第27話 元最強騎士と元部下


「ああ、あああああああ、ああああああああ……!」



 オステリカ・オスタリカ・フランチェスカ裏口。

 イルザードは持ってきたカバンを踏み台に、そこにある小窓から厨房内を覗きながら、ぶるぶると震えていた。

 そして、そんなイルザードの視線の先──厨房内では、ブリギットが糸電話・・・を使いながら、ガレイトに調理の指示を出していた。



「──お客さん、何やってんの?」



 痙攣しながら奇声を発していたイルザードに、異変を察知してやってきたモニカが話しかける。

 ここ数日の客の減少により、モニカのすっかりガレイトと出会った当初に戻っていた。



「あああ……?」


「……なに?」


「ああ……」


「……だれ?」


「あぁあぁ……」


「何やってんの?」


「あぅあぅ」


「……あの、どうでもいいけどさ、そんなところで変なことされると、ただでさえ少ないお客さんが逃げていくんだけど」


「あああ……! あれあれ……!」



 モニカに尋ねられたイルザードは苦しそうに呻きながら、小窓を指さした。

 モニカは異様な雰囲気のイルザードに対し警戒を強めていたが、何度も何度も小窓を指さす熱意に心打たれた(?)のか、やがてモニカも靴を脱ぎ、イルザードと同じ様にカバンの上に立って、その小窓を見た。



「厨房になにかあるの? べつに変なものは何も見えないけど……」


「ああ、あああああ、あああああああああ! ふぉーーーーーーーーーー!!」


「ごめん、普通にしゃべれない?」


「あ、あれ……あれ、なにあれ? なに? なに?」


「なにって、うちの従業員だけど……」


「ナニ、シテマスカ、アノフタリ?」


「なんでカタコト……? ていうか、なんでそんなことまで教えなきゃ……」


「がれがれ、ガレイト……がれぽっぽ!」


「あ、もしかして、ガレイトさんの知り合いの人?」


「うんうんうんうん……!」



 イルザードは首が取れてしまいそうなほど、激しく何度も頷いてみせた。



「なるほどね。ガレイトさんが心配だったから見に来たんだ?」


「いえす!」


「それならだいじょうぶ。今、ブリがつきっきりで教えてるから」


「つ、つきっきり!? 朝も昼も夜も? 家でも?」


「え? うん。最近はお店を閉めて、夜遅くまでやってるよ。ふたりとも」


「お、遅く……まで……ってる!?」


「そう。この店はブリの家でもあるから、遅くなってもべつに危なくないし、なによりガレイトさんもいるし安全だからね」


「安全……安心……」


「だからたまに二人とも熱中しすぎて朝、あたしがお店に来る時までやってる時もあったね」


「あ、朝までチュンチュンコース!?」


「そう。一晩中やってたから、ニオイもすごくて……あの日は一日、掃除するだけで終わったっけなぁ……」



 思い出しているのか、遠い目をしながら呟くモニカ。

 しかし、それを聞いているイルザードの胸中は穏やかではなかった。



「はぁ、はぁ、はぁ……一晩中、店も汚すほどって、ぜ、絶倫だったんですか……! あの人!」


「絶倫……? まあ、最初はブリも気絶しっぱなしだったから心配してたけど……」


「き、気絶!? まさかそこまで激しく!?」


「うん。いまでは完全に馴染んでる……とまではいかないけど、それなりに平気になって来てるんじゃないかな」


「あ、あの体格差で……もう馴染んでるんですか……ガレイトさんのが!?」


「ああ、うん。けど、それなりに時間はかかったけどね」


「う……うう……うらやましい……」


「……ふふ、ていうか聞いてよ、ガレイトさんったら、最初この店に来た時、はっちゃけ過ぎて天井突き破っちゃったんだよ? ……あの人ってずっとああなの?」


「て、天井を!? ななな、なんてハードな……!」


「ハード……っちゃあ、ハードか……?」


「見た目は、あんなに可憐なお嬢さんなのに……そこまでアブノーマルを極めていたとは……私も突き破られたい……!」



 次第に呼吸が荒くなっていくイルザード。



「しかも頭で」


「頭で!?」


「あ、う、うん……そこまでびっくりするかな……いや、びっくりするか……」


「む……こほん。すまない、取り乱した」


「あ、ああ、ううん……だいじょうぶ」


「しかし、やはりそれは、痛ましいな。心中お察しする。今でこそ笑っておられるが、相当つらかったのだろうな」


「い、痛ましい……? まあ、痛ましいっちゃ痛ましい……か?」


「それで、今はもう治ったんですか?」


「今はもうばっちり。ガレイトさんがあっちこっちに開けた穴は全部修復済みだよ」


「あ゛──ッ!?」



 肺の中の空気を全て吐きつくす程の、声にならない奇声。



「え? え? なに? どうしたの!?」


「あああああ……ああああああああああああああああっちこっち!?」


「う、うん……」


「それは、ハードというか、もはや猟奇的性癖の域……!」


「せ、性癖!?」


「ガレイトさんにそのような隠された性癖があったのとは……そして、それを受け止めてくれる度量を持つ少女もいたなんて……! 私もぐちゃぐちゃにされたい!」


「えっと、ごめん、さっきからなんの話?」


「へぁ? ナニをナニして、ナニしまくる話では?」


「何?」



 二人はようやく、自分たちの会話が一切かみ合ってなかった事に気が付いたのか、お互いの顔をじっと見たまま固まってしまった。



「──パパ!」



 そんな中、厨房内にグラトニーの声が響く。

 イルザードは首をぐるんと回転させると、その声のほうを見た。

 厨房内ではグラトニーが、まるで本物の娘のように、ガレイトの足にしがみついていた。



「ぱッ!? ぱぱぱぱぱぱぱぱぱ……パン!?」


「パパね」


「ファザー!? 父!? ガレイトさんが……こ、子持ち……? 子持ちししゃも!?」


「ししゃも?」


「あ、あれは……あの一粒種は……?」


「あー……あれは、なんというか……」



 イルザードに尋ねられ、モニカは苦虫を噛み潰したような顔をする。



「……あ、あたしからは、ちょっと言えないかな……本人から聞けば? もうすぐお昼休みだし、その時に──」


「や、やっぱり、あの子との間に出来た子ども……あ、あのガレイトさんが……所帯持ちで、毎晩ハッスルハッスル……」


「はっする?」


「う、うーん……」



 要領をオーバーしたのか、イルザードの脳天が突然ショートしたように爆発する。

 ──ゴチーン!!

 イルザードはそのまま目を回すと、受け身を取ることなく、地面に後頭部を強く打ち付けた。



「え? ちょ、なんで頭から……! 大丈夫!? すごい音したよ!?」



 モニカはカバンから飛び降りると、急いでイルザードの元へ近寄った。

 ここで異変に気が付いたのか、ガレイトも厨房から出てくる。



「だ、大丈夫ですかモニカさん、外からすごい音が……」


「あ、ガレイトさん! なんか、ガレイトさんの知り合いの人が来て、それで……」


「知り合い……ですか?」



 ガレイトの表情が一層険しくなる。

 ガレイトは警戒しながらモニカに近づいていくと、イルザードの顔を見た途端、目を大きく見開いた。



「イルザード!?」


「あ、本当に知り合いだったんだ……」


「し、知り合いというか……な、なぜ、こいつがここにいるんですか……?」


「なぜって言われても……ここで誰かが奇声を発してて、見に来たらこの人がいて、だからあたしも何が何だか……」


「き、奇声を……」


「それよりも、どうしよう? 頭打っちゃって、それもかなり強く……」


「……頑丈なやつですので、このまま放っておいても問題なく起き上がってくると思いますよ」


「いや、さすがにそういうわけにはいかないでしょ。……ブリの部屋に運び込むから、そっと運んでくれる?」


「……わかりました」



 ガレイトは渋々承諾すると、気を失っていたイルザードをそっと抱え上げた。

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