第21話 元最強騎士と御伽噺の怪物


 ぴちょん……ぴちょん……。

 時折聞こえる水の滴る音。

 上下左右、四方を湿ったレンガに囲まれた、完全な闇が支配する地下道。

 その道の横幅は、モニカとモーセがギリギリ並んで歩けるくらいで、その縦幅はガレイトが少し腰を曲げながらでないと進めないくらいだった。

 ガレイトはそんな道を、モーセが持参していたロウソクを手で掴みながら・・・・・・・彼女の指示通りに進んでいた。



「──ガレイトさん熱くない? 大丈夫?」


「はい。問題ありません」



 先行するガレイトが、後ろを振り返ることなくモニカの問いに答える。

 モニカは一旦安心したようにほっと胸をなでおろすと、隣にいたモーセを見た。



「なんであんたロウソクだけ持ってきて、そのスタンドは持ってこなかったの」


「い、急いでたから……」



 モーセが申し訳なさそうに俯く。



「相変わらず、ドジは治ってないんだね……」


「う、うるさいな! ……でも、すみませんガレイトさん。代わりにロウソク持ってくれて……」


「いえいえ、。これくらいのこと、気にしないでください」


「……ていうか、そろそろ目的を教えてくれてもいいんじゃない?」


「そうね。……でも、さっきも言ったけど、これは誰にも言っちゃダメよ?」


「わかってるよ」


「……ブリギットちゃんにも言っちゃダメだからね」


「あんた、やけに勿体ぶるね」


「しょうがないわよ。今回の討伐対象が討伐対象なんだから」


「というか、本当に指定危険魔物がこんな……グランティの秘密の地下道ぽいところにいるの?」


「ええ。……というか、厳密に言うと指定危険魔物じゃないんだけど……」


「じゃあ何がいるのさ?」


「魔物というか、怪物というか……ところでモニカ、この街がどうして〝グランティ〟って名前か知ってる?」


「はあ? いきなり何さ?」


「いいから、これから話す怪物と関係してくるの」


「……べつに知らないけど」


「またまたぁ~、知ってるくせに」


「いや、本当に知らないんだけど……」


「え? マジで? だってあんた──」


「ていうか、なんでグランティなのか、とか考えたこともないし。興味もないしね」


「……まあいいわ。ガレイトさんは知ってますか?」


「いえ、すみません。……ここへは本当に、たまたま立ち寄っただけだったので……」


「モーセ、そういうのいいから、さっさと本題行きなよ、面倒くさい」


「ったく、堪え性がないわね。……いい? 〝グランティ〟はこの街の元々の名前じゃないの」


「元々の名前じゃない? なに? どういうこと?」


「あー……ごめん、言葉足らずだったね。……今はグランティって名前だけど、昔は違う名前だったって事」


「ああ、なるほど。でもべつに、そういうのって珍しくもないんじゃない?」


「まあね、ころころ地名が変わるところもあれば、ずっと同じ地名もある。問題は、その名前なの」


「名前……ねえ……」


「〝グラトニー〟って、聞いたことない?」


「……ある……ような無いような……」


「いやいや、ほら、おとぎ話に出てくる魔物の名前でしょ」


「ああ! 思い出した! 悪い事をすればグラトニーに食べられるよっていう……あれでしょ?」


「そう。そのグラトニー」


「おとぎ話……ですか?」



 ガレイトが歩を止めることなく、モニカに訊き返す。



「……あれ? ガレイトさん知らないの?」


「す、すみません。俺自身、あまり物語そういうのに触れずに生きてきたもので……」


「そう? まあ、かいつまんで話をすると──昔々、グラトニーっていう人の形をした、それはそれは綺麗な魔物がいたの。その魔物は村長に成り代わり、人間の男たちを誘惑して、自分の言いなりしたり、お腹が空いたら食べたりしてたんだって。それである日、村の様子がおかしいと報告を受けた王様が、村に勇者を派遣したの。けど、魔物はその勇者さえも誘惑して、一緒に国外から逃げようとしたんだけど、王様が怒って、結局勇者もろとも殺される──て感じのお話なんだけど……」


「まあ、ガレイトさんが知らないのも本来、無理はないんですけどね」


「あれ? そうなの?」


「そう。じつはね、その物語ってこの地域限定の口伝らしいのよ」


「グランティ限定の?」


「そう。だから、たまに外部の職員さんに聞かせても知らないの」


「へ~、そうだった……ん? ちょっと待って。もしかして、その話……」


「実話みたいなのよ」


「実話……みたい・・・? みたいって何?」


「確証はないんだけど、たぶんあのおとぎ話、実話なのよ」


「つまり、グラトニーって名前の魔物は存在したって事?」


「たぶんね」


「たぶんたぶんって……なんであたしらここにいるの?」


「それがね、響いた・・・のよ」


「響いた?」


「突然、こう……なんていうのかしら、いまあたしたちこうやって普通に話してるでしょ?」


「うん」


「口で言葉を発して、耳で聞いてるじゃない?」


「うん」


「けど、違うのよ」


「うん?」


「急に頭の中に言葉が響いてきたの」


「なんて?」


「『わらわはグラトニーである。長き眠りから解き放たれた今、月満ちる刻に貴様ら人間どもを根絶やしにしてくれるわ』って」



 モニカはその話を聞いた途端、眠たそうな表情になると、ガレイトの服の裾をつまんだ。



「も、モニカさん……?」


「帰ろう、ガレイトさん。からかわれてるよ、あたしたち」


「ちょちょちょ、ちょっと待ちなさいよ!」


「待たないっての」


「わかる! わかるよ? いきなりこんな話されたら誰だってそう思う。あたしもそう思う」


「だから帰る」


「待って!」


「なにさ」


「けど、そうじゃないでしょ。ここは親友の話を真に受けるところでしょ? 『まさか! あんたにも第六感が!?』……的な!」


「誰が親友だ。誰が」


「否定するとこそこ!? せめて話のほうを否定してなさいよ!」


「話を否定したうえで、親友であることも拒絶してるんだけど?」


「拒絶!?」


「……まあ、百歩譲って頭に声が響く云々はいいよ。あんただけに聞こえるのも、まあ、いいさ」


「いいんだ……」



 二人に聞こえないよう、ガレイトがぽつりとつぶやく。



「そういう魔法もあるって聞いたことあるしね。けど、長き眠りって何? グラトニーって、きちんと退治されたんでしょ? それでおとぎ話は終わってたよね?」


「そ、それは……その……」


「まあ、それはいいよ」


「いいんだ……」



 ガレイトがつぶやく。



「退治されたって言われてても、結局生きてたって話、結構あるからさ。でも、それおとぎ話・・・・だよ? 何百年前の話よ」


「そのはずなんだけど……」


「それはいいよ!」


「いいんだ……」


「魔物によっては、あたしたちとは比べ物にならないくらい長生きの魔物もいるって知ってるしね。……それで、なに?」


「え?」


「なに、ここ?」


「場所?」


「なんでいま、地下道みたいなところ通ってるの?」


「あの声が響いた時、地面の下から聞こえた感じがして……」


「耳で聞いてたわけじゃないのに?」


「う……!?」


「頭に響いてきたのに、声の方角がわかるの?」


「うぅ……だって、本当に、下から聞こえたんだもん……」



 度重なるモニカの詰問に対し、モーセはもはや、泣き出す寸前まで顔を歪めている。



「はぁ……あんたね、これでからかってないほうがおかしいって」


「だ、だから、それを見に行こうって、確かめに行こうって言ってるんでしょ……!」


「だから、そんなのに付き合ってる暇はないって言ってるの」


「付き合ってよ!」


「いや。明日も早いし、ガレイトさんだって疲れてる。だいいち、それが聞こえたのもあんただけなんでしょ? ……もしかしてあんた、あぶない薬に手ぇ出してるんじゃないだろうね?」


「出してない!」


「ならいいけど。んじゃ、後始末よろしく」


「……わかった」


「はいはい。じゃあ、あたしらは帰──」


「これで何もなかったら一年間あんたのところで三食たべる」


「はい?」


「明日から。それでいいでしょ?」


「いや、意味わかんないでしょ。なんでそういうことになるの」


「お願い! 満月になるのは明日だし……それに、あとちょっとで奥までたどり着くはずだから! この通り!」



 モーセはそう言うと、手をこすり合わせてモニカに懇願した。

 モニカは相変わらず、あきれたような表情で見ていたが──



「モニカさん、俺なら大丈夫です。どんなことがあってもお二人の安全は俺が保証するので。ですから、あとすこしだけ、モーセさんに付き合ってみてはどうでしょうか?」


「が、ガレイトさん……!」



 ガレイトの一言により、モーセの表情が明るくなる。



「いや、あたしが言いたいのはそう言うことじゃないんだけど──ま、ガレイトさんがそれでいいなら、あたしはこれ以上何も言えないけどさ」


「モニカ……!」


「じゃあほんと、これで何もなかったら、明日から一年間うちで食事だからね?」


「おっけー、おっけー」


「そんじゃ、あんたの気が済むまで先に進むとするかね……」



 こうして、一行は地下道の奥へと進むことになった。

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