第23話 元最強騎士、パパになる


「だァーりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃ!!」



 地下道内にグラトニーの怒声が響き渡る。

 断続的に、絶え間なく生成される黒い球体を、グラトニーはひたすらガレイトめがけて放ち続けていた。

 ガレイトはというと、その球体を涼しい顔で、まるで虫を払うようにバシバシとはじき返している。

 天井や壁にはすでに無数の穴が開いており、その応酬の苛烈さを物語っていた。



「ぜぇ……はぁ……ぜぇ……はぁ……」



 肩で大きく息をし、額の汗をグイッと拭うグラトニー。

 グラトニーはそれでも、最後の力を振り絞ろうとしたが、やがてその場にゴロンと仰向けになって倒れてしまった。



「なんなの!?」



 グラトニーが悲痛な声を上げる。



「ガレイトです」


「あ、どうも……まあ、べつに名前を知りたかったわけではないんじゃが……」


「職業は……」


「いらん! つーか、妾を封印したやつでも、ここまで妾の心をバキボキに折りに来なかったんじゃけど。もっと鬼気迫る感じで、やっとの思いで封印してきたんじゃが」


「それは大変でしたね」


「うん! 大変じゃった! そして今も大変! ちなみにガレイト……さんは普段何やってる人なのじゃ?」


「料理人やってます」


「へえ、料理人。あ~、あの、料理を作ったり作らなかったりする……はい?」


「ああ、いえ、料理人見習いです」


「しかも見習い!?」


「はい」


「いや、怖! この時代の人間、怖!? 戦闘民族かよ!」


「え?」


「いやいや、早まるな妾。まだこの時代の人間全員そういうわけじゃない……たまたまあの男がおかしいだけかもしれぬ……」



 グラトニーはそう言うと、今度はうつ伏せになり、ガレイトを見て言った。



「こほん、つかぬ事を訊きたいのじゃが……」


「なんでしょうか?」


「見習いっつーことは、じゃ。もしや、本職のきちんとした料理人のほうが、もっと(戦闘力的に)強いということかの?」



 ガレイトはしばらく考えるそぶりをすると、まっすぐにグラトニーの紅い目を見て言った。



「はい。俺なんかより、俺の後ろにいるモニカさんや、ブリギットさんのほうが(料理の腕的に)数段強いですね」


「おぉふ。マジかょ……」



 グラトニーはそう言うと、まるで力が抜けたように顔を伏せた。



「なんかもう、この時代でやっていける気がしなくなったんじゃが……昔はよかった……みんな妾の言う事聞いとったし。もう隠居しよっかな……まぢムリ……」


「──では、もう一度封印されるのはどうですか?」



 タイミングを見計らったように、モーセがガレイトの陰からひょっこり出てくる。



「なにもわざわざ世界に合わせる必要なんてありませんよ。ダメだと思ったら封印されたらいいんです」


「おい、なんか、無茶言うとるな、この娘」


「理に適っていると思いますけど?」


「ぃやだぁ……人の世の価値観まで変わってるぅ……」


「いや、それはこの子が特殊なだけだと思うけど……」



 すかさずツッコミを入れるモニカ。



「まあ、その提案も悪くないが、妾、完全体ではないとはいえ、もう体取り戻しちゃったからのぅ」


「それだとなにか不都合でも?」


「言うたじゃろ。再び封印するには、心臓を物理的に抜き取り、肉体をまたぐちゃぐちゃにしてバラまかなくてはいかんのじゃ」


「うへぇ~……やめてくださいよ~……」



 想像してしまったのか、モーセは青い顔をしながら口を押えた。



「まあ、ぶっちゃけ妾も痛いのヤじゃし。かといって、人の血を吸って生活しようにも、この時代の人間どもはみんな、馬鹿みたいに強くなっとるんじゃろ?」


「そうですね……」



 さらりと嘘をつくモーセ。



「むぅ……となると、おお、そうじゃ娘! 妾のママにならんか?」


「ならんわ! ていうか、なんでそこまでしても死なないんですか……」


「吸血鬼とは不死身なのじゃよ」


「不死身……? 死なないんですか?」


「左様。体を焼かれようが、裂かれようが、この体は何をどうされても死なぬように出来ておるのじゃ」


「にわかには信じ難いですね……」


「……じゃが、此度は体を爆散され、肉片も霧散してしまったからの。こりゃさすがにヤベエと思ったが……」


「どうかしたんですか?」


「なにやら先日、何者かが我が肉片の近くで竜を退治してくれたようでの」


「竜ですか?」


「うむ。その血を浴びたおかげで妾の肉片が活性化され、体を取り戻すことが出来たのじゃ」


「なんというか……壮絶ですね……」


「ふふん。まあの。伊達に長生きしとらんわい。……ま、体がバラバラだった頃は意識なんてなかったんじゃが……」


「なら、なぜ竜の血だと?」


「勘じゃ」


「……それにしても竜の退治、かぁ」


「おい、そこは深掘りせんのかい」



 さらっと流すモーセに、グラトニーがすかさずツッコミを入れたが、モーセは気にせずに続けた。



「なんか、ギルドにそういう報告上がって来てるの?」


「ううん。特に竜の討伐依頼も発見情報もない……かな」


「……まあ、このような魑魅魍魎コック跋扈バッコする時代じゃからの。竜とはいえ、人間にとっては、大きめのトカゲとそう変わらんのかもしれんの」


「いや、そんな事はないと思うんですけど。そもそも、グランティのギルドって弱小ですし、竜が発見されても報告なんて来ないんですよ」


「え、そうなの?」


「ああ、でも、さすがに避難命令は出されるよ? けど、それすら出てなかったとすると……誰かに発見されるよりも前に、誰かがその竜を退治したって事なんだろう……け……ど……?」



 モーセがちらりとガレイトを見ると、ガレイトはその場で大量の汗をかいていた。



「も、もしかして……心当たりがあるんですか、ガレイトさん……?」



 モーセが小声でガレイトに囁きかける。ガレイトは依然、全身から滝のような汗をかきながら、小さく「はい」と答えた。



「え? ま、マジでガレイトさん、竜倒しちゃったの……? いつ? どこで?」



 隣で話を聞いていたモニカも話に参加してくる。



「パーティを解雇された日に……食料として……」


「しょ、食料って、まさか食べたんですか? 竜を?」


「食べられると思ったんです……」


「いや、まあ、そりゃ食べれなくはないんだろうけどさ……」


「そういうのは、きちんと報告してください……!」


「すみません……」


「ということは、ガレイトさんが倒したその竜の血を受けて、グラトニーが復活したって事なんですか?」


「お、おそらく……」


「なんということ……あっ」



 突然モーセが声を上げ、ガレイトがビクンと体を震わせた。



「むふふ、聞いたぞ? 聞いちゃったぞ?」



 寝ころんでいたグラトニーが、ガバッと起き上がると、ニンマリと笑いながらガレイトの顔を見た。



「つまり、そこの大男……ガレイト殿が、妾の封印を解いてくれたということじゃな?」


「い、いえ……俺はただ、通りすがっただけで……そもそも、俺が封印を解いたというよりも、話を聞く限りだと、ただ封印が解けるのを早め──」


「ふはは。過程や経緯はどうでもよいわ。要はこうなった責任の一端は、ガレイト殿にあるということじゃ」


「その言い方はちょっと……」


「──パパ!」


「パパぁ!?」



 グラトニーが歓喜の声を上げ、ガレイト、モニカ、モーセの三人が困惑した声を上げる。

 グラトニーはガレイトの元に駆け寄ると、まるで本当の子供のようにガレイトの足にしがみついた。



「パパ! 妾を養って!」



 スリスリと子猫のようにすり寄ってくるグラトニーに対し、ガレイトは助けを求めるようにモニカとモーセを見た。



「なんか、ますますアブナイ絵面になってるような……」


「あ、でもガレイトさんだったら、それくらいの年齢の子持ちでも問題ないかも。髪の色も一緒ですし」


「問題しかありませんよ。助けてください、モニカさん、モーセさん」


「いいじゃないですか、ガレイトさん。今ギルドでは、子持ちの親御さん冒険者を対象とした助成金制度を設けてますし」


「そういう問題では……それに俺、冒険者じゃないですし……」


「ね~え、パパぁ。妾、パフェが食べたい。なるべく赤いやつ」


「ややこしくなるので、グラトニーさんは少し静かに……!」


「あれ、あんた、人以外も食べるんだ?」


「む。失敬な! 人は食わぬ!」


「え、そうなの!? でも、さっきは……」


「人を食うとは言っておらぬ!」


「でも、血は吸うんですよね?」



 モーセがそう尋ねると、グラトニーは微妙な顔をした。



「……たしかに血は吸うが、不健康な人間や持病のある人間もおるから、急を要する場合でない限り吸わぬわ! そういうのは不味マズいからの!」


「美味い不味いの問題なんだ……」


「じゃあ、なんでさっきはあんな、干乾びるまで吸うとか……」


「いや、それはほら、インパクト重視じゃよ。言わせるな、恥ずかしい」


「……ともかく、俺に誰かを養う余裕はありません。精神的にも、経済的にも」



 胸の前でバツを作ってきっちり自己主張するガレイト。



「そんなこと言って、妾がここから解き放たれれば、無差別に人を襲ってしまうかもしれぬぞ?」


「そ、それは……」


「そうなれば、パパの責任ということになるが、それでええんかい!」


「とりあえず〝パパ〟と呼ぶのはやめてください。……それに、ここを出てもあなたより強い人間しかいませんし、どのみち意味なんてないですよ」


「ぐぬぬぬ……! てか、そんなん嘘じゃろ! 普通に考えてパパより強い人間がそこら中にゴロゴロしててたまるか! 騙されんぞ! 妾、そこまでバカじゃない!」


「なら、なぜ俺に養われようとしているのですか? 本当に人間が怖くないのなら、一人でも生きていきますよね?」


「ぐぬぬぬぬぬぬぬぅ……!」



 ガレイトに核心を突かれたグラトニーは、床の上で四肢を放り出し、子どものようにジタバタと暴れ始めた。



「イヤじゃイヤじゃ! また体を爆発四散させられた後、封印を施されるのはイヤじゃ!」


「あーあ、ガレイトさん泣かせちゃった」


「お、俺のせいですか……」


「とはいえ、このままここで放置しているわけにはいきませんし……」


「ぎ、ギルドで管理するというのはどうですか?」


「おとぎ話の吸血鬼をですか? ムリですよ。間違いなく持て余してしまいます……」


「かといって、お店に置いておくわけにもいかないしねぇ……」



 そこまで言って、モニカとモーセがガレイトの顔を見て、同時に口を開いた。



「養えばいいんじゃない?」

「養ってみるのはどうでしょう?」


「か、勘弁してください、お二人とも。俺よりも遥かに長生きをしているとはいえ、見た目は子どもなんですよ? どう接すればいいか……」


「でも、じゃあ、体をバラバラにして魚の餌にでもするの?」


「そ、それは……」


「パパ! お願い! 妾、いい子にするから!」



 グラトニーが目に涙をためてガレイトを見上げる。

 ガレイトもこれに対して必死に抵抗してみせたが、やがて根負けしたのか、ため息をつくと、グラトニーに向かい合った。



「大きくなるまでですよ……」


「やったー! わーいわーい!」



 頭を抱えるガレイトと、嬉しそうにそのガレイトの周りを飛び跳ねるグラトニー。そして、微妙な顔でその様子を見送るモニカとモーセ。

 地下道内は混迷を極めていた。

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