第5話 元最強騎士、終了のお知らせ


「──む。もう朝か」



 東の空から差し込んできた光が、立ったまま眠っていたガレイトの顔を照らす。

 ガレイトはいったん背伸びすると、周りを見渡し、ある違和感・・・に気が付いた。



「……どういうことだ? 俺は一晩中ここにいたのに、ブリギットさんはまだ出てきていないのか?」



 ガレイトの顔の影が次第に濃くなっていく。

 ガレイトは突然顔を上げると、微かに震える口を開いた。



「──はッ!? もしかして、強盗……? たしかに俺は昨日、晩御飯を食べた後すぐこの場所に来て、立っていたわけじゃない。花も買ったし、風呂にも入った。……そうだ、空白の時間はたしかに存在していた。だとすれば、ブリギットさんが危ないのでは……?!」



 今まさに、オステリカ・オスタリカ・フランチェスカへ駆け込もうとしたところで、足を止める。



「いや、待て。落ち着くんだ。仮に何かあったとして、こんな男が客としてではなく、許可もなしに人様の店に侵入するのはいかがなものだろうか」



 ガレイトは振り上げた足を、ひとまず落ち着かせた。



「……まず間違いなく、この街の憲兵か、それに準ずる組織に通報されてしまうだろう」



 ガレイトは逸る心を諫めると、冷静に思考しはじめた。



「ふむ、そうだ。もしかしすると、ここはレストラン兼、ブリギットさんの住宅にもなっているかもしれない。そう考えれば、一晩中出てこないのも自然じゃないか」



 得心がいったのか、ガレイトは腰に手を当て、うんうんと頷く。



「はっはっは。まったく何を考えているんだ、俺というやつは。強盗だなんて……まあ、ともかく、ブリギットさんが無事ならそれで──」


「──ぴぎゃあああああああああああああああああああああああああ!?」



 突如、耳をつんざくほどの悲鳴が響き渡る。

 ドガン!

 それを聞くや否や、ガレイトは裏口の扉を蹴り破り、レストラン内へ侵入した。



「ブリギットさん!?」



 野太い声がレストランに響く。

 しかし、返事はない。

 ガレイトはすぐさま、一階のホールと厨房を見回った。が、誰もいないのを確認すると、建物の二階へと上がっていった。

 バスルーム。

 客間。

 バルコニー。

 順に探していったが、誰一人として見当たらない。



「おぎゃあああああああああああ!! いやああああああああ!!」



 再び叫び声が聞こえてくる。

 しかも、今度はかなり近くなっている。



「この声は……天井から……!? なぜ天井から声が聞こえてくるんだ?!」



 首を傾げるガレイト。



「……は! もしかして強盗のヤツ、ブリギットさんを天井に押し込め、監禁しようとしているのか!? クソ、そうはさせん!」



 ガレイトはその場で膝を曲げると──



「──とうッ!!」



 ズボ。

 勢いよく真上へ跳躍し、頭ごと天井を突き破った。

 しかし、体だけ抜け出すことが出来ず──



「ブリギットさん!!」



 ガレイトは天井裏の床に、頭だけを出している状態になった。

 そんなガレイトを、見つめる少女・・が一人。

 年の頃は十代後半。

 白く透き通るような肌に、晴天の雪原を思わせるような銀髪、そしてピンと尖がった耳。

 その少女は、もこもことした寝間着と、七色のナイトキャップをかぶり、鳩が豆鉄砲を食ったような顔でガレイトの顔を見ていた。



「……む? 女の子がひとり……強盗は……?」



 ガレイトはそう言いながら、器用に床下の体や腕を使って、少女の部屋を見回した。



「お……」



 やがて、ひとり固まっていた少女がおもむろに口を開いた。



「お?」


「おンぎゃあああああああああああああああ!?」


「な──!? ど、どうしました!? エルフ・・・のお嬢さん!?」


「なまなま……生首!? 生首が現れて、しゃべ──!?」


「生栗……?」


「生首!」


「生クリーム?」


「生首ィ!!」


「なんと……!? 生首が……!? おーい! 無事か! ブリギットさん! 返事をしてくれ!」


「え、はい」


「……くッ、なんということだ! 俺がいながら、こんな事になってしまうなんて……! ダグザさんに合わせる顔が……ん? ブリギットさん?」


「な、なんで、生首さんが……私の名前を……?」


私の名前・・・・? ということは……おお、もしかして、あなたがブリギットさんですか!?」



 パァッと表情が明るくなるガレイト。

 しかし、ブリギットは今にも泣きだしそうになっている。



「……なぜ黙って……あっ! 生首って、俺の事か!」


「じ、自覚のない、生首……」


「も、申し訳ない。なにぶん急いでいたもので……うん? あれ?」



 ガレイトがそこから抜け出そうと、腕を使って押したり引いたりしている。



「す、すみません。思いのほか深く刺さってしまったようで……すこし力を入れないと抜けないようです」


「は、はぁ……突き刺さる……ということは、生首ではない……?」


「あの、ブリジットさん」


「は、はひ……なんでしょう……」



 ブリギットは相変わらずおびえたような眼をガレイトに向けたまま、返事をした。



「床の……いや、これは天井か? と、とにかく、修繕費は必ず出しますので、一旦、そちらの部屋にお邪魔させていただくことは可能ですか?」


「え? あ、はい。どうぞお構いなく? あ、そうだ、お茶……お茶、要りますか? お客様にはお茶、出さないと……」



 ブリギットは混乱している。



「いえ、茶は結構です。──では、失礼して……」



 ガレイトは一旦そう断ると──



「ふん!」



 景気のいい掛け声とともに、ガレイトが屋根裏部屋に躍り出る。

 その際、部屋にガレイトの身幅大の穴が開いた。



「し、しまった……こんなにも大きな穴が……! これだと普通に下へ降りたほうがよかったか。いや、でも無理に引き抜くと、天井そのものが崩落してくる危険性もあったし、そもそも──」



 じぃ。

 ブリギットが無言でガレイトを見上げる。

 ガレイトもそれに気づいたのか、呟くのを止め、改めてブリギットと向き合った。



「あ、そうでした。初めまして。俺の名はガレイト。ダグザさんの知り合いで……」


「ひ、ひょえええええええ……」


「魚影?」


「きょ、巨人……!? 巨人の人攫い!」


「ひ、人攫い? どこにですか!? ……て、俺のこと──」


「ううー……ん……」



 ぶくぶくぶく……。

 ブリギットは目を回し、口から泡を吹きながら──



「──おっと、危ない」



 倒れる直前で、ガレイトがブリギットの体を支えた。



「たしかモニカさん、大男は苦手だと……なるほど、こういうことか。俺はなんてことを……」



 そう言ってため息をつくガレイト。



「しかし、なぜいきなり、ブリギットさんは悲鳴を──」



 カサカサ。

 ガレイトの足元で黒光りするGヤツが這いずり回る。

 それを見たガレイトは、ブリギットを支えたまま、即座に足で踏み潰した。



「なるほど。最初の悲鳴の正体はこいつだったか。……それにしても、まさかブリギットさんがエルフだったとは……だが、ダグザさんはたしか普通の人間で──」



 バァン!

 勢いよく開かれる部屋の扉。

 そこから元気よく現れたのはモニカだった。



「ブリー! おっはよー! 朝だ……ぞ……?」



 満面の笑みを浮かべていたモニカだったが、その顔は次第に暗く曇っていく。



「な、なに……やってんの……?」


「え? あ、モニカさん! や、こ、これは! その……違うんです! 別に変なことをしているわけじゃ……!」



 こうしてガレイトは無事、牢屋に入れられたのであった。

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