第28話 元最強騎士とどうしようもない元部下


「──ズェはッ!?」



 奇怪な叫び声と共にベッドから跳ね起きたのはイルザード。


 オステリカ・オスタリカ・フランチェスカの裏口にて気絶したイルザードは、ガレイトに運ばれ、天井裏にあるブリギットのベッドにて寝かされていた。

 イルザードは掛けられていた布団を引きはがすと、すっくとなぜかベッドの上に立ち上がる。



「こ、ここは……!?」


「……目が覚めたか、イルザード」



 イルザードはベッドの隣で椅子に座っていたガレイトを見ると、パアッと顔を輝かせた。



「ガレイトさん! おはようございます!」


「馬鹿者。もう夕方だ」


「なんと! では、早めのこんばんはですね!」


「何を言っとるんだおまえは……。それよりもイルザード、なぜここに来た? 団はどうしたんだ?」


「矢継ぎ早ですね」


「まだ二つしか質問しとらんだろう。……というか、なんなんだ、その恰好は?」


「えへへ。似合いますか? ガレイトさん!」



 イルザードはベッドの上に立ったまま、くるりとその場で一回転してみせた。



「そういう話をしているのではない。なぜここにいるんだと訊いているんだ」


「観光です!」


「……観光?」



 ガレイトが眉を吊り上げながら訊き返す。



「はい!」


「ヴィルヘルムからここまで、相当の距離があるはずだが……」


「はい! ここに来るまで二週間ほどかかました!」


「……往復で一か月ほどか。そのようなまとまった休日など、団にはなかったはずだが……」


「有給休暇です!」


「う、嘘をつくな! そんな制度はなかっただろう」


「ガレイトさんが団を辞めた後にできました」


「なに? まさか、本当にそのような制度が……? ……いや、たしかに王なら……むしろエルロンド殿が提言した可能性も……」


「まあ、嘘ですが」


「き、貴様……!」


「というのもですね、不肖、このイルザード、団を辞めてきたのであります!」



 ベッドの上でビシッと、上から敬礼するイルザード。



「な、なに!? どういうことだ!」


「永久就職先を見つけたので」


「え、永久……?」



 ガレイトはほんの一瞬だけ眉をひそめたが、意味が理解できたのか、ギュッと結ばれていた口元を綻ばせた。



「……ああ、結婚のことか。そういえば、おまえもそのような歳だったな。喜ばしい事じゃないか」


「ありがとうございます! ありがとうございます!」



 ペコペコと大仰に何度も頭を下げるイルザード。



「だが一体、誰がおまえみたいな頭のイカレたやつを……?」


「ガレイトさんです」


「……は?」


「ガレイト・ヴィントナーズです」


「……俺か!?」


「はい!」


「〝はい〟じゃないだろ! 何をふざけた事を……」


「『イルザード、俺が団を辞めたら、おまえも俺について来い』とおっしゃっていましたが?」


「言ってないが」


「ええ!? じゃあ、このお腹の中の子はどうすればいいんですか!」



 イルザードがそう言って、自身のお腹をさする。



「知らん。そのような事実はない」


「あまい! あまいですね、ガレイトさん。じつはガレイトさんが眠っているときこっそりと……」


「な、なに!?」


「……まあ、何もしていないのですが」


「く、おまえと話していると頭がおかしくなりそうだ。もうヴィルヘルムに戻れ。仮にもおまえは隊長だろう。そのような身勝手は許されんぞ」


「ですが、ガレイトさんは団長でしたよね。私なんかよりも、ずっと責任のある立場だったと思うのですが?」


「そ、それは……そうだが……あまり、大きな声を出すな……!」


「なぜです?」


「俺は、ここではガレイト・ヴィントナーズではなく、ガレイト・マヨネーズとして振舞っているからだ」


「ぷ」



 イルザードがガレイトの顔を見ながら、噴き出す。




「よりにもよってマヨネーズって。ガレイトさん、もうちょっとマシな名前は考えつなかったのですか?」


「う、うるさい……! それに俺は、王の許しを得ただろう」


「私は許可していませんが?」


「おまえの許可が必要であってたまるか!」


「なので私も辞めます」


「だから、なぜそうなるのだ! ……そもそも、なぜここがわかったんだ。この場所は王しか知らないはずだが──」


「あ、それは、手紙を読ませていただきましたので!」



 イルザードは思い出したように言うと、自身の胸から手紙を取り出し、それをガレイトに見せた。



「どこにしまっているんだ、おまえは……」


「胸の谷間です。私、意外と大きいほうなので」


「臆せず言うな」


「はっはっは。ガレイトさん以外にはこんなこと言いませんとも!」


「はぁ……それにしても手紙か。たしかに王に宛てて何通かは書いたが……、王はそれをおまえにも見せたのか?」


「いえ! 王には、というか誰にもお見せしておりません!」


「は? どういうことだ」


「文字通り、私の胸の中にしまっておりました!」


「やかましい。……ということは貴様、まさかとは思うが、いままで王に宛てた手紙も、すべて勝手に回収したんじゃないだろうな?」


「まさか! 大事そうなのは、きちんと王にも渡してありますとも!」


「なぜおまえが、王よりも先に手紙に目を通しているんだ……!」


「なんてったって、私にも知る権利はありますからね!」


「貴様にそのような権利はない」


「ふっふっふ。しかし、その心配はもうありませんよ。なぜなら、これからは私も、ガレイトさんの隣で暮らしていくのですから!」



 ガレイトは苦しそうに頭を抱えると、やがて手元に視線を落としたまま口を開いた。



「……いいから帰れ。もう頭の腫れも引いただろう。帰りの旅費ぐらいなら出す」


「そうは言われましても、黙って団を出てきてしまったので……」


「……はあ?」


「なので、いまさら、どのツラ下げて団に戻っていいかわかりません」


「馬鹿者めが……! 場合によっては極刑もあり得るのだぞ!」


「まあ、そもそもガレイトさんのいないヴィルヘルム・ナイツなんて、なんの価値もありませんし。戻ってもまた訓練訓練でしょうし」


「貴様、その発言がどれほど危ういか理解したうえで言っているのか?」


「もちろんです。私、ガレイトさんにぞっこんですので」



 普段から言われていたのか、ガレイトはイルザードの直接的な告白を受けても、ただ嫌な顔を浮かべているだけだった。



「……ともかく、さきほどの不用意な発言、俺は一切聞かなかったことにする」


「あざす!」


「それに、今は戦争のような非常事態ではないから、無断で抜け出してもそれなりに理由があれば、お咎めは軽いものになると聞く」


「トイレ掃除一週間くらいですかね?」


「そこまで軽くはないと思う」


「えー……」


「俺からも、王に宛てた文を作成してやる。だから、ここで油を売っていないで、さっさと団に戻れ」


「いやです」


「〝いやです〟って……子どもか、おまえは」


「ヤー! です」



 イルザードはぷくーっと頬を膨らませると、ガレイトを睨みつけた。



「あのなぁ……」


「だって……だって、なんでガレイトさん、私に教えてくれなかったんですか。結婚したって」


「はあ? 結婚? いつ俺が結婚なんてしたんだ!?」


「……え? だって、厨房で楽しそうに糸電話でいちゃついたり、毎夜毎夜、猟奇的な性癖を美少女に向けて発散し、ハッスルしてるって……」


「……何を言っとるんだおまえは?」



 ──ガチャ。

 突然、部屋の扉が開き、そこから軽食を持ったモニカが現れた。モニカは部屋に入ると、イルザードを見て、一歩後退した。



「……な、なんでベッドの上に立ってるの?」


「こ、これは失礼した」



 指摘されたイルザードは、恥ずかしそうにベッドの上に正座した。



「ガレイトさん、こちらの女性は……?」


「……モニカさんだ。この街に来てから大変お世話になっている」


「なるほど。モニカ殿、さきほどはお見苦しいところを見せてしまい、大変失礼した」



 イルザードは先ほどとは打って変わって、きりっと眉毛を上げると、ゆっくりモニカに向かって頭を下げた。



「あー……えーっと、どうも……? ……なんか裏で会った時と全然雰囲気が違うような……ところで、ガレイトさんとはどういう関係で?」



 核心に迫る質問。

 ガレイトは素早くイルザードに目配せをすると、イルザードはそれに小さくうなずいてみせた。



「そうですね、愛人関係……と、申し上げればよいか」



 真剣な顔で言うイルザード。

 それ聞いたモニカが軽蔑するようにガレイトを見る。



「精神的な愛よりも、肉体的な愛を互いに追求しあった、謂わばセッ──あいたっ!?」



 ガレイトがイルザードの頭を平手打ちではたく。



「すみませんモニカさん。こいつはイルザード。俺が傭兵をやっているときに、よく面倒を見ていたやつでして……」


「そ、そうなんだ? じゃあ、ガレイトさんの後輩……みたいな感じなのかな?」


「はい」


「な、な~んだ。じゃあ、さっきの愛人とかも嘘なんだ?」


「は、ははは……そうなんです。こいつ、昔から冗談が好きで、いつも意味不明なことを言って皆を困らせるのが趣味の、困ったやつなんです」


「どうも、困ったやつだ。よろしく」



 イルザードはそう言うと、再びゆっくりと頭を下げた。

 モニカはこのノリについていけなくなったのか、ただ乾いた声で「ははは……」と笑っている。



「──ところでパパよ」



 突然、ベッドの下からグラトニーがぬるりと出てきた。



「なにやらヴィルヘルム・ナイツとか、ヴィントナーズとか聞こえたが、どういう事じゃ」

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