第24話 元最強騎士、仮眷属になる


 ──ガコ……。

 東の空がすこし白みかけてきたグランティの街の広場。

 地下道への入り口の蓋が、少しだけ開く。

 そこからすこし頭を出し、周りをキョロキョロと見回しているのはガレイトだった。

 ガレイトは周囲に誰もいないことを確認すると、すばやく這い出て、入り口の中──まだ地下道内部にいたモニカ、モーセ、グラトニーの三人に対して口を開いた。



「人の気配はありません。今のうちです」



 ガレイトの声を受けると、三人は急いで縦穴横に備え付けられていたタラップをのぼり、ガレイトと同じように地下道から出た。

 モーセは全員がそこから出たのを確認すると、改めて地下道の入り口に鍵をかけた。



「……ほう、やはり、かなり様変わりしとるの、この街も」



 物珍しそうに周囲を見回していたグラトニーが声を上げる。



「やっぱこの街も、あんたがいた時代と結構違ったりするんだ?」


「まあの。たとえば、このレンガで舗装された道もそうじゃが……昔はここまで視界を覆いつくす程の建物はなかった」


「へえ、じゃあ、おとぎ話の絵本の挿絵にでてくるまんまって感じなのかな?」


挿絵それがどのようなものかは知らんが、今のこの街の感じと違うのは確かじゃな」


「へえ、水車が回ってたり、家と家の間隔が遠かったり……とか?」


「いや、なんかこう……もっと芋っぽかった」


「すごく抽象的」


「仕方ないじゃろ。昔のこと過ぎて、もう朧げにしか思い出せ──熱ぅ!?」



 不意に差し込んだ朝日が、グラトニーの顔をジュウと焼く。

 白い煙が立ち昇り、それを見た他の三人が目を丸くして驚いた。



「ちょ、大丈夫!?」


「そういえば、吸血鬼って日の光ダメなんでしたよね?」


「し、染みるぅ……!」



 グラトニーが低く呻きながら、レンガの上をのたうち回る。



「えっと……この場合、冷やせばいいのかしら?」



 モーセがモニカを見上げながら尋ねる。



「火傷ならそうだけど、この場合は……まあ、火傷か。モーセ、たしかあんた、日焼け止め持ってなかった?」


「いや、夜に出発したんだから持ってるわけないわよ」


「それもそうか……」


「めちゃんこ痛い」


「なんか反応が軽いな……もうあの部屋に戻る?」



 モニカが心配そうにグラトニーに尋ねる。



「い、いやじゃ……! あんな暗くジメジメとしたところに戻るくらいなら、このまま太陽光で蒸発して雲となり、風に運ばれて長い距離を移動した後、雨粒となりて降り注ぎ、大地を悉く潤したほうがマシじゃ……!」


「うーん、なんて具体的な将来設計」


「いや、言うとる場合か」



 義務と言わんばかりにモニカがおざなりにツッコむ。



「とにかく、水とかいる? 冷ましたほうがいい?」


「ください。ミネラルなやつがいい」


「いや、ごめん。水持ってなかったわ」


「おい!?」



 グラトニーはビクンと大きく跳ねると、ヨロヨロとよろめきながら立ち上がった。



「……ま、まあ、これくらいの日光なら問題ないわ……」


「もう立って大丈夫なんですか?」


「もうちょっと陰になるところ行く? さっきの地下道とか」


「いや、どんだけ妾を送り返したいんじゃ」


「いや、なんやかんやで安全なんじゃないかなって……」


「もう、ここで暮らすって決めたもん! 妾、負けへん!」


「はいはい」


「……ふぅ。心配せんでよい。久しぶりの太陽にすこしびっくらこいただけじゃ」



 そう言ってグラトニーは顔を上げるが、ちょうど日光の当たった箇所だけが小麦色に焼けていた。

 それを見たモニカは吹き出してしまう。



「な、なにわろとんねん……!」



 グラトニーが拳を震わせながら、恥ずかしそうに頬を紅潮させる。

 その頬も左右で微妙に色合いが違っているため、それを見たモニカはさらに笑ってしまった。



「ご、ごめんごめん……ぷひっ」


「ぐぬぬぬ……!」


「ごめんごめん、なんというか……独創的な形の日焼けだね……芸術の風を感じる」


「フォローになっておらぬ……! 好き勝手笑いおって、小娘め……! 妾より弱ければ、今ここで消し炭にしてやったものの……!」


「ふふ……それよりもさ、吸血鬼は日光が弱点だって聞いたけど、結構平気そうじゃん」


「いや、それよりって……おま……おま……」


「ごめんごめん、でもこの程度だったら気を付けてれば大丈夫そうだね」


「まあ、程度によりけりじゃが、妾にとってこの程度の日光など肌が軽く焼ける程度じゃ」


「ふうん、てっきり、日光でも浴びたら、そのまま石みたいに固くなって崩れたりとかすると思ったよ」


「いや、そこまで深刻なものでもない。そもそもが不死身じゃしの」


「あ、そっか」


「この愉快な日焼け跡も、あと数刻すればきれいさっぱり消えるじゃろ。……ただ、夏はやばい」


「やばいんだ」


「うむ。たぶん、一歩も外に出られん」


「へえ、じゃあ旅行とか行けないんだ……残念だね」


「……まぁ、つばの広い帽子でもかぶれば大丈夫じゃろうて」


「雑じゃない……?」


「そうだ。グラトニーさん、他に弱点みたいなものってあるんですか?」



 思い出したようにモーセがグラトニーに尋ねる。



「いや、何を訊いとるんじゃ娘。自分から弱点を晒す馬鹿がどこにおるか」


「でも、これからガレイトさんにお世話になるんですから、そういうのは申告しておいたほうがいいと思いますよ」


「なんでじゃ」


「ガレイトさんは料理人ですし、塩を使った料理や銀で出来た食器を出してくるかもしれませんし」


「む。たしかにそれは困る」


「でしょう? たしか吸血鬼って銀に触ったら……」


「かぶれる」


「かぶれ……え?」


「かぶれる。一日中かゆくなる」


「で、でしょ?」



 グラトニーはしばらく唸ると、やがてガレイトに向き合い、おずおずと口を開いた。



「……銀についてはさきほど言った通り、人間が漆を触るがごとくかぶれる。食器などは木製の物を所望する。塩は、直接塊をぶつけられなければ害はない。というか、ぶっちゃけ濃い味付けのほうが好きじゃし。それと同じ理由で、にんにくも素揚げとかは勘弁してほしい。潰して、料理に使うくらいなら何も問題ない。実際うまいしの、あれ。あとは……料理人であるパパには無縁そうじゃが、体につける香水や香料……人間が良い香りだと思っている類のものもダメじゃ。花とかのニオイを極限までに抽出したような物とか、マジで臭すぎて鼻が曲がる。ロウソクもダメじゃな。おぬしらが地下に持ってきた時も思っておったが、あれを見つめとると目がしぱしぱする。つか妾、目いいし。光がなくても視界は良好じゃし。そもそもの話、光源は不要なんじゃ。あとは──」



 突然、間欠泉のように噴き出したグラトニーの要望に、ガレイトが困惑したように眉をひそめる。



「十字架のある教会……があるかどうかはわからんが、そういった場所も──」


「ちょちょ、ちょっと待ってください……!」


「なんじゃパパ。まだまだあるぞ。妾の〝日常生活において留意してほしい百の事柄〟は」


「ひゃ、百!? そんな……ただでさえ共同生活なんて不慣れなのに、百も縛りがあるんですか?」


「これでもまだ遠慮してるほうじゃ。最低限の百。後の事は我慢してやると言っておるんじゃから、これくらいは守ってもらわんとな、パパ」


「……そもそもの話、大人になるまで面倒は見ると言いましたが、どれくらいで大人になるんですか? 明日あたりですか?」


「おお、そうじゃったな。それを伝えるのを忘れておったわい」



 グラトニーはそう言うと、指折り数え始めた。



「……ふむ、そうじゃの。このままの状態じゃと、あと百年はかかるの」


「ひゃ、百……!? なんでそんな……! ていうか、十本しかない指で何を数えていたのですか!?」


「ねちねちと重箱の隅をつつくな。……というのもじゃな、先刻さきの戦闘で妾が使用したあの技……黒砲ノワールキャノンじゃが……」


「ノワールキャノン……」


「どうじゃ? 洒落とるじゃろ?」


「いや、まあ……」


「今考えた」


「そ、そうですか……」


「じつは黒砲あれ、燃費がすこぶる悪くての。妾の魔力のほかに、生命の源も圧縮して、敵にぶつける大技なんじゃ」


「生命の源って……なぜそのようなのをホイホイと……」


「いや、だって最初の一発で三人まとめてしばけると思ったし」


「たしかに、かなりの重さでしたね、あの技」


「だからこそムカついたんじゃ。なんでそんな、虫を追い払うみたいに、妾の必殺技はじき返してんの!? って」


「そんなつもりは……」


「そう。じゃから、今の妾はもう出涸らしのようなもの。いわば普通の子供に、吸血鬼特有の弱点がついてる、〝バリューセットヴァンパイア〟なのじゃよ」


「バリューセットって、むしろお得感皆無じゃないですか……」


「このままだとおそらく、元に戻るのに百年はかかる」


「百……」


「まあ、じゃが、心配するな。パパの寿命が百年もあるとも思えんし、通常よりもはやく完全体にする方法もある」


「あ、あるんですか……? そんな方法が……!」


「ある。方法は大きく分けて二つある。……まずはひとつ、これはぶっちゃけパパの肉体的に可能かどうかはわからぬが、パパを妾の眷属にすることじゃ」


「眷属……?」


「うむ。聞いたことはないかの? 吸血鬼は眷属を増やし、種の存続を図ると」


「あ! あたし、聞いたことあります! そもそも吸血鬼自体が不死身だからあまり意味のない行為らしいですが」


「……モーセ、あんた昔からそういうの詳しいね」


「そういうのが好きだから、ギルドの受付になったわけだし……でも、オリジナルじゃないと眷属って作れないんじゃ……?」


「くくく、妾がそのオリジナルじゃ」


「ええええええ!?」



 モーセが目を剝き、大声を上げる。

 反対に、ガレイトとモニカはすこし冷めたような視線で見ていた。



「ようやっと、妾のすごさが理解できたか」


「ということは、グラトニー……さんが、吸血鬼の始祖?」


「厳密に言うと違う。妾は分身じゃ」


「分身……」


「……今、その話は関係ないので省くが、とにかく、妾はやろうと思えば眷属を作れるのじゃ」


「そ、そうだったんですね……! あのグラトニーが、オリジナルの吸血鬼だったなんて……!」



 モーセは興奮のあまり、すこし体を震わせていたが、ガレイトとモニカは相変わらず、微妙な表情でその様子を見ている。



「じゃから、パパを眷属にして寿命を延ばして妾の面倒を見させる……という方法もあるんじゃが……」



 グラトニーはそう言うと、ガレイトの首元を見て固まってしまった。



「出来るけど……何か問題でもあるんですか?」


「いや、なんつーか……眷属にするには、その者に対し、通常とは違う、特殊な吸血行為をせねばならんのじゃが……そもそもパパの肌に妾の牙が通るかどうか……」


「あー……」



 モニカとモーセが、そう口を揃えてガレイトを見た。



「ま、待ってください。そもそも俺はそんな方法はいやですからね!?」


「だとすれば、もうひとつのパターンじゃな」


「もうひとつのパターン……」


「精の付く料理を食うことじゃ」


「食事……ですか?」


「左様。妾を復活せしめた竜の血に限らず、この世には食せば多大な効能をもたらす食材があると聞く。それをパパが狩って、妾が食せば、自ずと回復するのも早くなるという理屈じゃな」


「なるほど。たしかに、それは現実的ですね……それに、料理の修業にもなる。いいかもしれません……けど……」



 ガレイトはそう言って、モニカをちらりと見た。

 モニカはガレイトの視線に気が付くと、バツが悪そうに言う。



「もういいよ。ただ、本当に危険なのは無し! モーセも! いい?」


「はい」



 ガレイトとモーセが小さく答える。



「では……モーセさん、お願いできますか?」


「はい。かしこまりました。こちらとしても人でが増えるのは助かりますし、なにか珍しい魔物の討伐依頼があれば、ガレイトさんにお知らせしますね」


「ありがとうございます、モーセさん」


「重ねて言うけど、指定危険魔物とかはなしね?」


「わかってるわよ。……ガレイトさんなら問題ないのに……」



 モニカがそうくぎを刺すと、モーセは渋々頷いた。



「でも、そうなってくると、けっこうな時間一緒にいることになるんだよね……ん?」



 モニカは何か思いついたのか、ポンと手を叩いてグラトニーのほうを向いた。



「あ、そっか! 今後は、グラトニーちゃんがガレイトさんの料理を試食すればいいんだ!」


「……ちゃん・・・?」


「どう? 出来る?」


「まあ、扶養してもらっておるし、それくらいの働きはせんとな。じゃが、本当によいのか? 試食係なんて」



 グラトニーがそう言うと、モニカはホッと胸をなでおろした。



「うんうん。それで十分だよ。よかった……これでガレイトさんの料理を食べないで済む……」


「え?」



 ガレイトとグラトニーの声が重なる。



「ああ、なんでもない、なんでもない。また人手が増えてラクになったなー……て。それだけだから……あはは……」


「……まあ、ともかく、じゃ。これからよろしく頼むぞ、パパ」



 グラトニーがそう仕切り直すと、ガレイトはそれに対して「こちらこそ」返したが、すぐそのあとに言葉をつけ足した。



「〝パパ〟はやめてください」

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