第19話 元最強騎士とちゃっかり受付嬢


「──おはようございます、ガレイトさん!」



 早朝とはいっても、ここ数日のように夜が明けきらぬほど早い朝ではなく、通りにそれなりに人がいる時間帯。

 オステリカ・オスタリカ・フランチェスカの店の前で掃き掃除をしていたガレイトの前に、一人の女性がにこやかに話しかけた。ガレイトはその女性に気が付くと、掃除の手を止め、さわやかな笑みを返した。



「おはようございます。えーっと……あなたはギルドの受付の……」


「モーセ。モーセ・アンドレウです」


「ああ、モーセさん。失礼しました。……ご出勤ですか?」


「いえ、今日は休みなんです。ギルド」


「定休日ということですか?」


「ああ、いえ。ギルドは基本年中無休です。なので、今日はあたしの定休日、ということですね」


「なるほど、そうでしたか。では、お散歩中でしょうか?」


あたらずといえども遠からず、ですね。お散歩はそのついでです」


「ついで……?」


「はい。ガレイトさん、あなたにお話があって、こちらのほうまで伺わせていただきました」


「俺に用……ですか?」


「はい。……ああ、お時間はとらせません。ほんの数点、確認したいだけですので」


「は、はぁ……」


「……ところでガレイトさん、聞きましたよ」


「何がですか?」


「このレストランで働くことになったのですよね?」


「はい、おかげさまで。念願かなって、ダグザさんのお店で働けることになりました」


「ふふ、よかったですね。おめでとうございます」


「ありがとうございます」


「……それで、ですね。早速本題へと移らせていただきたいのですが、ガレイトさん、あなたは現在料理人としてギルドに所属していましたよね?」


「はい」


「ギルド所属の冒険者や料理人、あたしたちみたいな職員は、原則として他の組織や、営利目的で運営されている団体に所属できないのはご存じですか?」


「……え?」


「やはり、ご存じなかったようですね」


「す、すみません。てっきり、そういうのは自由なのかと」


「そうですね。たしかに〝原則〟とは名ばかりで、その実情は、ギルドに隠れて色々な仕事をしている冒険者や、料理人の方はたくさんいらっしゃいます」


「隠れてだなんて、そんな──」


「──ですが、規則は規則。二重就業は二重就業。職員やそれに準ずる者がその行為を発見し次第、罰として違約金を本人、またはその所属団体から、いくらかを徴収することになっているのですが……」


「ば、罰金……」



 モーセが蛇のような視線をガレイトに向けると、ガレイトはまるで蛙のように、脂汗を額から滲ませながら固まってしまった。



「さすがにこのレストランから罰金そんなのを徴収すれば、それこそレストランにとって大ダメージとなってしまいますよね?」


「おっしゃる通りで……」


「あたしはモニカとは腐れ縁ですので、このレストランの経営状況がどのようなものかも理解しています」


「俺も現状についてはそこそこ理解しているつもりですが……それを鑑みても、やはり罰金を徴収されるのは……」


「ええ。もちろん、あたしもそんな事はしたくありません」


「でしたら……」


「ただ、これは個人的な感情の問題ではなく、組織としての問題。それはそれ、これはこれ、というやつです。友人とはいえ、時には冷酷な判断を下さなければいけないのです。──が、特別に今回は、あたしの独断……こほん。特例・・として、その行為に恩赦を与えることができるのです」


「ほ、本当ですか!?」


「ええ、本当です」


「あ、ありがとうございます、モーセさん! なんとお礼を申し上げれば……」


「ただし!」


「へ?」


「ただし、です。その代わり、ガレイトさんにはある条件を呑んでもらいます。名目上とはいえ、〝恩赦〟なわけですから」


「……わかりました。俺に出来ることでしたらなんでも」


「そこまで構える必要もありません。ちなみに、その条件ですが──このままギルドに所属していてください」


「所属……ですか?」


「はい。当ギルドを……波浪輪悪ハローワークを辞めないでください」


「それだけですか……?」


「それと、もうひとつ。これからはギルドの依頼も受けてください」


「俺に依頼……? ということは、料──」


「料理ではありません」


「そうですか……」



 ガレイトはあからさまに肩を落としてシュンとなってしまった。



「受けていただきたいのは冒険者用の、主に魔物の討伐依頼ですね。此度の火山牛キャトルボルケイノ討伐のような感じです」


「で、ですが、モニカさんにはもう、あのような危険な魔物とは戦ってはいけないと……」


「危険? 火山牛がですか? まあ、たしかに一般的な冒険者にとっては脅威ですが……」


「は、はい。たしかあの魔物、指定危険魔物に登録されている恐ろしい魔物だったんですよね」


「いや、恐ろしいっていってもガレイトさんにとっては……」


「恐ろしいじゃないですか。溶岩のように燃え滾る体なんて」


「でも、素手で鷲掴みにしてたような……」


「いえいえ、そのようなことは。おそらく、あの時はミトンでもつけていたんだと思います」


「いや、ミトンつけてても普通は燃えるんだけど……」



 シラを切り続けるガレイトに対し、すこし語気を荒げるモーセ。



「それに、俺は図体が大きいだけで、とても魔物の討伐なんて……なので、小動物の狩りくらいでしたら……まあ、なんとか……」


「でも実際、火山牛を仕留めたのはガレイトさんなんですよね?」


「そ、そんな事はありません。今回はたまたま、あの魔物が道端で息絶えていたのを、俺が拾っただけですが──」


「ガレイト・ヴィントナーズ。三十五歳」


「え!?」


「ヴィルヘルム・ナイツ所属。同様に、前任で、歴代最強騎士と謳われていたエルロンド・オプティマスとの一騎打ちの末、難なくこれを撃破。第二十二代団長の座を奪い取る」


「ちょ、ちょっと……! 誰が聞いているかわからないんですよ……!」


「以降、数年に渡りヴィルヘルム国の守りを盤石なものにする。しかし、とある戦争中、小隊の陣頭指揮を執っていたが、突如行方不明になる。数日後、ふらりと国へ、戻ったあなたは突然そのまま団長の座を退いた」


「な、なぜ……そのようなことまで……?」


「ガレイト・マヨネーズ・・・・・はさすがにないですよ、ヴィントナーズ・・・・・・・さん」


「う……!?」


「出所不明の、ガレイトを名乗る大男を、ギルドがなんの調査もせず、名簿に『はいそうですか』と登録すると思いますか?」


「で、では……俺の情報はもう……?」


「はい。波浪輪悪内で極秘裏・・・にですが、共有されています。なにせ大国の要人……それも、超有名人ですし」


「ご、極秘情報を、こんな通りで話すなんて……!」


「まあ、あたしたちの会話を聞いてる人なんていませんよ。なんなら、もうすこし詳しく話してもよろしいのですが……」


「か、勘弁してください……!」


「なぜガレイトさんのようなお人が、身分を隠して料理人を志しているのかは知りませんが、あなたには火山牛なんて魔物、嚢中のうちゅうの物を探るが如く、でしょう? そんなのは危険とは呼びません。ただの駆除と呼ぶのです」


「ですが……」


「いいですか、ガレイトさん。よく考えてみてください。確かにモニカとの約束を守るのもいいですが、珍しい魔物を狩れば、それはそれで、今回の火山牛フェアのようにレストランが儲かるんですよ?」


「店が、儲かる……」


「儲かれば儲かるほど、忙しくなるほど、そのぶん料理の勉強もできると思いますし」


「それは……たしかにそうですけど……」


「大丈夫。指定危険魔物なんて、そんなホイホイ出てきませんし、その魔物の死体も要らなければこちらで回収します。討伐者の名前も明かしません。さらに報酬も別途支給させていただきます」


「み、魅力的な提案……ではありますが……」


「人々を脅かす魔物が消え、魔物の肉でレストランが潤い、ついでにガレイトさんも料理を勉強することができる! まさにウィンウィンな関係、破格の条件だと思いますが!」


「……わかりました。やりましょう」



 ガレイトは数秒ほど低く唸ると、渋々モーセの提案を承諾した。



「やったー!」



 モーセは嬉しそうにぴょんぴょんとガレイトの周りを跳ね回ると、やがて、がしっとガレイトの手を握った。



「交渉成立ですね! これからよろしくお願いします、ガレイトさん!」


「は、はぁ……よろしくお願いします……」


「では早速ですが、狩っていただきたい魔物……というよりも、確認しておきたい事柄がありまして」


「い、いきなりですか?」


「いきなりです!」


「……わかりました。ですが、時間は改めさせてください。まだ掃除も終わっていませんし」


「はい! そりゃ、いつでも! ガレイトさんのお好きな時間帯で結構ですよ!」


「ではそろそろ……」


「あ、それと、じつはもうひとつお願いがあって……」


「ま、まだあるんですか……!?」


「今回依頼する任務なのですが……あたしも連れて行ってください!」


「……え?」

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