第4話 元最強騎士の決意


 ──ガシャガシャ!

 ぐぁつぐぁつぐぁつ!

 ダグザの提供した料理を鯨のように飲み込んでいくガレイト。

 作っては消え、作っては消え……。

 やがて、ルビィタイガーは、骨だけになって地面の上を転がっていた。

 ダグザは料理を作る手を止めると、そのまま両手を掲げる。



「降参降参。もう出せるモンがねえよ」


「むぐ……」



 ゴクン。

 ガレイトは、口の中にある食べ物を一旦全て飲み込むと、改めてダグザに向き直った。



「ありがとうございます、ダグザさん」



 そう言って、深く頭を下げるガレイト。



「あなたのお陰でこのガレイト、一命を取り留める事ができました。それにこんな美味い料理まで……この礼は必ず──」


「いやいや、礼にゃ及ばんさ。それに、どう考えてもにいちゃんがしぶとかったから助かっただけだ。普通ならルビィタイガーの爪なんて、舐めただけで昇天モンだぜ? それを一週間も持ちこたえるって……へっ、バケモンかよ」



 ダグザはそう言って、と楽しそうに笑った。



「は、はい……胃や腸は昔から弱かったのですが、体だけは丈夫でしたので……」


「どういう理屈だよ、それ」


「さあ……」


「……それにしたって、なんでルビィタイガーの、それも手なんか食べようとしたんだ? 食うにしたって、普通は胴体とかからだろ」


「いえ、その……前に一度、ルビィタイガーの前足には滋養強壮の作用がある、と本で読んで覚えていたので……まさか毒があったとは、思いもよりませんでした。国へ帰ったら、あの図書は削除しなければいけませんね」


「いいや、たしかにルビィタイガーの手には滋養強壮の作用はあるぜ」


「え? でも、俺が食べたら腹を……」


「馬鹿野郎。そりゃ生で食ったからだ。普通は数種類の生薬や香草をブレンドしたスープで煮込んで食うんだよ。手の毒がうまい具合に加熱処理され、それらと合わさることで栄養価の高い薬膳になるんだ」


「ほぅ……」


「実際、ルビィタイガーの手は市場でも高値で取引されている」


「なるほど、それででしたか……得心がいきました」


「へへ、それにしても生では食わねえだろ、生では」


「申し訳ない……なにせ、腹が減って腹が減って……」


「んで……あれだろ? にいちゃん軍人だろ?」


「あ、はい。わかりますか」


「そりゃあな。そんだけ図体がデカけりゃ、日常生活じゃ持て余しちまうってわけだ。満足に料理なんかも作ったことねえんだろ?」


「は、はい……」


「しかも、さっきの食べっぷりを見てると、今まで大したもん食った事ないんだろ?」


「な、なぜ、それを……?」



 ダグザの言う通り、ガレイトは今まで俗にいう〝レーション〟のような、無味乾燥な物しか口にしたことがなかった。

 ガレイトにとって食べる事とはつまり、ただ燃料を補給することと同義。

 そこに美味い・・・不味い・・・というモノはない。

 だが、この時のガレイトにとって、ダグザの拵えた料理はまさに、天上へ上るほどのものだった。



「なぜってそりゃ、いま儂の手元にゃ気の利いた調味料なんてねえからな。そこまで美味くないモンを、あんなに美味そうに食ってたって事は、つまりそういう事なんだろうなって」


「あ、あれが、そこまで美味くない……?」


「まあな。急ごしらえで食べれるようにはしたが、あれじゃあ金はとれねえ」


「金……あの、失礼ですが、ダグザさんはやはり、料理人をやっておられるのでしょうか?」


「おう。元な、元」


「元ですか。ということはもう……?」


「ああ、生涯現役を謳っちゃいるが、一か所に留まって料理作るってのに飽きちまってよ。半分引退だ。……故郷に店があるんだが、それももうに押し付けてきた」


「お孫さんですか」


「いまは……まあ、あっちこっち、気になったところを放浪……てほどカッコイイもんじゃないが、とにかくブラブラ楽しくやってる。ロクなジジイじゃねえが、たまにこっちで稼いだ分の金や、面白い食材も送り付けてやってるから、まあトントンだろ」



 ダグザはそう言うと、ニヤリと口角をあげた。



「そうでしたか。ということは、ダグザさんがお孫さんが、いまはその店の料理長であると」


「そういうこったな。まあ、まだそいつにも色々と問題はあるが、あれはあれで勘と、なによりセンスがいい。……ま、俺ほどじゃねえが、それでもそこら辺の料理人なんかじゃ束ンなっても敵いっこねえな」


「ご自慢のお孫さんなのですね」



 嬉しそうに孫のことを話すダグザに、ガレイトもつられて気をよくしたのか、ガレイトも笑みを浮かべながら相槌を打った。



「まぁな。……それよりも、儂のことは話してやったんだから、次はにいちゃんが話してくれや」


「お、俺、ですか?」


「おいおい、まさか、命の恩人の頼みを無碍にする気か? 冷たいねえ……」


「いえ、そういうわけでは……」


「何も、軍人らしく、国の機密を話してくれって言ってるわけじゃねえんだ。にいちゃんの……こんなところで行き倒れていた人間の、身の上話が知りてえだけだよ」


「身の上話……」


「なんだよ。そんなに話したくねえってか?」


「あ、いえ、なんというか、話すことについては全然構わないのですが、そんなに面白いものでもないですよ」


「いんだよ、儂が聞きたいだけなんだから」


「で、では……」



 ガレイトは前置きをすると、こほんとひとつ咳ばらいをした。



「お恥ずかしい話ですが、ダグザさんの言う通り、俺は昔からずっと剣ばかり握っていました……」



 ガレイトはそう言うと、恥ずかしそうに頬を赤らめて頭を掻いた。



「なるほどな。だから、あまり食に興味はない、と。でもあれだろ? 母ちゃんや父ちゃんなんかは、飯とか作ってくれなかったのか?」


「ああ、いえ、俺には両親とか、そういった気の利いた存在・・・・・・・なんていませんでしたから。生まれて、物心ついた時にはもう、いろいろして、気づいたら騎士になっていました」


「ほう……、なるほど。にいちゃんは軍人は軍人でも、騎士だったのか。道理で体がデケェわけだ。……でも、騎士って家柄とか大事なんじゃなかったか? 言い方は悪いが、にいちゃんは天涯孤独なわけだろ?」


「それは王が拾ってくださって……」


「なるほどねえ。……て、待てよ。王直属で、このあたりの国の騎士ってことは、あんたもしかして、ヴィルヘルム・ナイツの騎士なんじゃないのか?」


「はい」



 ガレイトが頷くと、ダグザは一際目を大きくした。



「ほー……! そんじゃ、エリートってやつだな、にいちゃんは。ただモンじゃねえとは思ってはいたが、まさかヴィルヘルム・ナイツのねぇ……」


「ご存じだったんですか?」


「ご存じも何も、ヴィルヘルム・ナイツは世界一有名な騎士団だろ。それに、国外からの志願者も後を絶たないっていうじゃねえか。採用試験での競争率が激しいとかいう話も」


「それは……初耳でした」


「なんでえ。やっぱり嘘だったのか」


「いえ、志願者は基本、全員入団できているので、採用試験というのは聞いたことありません」


「……いやいや、それ大丈夫なのかよ」


「まあ、訓練が厳しいので、毎年半分以上は辞めていくのですが……」


「ははあ、なるほど、そういうシステムか。来るもの拒まず、去る者は追わずってか」


「はい。……その中でもとりわけ、ヴィルヘルムは飯がまずいと有名ですので……」


「へえ? でっかい国なのにねえ?」


「いえ、何と言いますか……基本的に、見習い期間中は大した賃金が発生しないので、訓練所近くに併設されている無料で開放されている食堂で食事を済ませるのですが、これがどうやらものすごく不味いみたい・・・で……」


「みたい?」


「ああ、はい。俺はさっき言ったように、べつに食べ物にこだわりとかないので、気にはしないんですけど、他の団員は食堂そこを利用しないんです。ヴィルヘルムの人間ですらまずいと評判の食堂なので、訓練所の外のレストランに行くか、自分で弁当を作ってくるか……だから食堂を利用しているのは、俺や訓練兵だけ、というわけなんです」


「へえ……、そうやって、どんどんふるいにかけられていくってわけか」


「はい。ですので、現在のヴィルヘルム・ナイツの騎士はほとんどがヴィルヘルム出身の騎士で構成されているんです」


「へへ、つまり、世界最強のメシマズ・・・・騎士団ってわけか」



 ダグザが楽しそうに笑うと、ガレイトもすこし恥ずかしそうに笑った。



「……いやあ、笑った笑った。おっと、笑ったらまずかったか?」


「いえ、事実ですので。それに俺自身、さきほどダグザさんの料理を食べて、色々と考えることがありましたし」


「そうか。……ま、とにかく、話は戻るが、にいちゃんの生き方も悪かねえけど、料理っつーもんは……つまるところ〝食べる〟って行為は、生きる事と同義だ。最低限の知識だけでも、入れておくだけで、少しは長生きできるんだぜ」


「最低限の、知識……ですか」


「ああ。それと……これは、まあ知識っつーよりも常識だが、よく知らんモンは食うな」


「そ、そうですよね、すみません」



 ガレイトは手元の食器に視線を落とすと、意を決したようにダグザを見た。



「……ところでダグザさん」


「なんだ?」


「あのルビィタイガーの肉や野菜の入ったドロドロしたスープは何というんですか?」


「ん? ああ、あれはシチューといってだな……て、もしかしてにいちゃん、料理に興味でも湧いてきたか?」


「は、はい!」


「おーし、なら、最低限のことは教えてやる。まずは──」



 ──これが、ガレイトとダグザの出会いである。

 戦後、ガレイトは国王の許しを得ると、そのまま騎士を止め、料理人となることを決意したのであった。

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