第32話 元最強騎士を慕う元部下


 ガレイトたちがオステリカ・オスタリカ・フランチェスカを発ってから数分後──その店内で、モニカとイルザードがテーブルを挟み、向かい合って座っていた。

 テーブルにはティーポットとティーカップがふたつ置かれており、カップからはゆらゆらと湯気が立っている。



「どうしたのだ、モニカ殿。私たちも食材の調達へ行くのだろう?」


「うん。そうなんだけど……」


「なら、ここで茶をしばいていても仕方あるまい。……そもそも、私に茶の良し悪しを判断できる舌など備わっておらんからな」



 イルザードは自嘲気味に言うと、カップに入っていた茶をグイッと一気に飲み干して見せた。



「あっつ──!!」


「そりゃ淹れたてだからね。……じつは、食材を取りに行く前にちょっと訊いておきたいことがあって」


「訊いておきたい事?」


「うん」


「……なるほど、これ・・はその為の人払いでもあるわけか」


「話が早くて助かるよ」



 イルザードは姿勢を正すと、両肘をテーブルの上につき、指を組み、口を開いた。



「──ああ、察しの通り、私はガレイトさんのものだ」


「え?」


「勿論、身も心もな。それがどうかしたのか?」


「いや、そういうのはべつに、当人同士の問題だからあたしが口を出したりしないんだけど……」


「なんだ。違うのか」



 イルザードは今の姿勢を解くと、椅子の背もたれにグイッと体重を預けた。



「この際、単刀直入に訊くけど……イルザードさんは、ガレイトさんを連れ戻しに来たの?」



 モニカにそう尋ねられたイルザードは、目をぱちくりとさせながら、モニカの顔を見た。



「問答する前に私からも訊いておこう。……その心は?」


「さっきはびっくりしてあんまり深く考えられなかったんだけど、今はちょっと落ち着いてきて……それで改めて〝ヴィルヘルム〟っていう国について考えたんだけど……」


「ふ。なるほどな」



 イルザードは口元を緩ませると、ティーポットから自分のカップへ茶を注いだ。



「モニカ殿、斯様な心配は不要だ。戦争など起こらんさ」


「そうなの?」


「無論だ。現在、我が国はガレイトさんが戦線に加わってくださった戦争を最後に、それからどことも戦ってはいない。……あまり大きな声では言えぬが、これからもそのような予定もないのだ」


「そうなんだ……」



 モニカがホッと一息つく。



「でも、じゃあなんでここへ……?」


「〝ここへ〟とは、どちらに言っているのだ? 私になのか、それとも……ガレイトさんなのか」


「……どっちも」



 慎重に、言葉を選ぶようにして話すモニカとは対照的に、イルザードはすらりと伸びた足を組み、面白そうにモニカを見ている。



「結論から言おう。〝たまたまだ〟」


「たまたま……?」


「ああ。……とはいえ、たしかに勘ぐってしまうのも無理はないか。ガレイトさんは──あの人は、世界最大の国家が保有する最大戦力、ヴィルヘルム・ナイツにおけるトップに君臨していた人だ。その人間がいきなり料理人に転身し、このような遠方にまで料理を学びに来た……とは考えにくいのだろう? なにか裏があると」


「……悪いけどね」


「なに、責めてなどいない。私だって、何も知らなければ・・・・・・・・そう思う。そう勘繰る。……それに、ブリギット殿のようなエルフがいるしな」



〝エルフ〟という言葉を口にした途端、モニカの表情がすこし強張る。



「……さっきはなんとなく流しちゃったけど、なんでブリがエルフだってわかったの」


「仕事柄、そういうのには敏感なのだ。ガレイトさんもおそらく、一目見たときからわかっていただろう。たとえ特徴的な耳を見ていなくてもな」


「そうだったんだね」


「まあ、私としてはこれ以上、詮索するつもりもないし、誰かに言うつもりもない」


「……助かるよ」


「礼はいらん。見たところ、モニカ殿はブリギット殿の保護者的な立ち位置なのだから、警戒するのも無理はない。むしろ警戒しなくてはならない事柄だ。仕方ないさ」



 イルザードはそう言うと、カップに口をつけてすこしだけ飲んだ。



「──さて話を戻そうか。えっと、〝ガレイトさんがなぜここに来たのか〟だったか」



 モニカが静かに頷く。



「ここ数日……いや、数週間だったか。その間、モニカ殿の目から見て、ガレイトさんはどう映った?」


「どう?」


「冷酷な軍人か」


「そんなことはないけどさ」


「残虐非道な騎士か」


「いや、それも違うけど……」


「常識外れの殺人狂か」


「……不器用だけど、自分なりに精一杯、頑張ってる人」


「そう。それがあの人なんだ。嘘のような話だが、あの人はある日突然、私たちの前で王に宣言した。『料理人になりたい』と。そして、王もこれをその場で快諾した」


「へえ、そんなことが?」


「未だにその理由については話してはくれないが、久しぶりに会って、あの人の顔見てびっくりしたよ。『こんなに人間らしい・・・・・顔をする人なんだ』とな」


「そ、そんなに変わったの?」


「ああ。あの人は今、騎士をやっていた頃とは比べ物にならないくらい、充実した、よい顔をするようになった」


「そうだったんだね」


「じつは、ガレイトさんは不定期に現在の状況をしたためた手紙を書いてくれるのだが、それを読んだ王も、文面からガレイトさんが変わった事を感じ取っているのだろう、最近はすこし嬉しそうでな……」


「王様まで……」


「だから私も、あれやこれやとあの人を困らせるようなことを言ったが、根っこのところでは、そんなガレイトさんを応援したい気持ちはあるし、結婚したい気持ちもある」


「……は?」


「なんなら、本当に体だけの関係でもいいと思っている」


「ちょっとちょっと……何言ってんの」


「すまん。話が逸れたな。とりあえず、私が言いたいことは──どうか、あの人をよろしく頼む」



 イルザードはそう言うと、モニカに頭を下げた。



「……それだけだ。いきなり訪ねてきて、怖がらせて悪かった。私はただ、本当にガレイトさんのいない騎士団がイヤになって飛び出してきただけなのだ」


「うん……いや、それもどうかと思うけど、とりあえずイルザードさんが言った通り、ガレイトさんを信頼してみようと思うよ」


「それがいい。私もガレイト成分・・・・・・を補充できたので……まあ、本当は直接注入されたほうがいいのだが、それは難しいだろうからな。あの人は奥手だし」


「いや、何言ってんの、マジで」


「フ。あとはもう、ガレイトさんの作った飯を食べたら、しばらくここへは来ないつもりだ」


「そ、そうなんだ……もう二度と来なくていいんだけど……」


「話はこれで終わりか?」


「そうだね。もう訊きたいことは聞けたかな……」


「では、我々も食材の調達に行くとするか」



 イルザードはそう言うと、カップの中の茶を飲みほした。



「おっと、そうだ。私からもひとつ、訊いていいか?」


「なに?」


「ガレイトさんの股間に作用する食べ物はあるのか? なんというかこう……異性を見たら、誰彼構わず襲いたくなるような、そんなやつ」


「もう帰れば?」



 ──バァン!

 モニカの声に呼応するようにして、レストランの正面入り口の扉が勢いよく放たれる。



「邪魔するぜぇ……!」



 そう言って、そこから入ってきたのはガザボトリオのザザとボボだった。二人は店に入るなり、ニタニタと薄気味悪い笑みを浮かべながら色々と物色していたが、やがてイルザードの顔を見ると、足を止め、目を丸くさせながら、驚きの声を上げた。



「な、なんでおまえがここに……!?」


「……イルザードさん、知ってる人?」



 モニカがイルザードを見る。



「いや、知らん」


「でも、向こうはイルザードさんを知ってるぽいけど……」


「ふむ。……おい、おまえら! どこかで会ったことがあったか?」



 額に脂汗を滲ませ、後ずさりするザザとボボ。

 対してイルザードは数時間前の事なのに、二人の顔をすっかり忘れているようだった。



「ちっ……! ガガをあんな目にしたくせに……舐め腐りやがって……!」

「だが、どうする? こんなのがいるなんて、聞いてないぞ・・・・・・……?」


「──ったく、あんたたち何者? 外に臨時休業の看板があるのに見えなかった? 鍵まで壊して……あとで弁償してもらうからね」



 しびれを切らしたのか、モニカが不用意にもずかずかと二人に近づいていく。

 ザザとボボは二人して顔を見合わせると、両者同時に頷いた。



「今日はもうおしまい。だからまた明日、いつも通り営業するから、その時に食べに来──むぐぐ!?」



 突然、ザザがモニカの口を押えると、そのまま背後に回り腕を拘束した。



「も、モニカ殿……!? 何をする貴様ら!」


「動くんじゃねえ!」

「動いたら、この女の喉を掻っ切るぜ……!」



 ボボはそう言うと、モニカの喉元にナイフを突きつけた。それを見たイルザードは足を止め、二人を睨みつけた。



「く……!」


「ケケケ、どうやら効果テキメンだな」

「ガガの仇はとらせてもらうぜ、帝国の騎士イルザードさんよ」


「……お、思い出した……! 貴様らはあの……」



 イルザードが二人を指さす。



「へ、ようやく思い出したか」

「いまさら悔いてももう遅いぜ。たっぷりと後悔させて──」


「あの、薬物の売人か!」


「薬物の……」

「売人だ~?」


「男性のイチモツに作用する薬を売っていた、あの……!」


「なんつー薬買ってんだテメェ……」

「つか、なんの話だよ……」


「あの時の薬の代金を踏み倒したのは、あの薬がガレイトさんに効かなかったからだ! そもそも、役に立たない薬を売りつけたおまえたちのほうが悪いだろう! それを、こんなところまで追いかけてきて……!」


「だからなんの話をしてやがんだおまえは!」

「俺たちとは今日の昼会っただろうが!」


「……今日?」



 イルザードは腕を組むと、首を傾げてみせた。



「──もういい。もう、わかった」

「テメェがナメてるって事だけはな……!」


「いや、べつにガレイトさん以外のを舐めるつもりはないのだが……」


「……俺が言うのもなんだが、なんて品のないやつなんだ」

「へ、そんなに下ネタが好きならよ、まずは全裸で踊ってくれるか、姉ちゃん」


「……は?」


「服、脱げよ。イルザードさん……!」

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