第22話 元最強騎士と幼女


「のああーっ! な、なんじゃ貴様ら!? なんでこんなとこにおるんじゃ!」



 金髪紅眼、ゴシック調の黒いドレスを着た、齢にして八、九歳ほどの少女がガレイト一行を睨みつける。

 そこは暗く、湿った地下道の最奥──すこし広まった、ぼんやりと明るい空間。

 少女はそこで、天井から伸びている、赤茶けて、古ぼけた鎖に両手を繋がれていた。



「な、なんでこんなところに女の子が……?」



 モニカとモーセが心配そうに、その少女へと近づいていく。



「だいじょうぶ? 怪我はない? お母さんは? お父さんは?」


「鎖に繋がれてるけど、これ、どう見ても犯罪よね……? 誰にやられたの?」


「はあ!? 何を言うとるんじゃ!」


「よしよし、怖がらないで。お姉さん、ギルドの職員だから」


「ななな、なんなんじゃ、この娘ども……? どっから現れたんじゃ……!?」


「どっからって……普通に、広場から降りて、地下道を歩いてきただけだけど……」



 モニカが答える。



「はあ!? 結界は? この部屋に入る直前に、妾を封じておった結界があったじゃろうが!」


「結界……?」


「触れれば即あの世行きぞ!? なんで無傷なんじゃ!」


「ガレイトさん、そんなのあった?」



 モニカが振り返って、ガレイトに尋ねる。



「ああ、そういえば──」



 ガレイトはモニカに尋ねられると、自身の手のひらを二人にかざし、よく見えるようにロウソクを近づける。

 ロウソクの火によって、ぼんやりと照らし出されたガレイトの手のひらは、すこしだけ焦げて薄皮がめくれている状態だった。



「ど、どうしたの、ガレイトさん。どこかで擦り剝いちゃった?」


「いえ、この部屋に入る際、何かよくない気配を察知したので……」


「察知したので……?」


「手をかざしてみたらバチッと……」


「じゃあ、それが、この子の言ってる結界……なのかな?」


「さあ、どうでしょう」


「でも結界って……なんか、気分悪いとか、そういうのはないの?」


「いえ、特には。俺自身、ただの強めの静電気かなにかだろうな、と」


「ななな、な~にが静電気じゃ!」



 少女の声が地下道内に響く。



「妾を何百年も封印しておった結界じゃぞ!?」


「何百年……?」


「貴様じゃなかったら全身が丸焦げになって昇天してるところじゃ! つーか、なんじゃ貴様!? なんでその結界に触れたのにピンピンしとるんじゃ! 人か? 人なのか!? 人じゃなかろう! 魔物じゃろう!」



 まくし立てる少女に対し、ガレイトは特に何も言わず、しょぼんと下を向いた。



「なにこの、テンション高めの子……」


「ごっこ遊びのつもりなのかしら。とりあえず、落ち着いて……!」


「……こ、こほん。少々取り乱したようだ。すまぬ」



 少女は小さく咳ばらいをすると、再びその紅い眼でガレイトたちを見た。



「ま、まあ? 多少予定は狂ったものの、これもまた僥倖。まさか、餌自らノコノコと現れてくれるとはな」


「え、餌……?」



 モーセが反芻するように言うと、少女はこくりと頷いた。



「左様。妾にとって、貴様ら人間などただの餌よ」



 少女はそう言うと、自身を拘束していた鎖を簡単に引きちぎった。

 バラバラと少女の足元に散らばる鎖。

 その様子に呆気にとられるモニカとモーセをよそに、少女は今まで自身を拘束していた鎖を忌々しそうに一瞥し、手首をゆっくりとさすった。

 


「鎖が……」


「妾は傾国の吸血鬼ヴァンパイア、グラトニーである。猿共よ、妾の糧となる栄誉を授けようぞ」


「ぐ、グラトニー……て、おとぎ話の?」


「くくく、御伽噺・・・とな! よもやそれほどまでの年月が流れようとは……だが、妾はよみがえった……!」


「やっぱり……グラトニーだったんだ……しかも吸血鬼って……」


「ざまあみさらせ、バカ猿共! 今から一匹残らず駆除するから、覚悟しとけよ! うはははははっ!」



 モニカの声が届いていないのか、グラトニーはひとりで高笑いを上げている。



「……どうする、モニカ?」


「いや、あんたがどうすんのよ。こうなる事はわかってたんでしょ?」


「まさか……! グラトニーが、こんな女の子だなんて思うわけないじゃない!」


「……じゃあ、仮にグラトニーがバケモノだったらどうするつもりだったの?」


「もちろん、ガレイトさんに退治をお願いしようとしてたんだけど……」


「あー……」


「体の大きい男性が小さな女の子を追い回すのって……その……」


「た、たしかに、ちょっとアブナイかも……」


「でも、だったら、どうする?」


「いや、平和的に解決するしかないでしょ。それこそギルドの仕事なんじゃないの? 迷子サービス的な」


「そんなんないわよ。モニカのツテとかないの?」


「ないよ、そんなの」


「でも、ガレイトさん引き取ってるし」


「ガレイトさんは迷子じゃないでしょ!? ……でも、うーん、特に害もなさそうだし、見た目もただの女の子だし、普通に帰ってもらえば?」


「まあ、それしかないよね……」



 モーセとモニカは再びグラトニーを見ると、生唾をごくりと飲み込んだ。



「ほほぅ? よほど妾を恐れていると見えるな、特にそこな娘二人。たしかに、まだ体が本調子でないとはいえ、妾に内包されておる規格外の魔力に恐れおの……」


「あの、グラトニー……さん?」



 モーセが話を遮るようにして、グラトニーに話しかけた。



「なんじゃ娘。今いいところなのに……」


「長い間眠っていたところ申し訳ないのですが、用が済んだら帰っていただけますか?」


「……む?」


「もしご家族の方がいらっしゃらないのでしたら、里親を探すことくらいならロハでやれますけど……それに、ただの女の子がこんなところで一人でいるのも危険ですし……」


「……うむ? いまなんつった娘」


「ああ、ごめんなさい。ロハっていうのは無料──」


「妾を小娘とそしったのか!?」


「え? いや、小娘とは一言も……あたしは女の子と……」


「同じじゃろ! ……が、我慢ならぬ! ていうか、最初に断りを入れておいたじゃろが! この姿は仮の姿じゃと!」


「でも、仮じゃない姿を知りませんし……それに今、現に女の子ですし……」


「本来の妾はナイスなバデーで、それはもう男どもがうじゃうじゃと蠅のように……いや、そういう話じゃのうて、妾が言いたいのは……なんで今現れたんじゃ!」


「え?」


「計画がもうパーじゃ! どうしてくれるんじゃ!?」


「いや、なんか声が聞こえたから、放置するのはマズいと思って調査を……」


「声……? いや、月の満ちる刻と言っていたじゃろ!」


「まあ、それまでには対処しようかなと」


「……っくぅ~! 堪え性のない阿呆め! これだから人間は……そもそも、あれ独り言じゃったんじゃが!? なに勝手に聞いてくれるんの!?」


「いや、どう聞いても誰かに語り掛けてるようにしか……」


「久しぶりに喋るから、人間どもの前で恥かかんよう、発声練習ついでに声を発してただけじゃ!」


「でも、それにしては重要な情報が多かった気が……」


「なんっなんじゃ小娘! さっきから揚げ足ばっかとりおって! こちとら年上ぞ!? なんでそんな簡単に口答えできるんじゃ! 恥を知れ! 恥を知ったうえで礼儀も知れ! オロカモノ!」


「で、でもそのおかげで、いまでは流ちょうに話されてますね。よかったですね」


「かっちーん……!?」



 グラトニーの瞼がぴくぴくと痙攣し始める。



「……はは、何? いま娘、妾のこと煽った?」


「え? べつにそういう意味じゃ……」


「いま絶対煽ったじゃろ、妾のこと! な~にが流ちょう・・・・じゃ! こちとら眠りにつく前はクールビューティ言われとったんじゃぞ!? 口数少なかったんじゃぞ!? それを貴様ら、臆面もなくツッコませおってからに……!」



 グラトニーが額に青筋を立てながら、ビシビシと三人を指さしていく。



「いや、なんであたしらまで……お嬢ちゃんを煽ってたのはモーセだけなんだけど……」


「はあ!? 裏切るの!?」


「裏切るも何も……実際その意図があったかどうかはわからないけど、あれは煽られてるって受け取られても仕方ないって」


「……まあ、実際ちょっと煽ったかもしれないけど……」


「やっぱ煽ってたんかい」


「──よい! わかった! もういい! もういいもん! 下手にでてたらよかったものの、貴様らは妾を怒らせた!」



 グラトニーがそう言うと、グラグラと地下道が振動し始めた。



「な、なに!? 地震?!」


「もう、かっぴかぴに干乾びるまで貴様らの精を吸い尽くしてやる! ……いいや、なんかもう、妾の血肉になるのもムカつく! もはや消し飛ばす! 覚悟せえよ、マジで!」



 グラトニーはそう言うと、両手のひらを前へ突き出した。

 ズズズ……!

 まるで渦潮のように、黒い液体のような物がグラトニーの手を中心に集まっていく。黒い液体はやがて一点に収束していくと、黒い球体に形を変容させた。

 いままで呑気に構えていたガレイトも、それを見た途端、モニカとモーセの前に立ちはだかる。



「な、なに……あれ?」



 モニカがガレイトの体から顔だけ出して、グラトニーの様子を窺う。



「くっくっく……! 見えるか、この黒い結晶が! これこそが妾の奥義、自身の放出した魔力を高密度に圧縮し、それをぶつけて細胞ごと塵にする魔法じゃ!」


「そ、そうなんだ……!」



 モニカが驚いたような、呆れたような声を出す。



「泣き喚き、謝ってももう遅い! 記念すべき復活後の犠牲者第一号、二号、三号は貴様らじゃ! 死ねぃ!」



 黒い球体はグラトニーの手から離れると、ガレイトたちめがけて一直線に飛んで行った。



「危ない! モニカさん、モーセさん! 俺の陰に!」



 ガレイトは右手で握りこぶしを作ると、まっすぐにその黒い球体を殴りつけた。

 球体はグラトニーの顔のすぐ横をかすめると、そのまま壁の中を際限なく掘り進み──消えた。

 グラトニーは口をキュッと一文字に結ぶと、恐る恐る背後を振り返り、出来た穴を見つめ──首を傾げた。



「あれ?」

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