイトに近づいて行く。



「おやおやおや、ガレイトさんではあ~りませんか!」



 すでに中身の半分が消えている酒瓶を手に、イルザードが、ガレイトの背中を叩く。



「い、イルザード? なんなんだ、この騒ぎは……! 何が起こっているんだ!」


「キャンプファイヤーですよ、キャンプファイヤー」


「……はあ?」


「たまに団で遠征に行くときとか、夜にこうやって、火ぃ起こしてたりしてたじゃないですか」


「いや、今は戦時中ではないし、そもそもここは街中なんだが……」


「うははは! 街中だろうが山中だろうが、危険なことには変わりありませんので!」


「何を言……う!? おまえ、その顔、そのニオイ、それが一本目じゃないだろう!」



 ガレイトに指摘されたイルザードは、持っていた酒瓶を背後に隠した。



「あっはは~……いいじゃないっすか。そんなにカタイ事は言わないでください。……硬くするのは股間だけで十分ですよっ」


「おっさんかおまえは」


「はっはっは! 元上司にセクハラすると、酒がうまい!」



 もはや隠す気すらなくなったのか、イルザードはぐびぐびと酒を呷った。



「どこで酒なんて調達してきたんだ……」


「なんかぁ、いま踊ってる連中が持ってました」


「奪ったのか……?」


「ふふふ、人聞きの悪いこと言わんでください……頂いただけですよ。謂わば物資の補給、現地調達……」


「はいはい。……それにしても、なんだか踊っている者にも見覚えがあるのだが……」


「あら、ガレイトさんのお知り合いでしたか?」


「いや、よく似ているが……あれはいつも三人組だったし、もうここにはいないだろうから、恐らく違うな」


「ちがうんです?」


「……いや、だが、やはり似ているような気も……」


「むむむ。それは大変失礼なことを……でも、人付き合いはきちんと考えたほうがいいかもれすよ」


「なんだ。どういう意味だ」


「この二人組、いきなり店に現れてモニカ殿を人質にしたんすよ……」


「なに……?!」


「けしからんっしょ? その上、私にも『服を脱げ!』……なぁんて、言ってきて」


「それで、こんなことをさせたのか……?」


「弱っちぃくせに。偉そうに……それでムカついたから、ボコボコにして、逆に服をひん剥いて、踊らせて、こうして酒の肴にしてるわけです」


「なんてやつだ……」


「ガレイトさんもどうです? きったねぇ裸ですが、それがまた面白いんですよ」


「いらぬわ。……それに、その話が本当だとしてもやりすぎだろう。大の大人が半ベソかいてるなんて相当だぞ」



 しくしくしく……。

 ザザとボボは表情は変えず、そのままさめざめと泣いていた。



「いやいや、たぶんあれは、嬉しくて泣いてるんですって」


「どこの世界に半裸で、炎の周りを踊りながら嬉し泣きする輩がいるんだ」


「ここにいますとも! ガレイトさんに命じられたら、半裸でも全裸でも、喜んで踊りますよ!」


「はぁ~……、おまえと話しているとどっと疲れるな……」


「ええ~? ていうか、なんでそこで私の心配してくれないんですかぁ……」


「今、この辺りで一番危険な生物はおまえのはずだが……何を心配すればいいんだ?」


「いやいや、危険生物って! こんなか弱い女子に向かって……襲っちゃいますよ?」


「チッ……おまえは早く酔いを醒ませ。それより、モニカさんはどこだ?」


「あれ? さっきまで私と一緒に、このキモイ踊りを見ていたと思うのですが……」


「〝キモイ〟と思っているのなら踊りを止めろ」



 そう言ってキョロキョロと辺りを見渡すイルザードだったが、周囲にモニカの姿は見当たらない。



「はて、どこへ行ったのでしょう?」


「何をやっているんだ、おまえは」


「酒を飲んでます!」



 ガレイトはガシガシと頭を乱暴に掻くと、イルザードを無視して、ザザとボボに近づいていった。



「あの……すみません」


「わあ!?」

「ぎゃ!!」



 ガレイトが声をかけると、二人は飛び跳ねるようにして驚いた。



「いきなりすみません、すこしお尋ねしたいのですが……」


「あ、はい。なんでしょう……ん? おい、ちょっと待て」

「おまえ、ガレイトじゃないのか?」



 ザザとボボが震える指でガレイトを指さす。



「──ゴミムシ共が! 誰に向かって指さしてんだァ! ああ!? 聞かれたことだけ答えていろ!」



 ガレイトの後ろ。

 イルザードがそう怒鳴りつけると、二人はビクッと肩を震わせた。



「その、ガレイトですが……?」


「……ほ、ほら、俺だよ! ザザ! こっちはボボ!」



 ガレイトはそう言われると、改めて二人の顔を見た。



「……おお、やはりあんたたちか」


「ガレイト、おまえ、あのおっかねぇ姉ちゃ……イルザード姉さんと知り合いなのか?」


「いや、知り合いというか……むしろ、知合いたくなかったというか……」


「どっちでもいい。もう俺たちを解放してくれるよう言ってくれねえか?」


「あ、ああ……構わないが……」


「俺たちはただ依頼を受けただけなんだよ。だけど、まさか相手にヴィルヘルム・ナイツの隊長格がいるなんて、聞いてなかったんだ」


「依頼? なんの話だ?」



 ガレイトがそのことについて尋ねると、突然、ボボが青い顔になってガレイトを指さした。



「……おい、今気づいたんだが……イルザードの知り合いで、ガレイト・・・・って……もしかしてあんた……第二十二代目団長のガレイトなのか!?」



 それを聞いたザザも、サーッと顔から血の気が引いていく。



「いや、別人──」


「すすす……すみませんっしたァ……!!」



 ガレイトが否定するよりも前に、二人がものすごい勢いで土下座をする。



「な、なにを……?」


「今までの非礼は詫びます……!」

「ですから! い、いの、命だけは……! 見逃してくださひぃぃい……!」


「こ、殺すはずないだろう。やめてくれ。人が見てる」


「ですが……」


「やめろ」


「は、はい……」



 ガレイトがそう言うと、二人はガレイトに怯えるようにして立ち上がった。



「……俺が尋ねたいことはひとつだけだ。ここに、モニカさんがいただろう?」


「モニカ……」


「ほら、身長が低くて黒髪で、すこしふっくらしてて……おかっぱの……」


「あ、ああ……たしか、最初人質にしてた……」


「な……! 本当に人質にしていたのか!?」


「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!」

「でも、危害は加えてないんです! 本当です!」


「……ならいい。その人がどこへ行ったか知らないか?」


「えっと……たぶん、あっち……」



 ボボが街の中心のほうを指さす。ガレイトはその方向を渋い顔をして睨みつけた。



「その方角は、たしか……」


「あ、あの……俺たちはこれで……?」


「ん? ……ああ、これに懲りたらもう迷惑をかけるなよ」


「は、はいぃ……!!」



 二人は震える声で言うと、裸のまま、一目散にその場から逃げ出した。



「おや、逃がしちゃってよかったんですか?」



 一部始終を黙ってみていたイルザードが、ガレイトの隣までやってくる。



「逆に何をするつもりだったんだおまえは」


「いや、拷問とか……」


「はぁ……そういうことは決してするな。いいな」


「ウィ」


「なんだその返事……」


「それで、モニカ殿の居場所はわかったのですか?」


「ああ、今からビストロ・バラムンディへと向かう」

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