むっつめ

一歩、一歩。

足を踏み出し道を進む。地面を踏めばその度にジャリと小さな音が鳴り、確かに進んでいるのだと知覚させる。

その音に導かれるまま足を進める。

一歩、また一歩。

歩き始めた場所から幾度足を踏み出したのか、幾度前へと進んだのか。覚えていない。あの場所からどれだけ離れたのか。検討さえつかない。

ただ、振り返ることも無く、けれど置いていきもせず、前を飛ぶ白鴉の背を追い足を踏み出し続ける。

白鴉が電柱の上へと止まった。大きな白い体が闇に映え、そこへ向かえばいいのだと伝えてくる。男はまた一歩足を踏み出す。

男が其れを目印に前に前へ進んでいくのと対称に、白鴉は一度として男を振り返りはしなかった。まるで男が着いてきていることなど気づいてもいないとばかりに歩き、飛び。けれど時折止まっては羽を休めるように身を丸め、時に白い羽を嘴で整える。そうして男が近づいてきたころにまたばさと大きな羽音を立て闇へと翔く。

着いてくるのを待っているのか、或いはただ、彼は彼の目的の場所へと飛んでいるだけなのか。

男には分からなかった。

──本当にこれでいいのか。

男の胸の底、思考の片隅。見ないようにしていたその影にしまっていた考えが疼き出す。

戸愚呂を巻いていた蛇がゆっくりと身を擡げるように、じわじわとその考えは男の胸の内を、思考を絡めとる。

本当にこれであっているのか?此奴について行けば辿り着けるのか?そもそも此奴はなぜ俺の目の前を飛んでいく。いや、そもそも何故俺は此奴を追い掛けている?

身を起こした大蛇が男の脳に巻き付く。表面を覆うようにぐるぐると、身を絡め、思考を妨げて。

「……」

男の足が止まる。

歩き続け荒くなっていた呼吸が、鼓動が、枷のように足に絡み付く。動き続けていた二本の足は地面に次第に縫い付いていくように、否、地面から伸びた蔓に絡みつかれていくように熱を持ち、固くなる。

ふいに、いつの間にか男の歩む道の先へ降り立っていた白鴉が男を振り返った。

じっと、男の顔を、瞳を見詰める。

黒い丸い瞳。浅いようで、酷く底までも見えないようで。

男は呼吸を忘れる。己の鼓動の音を。疲れ切った足の痺れが脳にまで広がっていく気がした。

白鴉は男から視線を逸らし道の先へ視線を向け、歩き出す。

一歩一歩地面を踏みしめ数歩。それからもう一度羽ばたき、白鴉は空へと舞った。

男は弾かれたように地を蹴る。

それは最早、条件反射のようなものだった。

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