いつつめ

「話をしよう。ああ、難しい話じゃない。ただの例え話だよ。僕も難しい話は好きじゃあないんだ」

目の前。椅子に座った少年がころころと喉を鳴らし笑う。丸々とした喉仏はあれど声は未だ低くはなりきらず、そのアンバランスが妙に気を引いた。

ひらりと少年が手を持ち上げ、それに釣られ広い袖がふわりと舞う。白く細い、未だ節のない滑らかな指が赤い唇に添えられて。

「君は、鳥だ。まだ小さな可愛い小鳥。親鳥に餌をもらって生きてきた。君には兄弟がいる。そうだな、何羽にしよう。二羽でいいか。君は弟鳥。いつからそうだったかって?フフ。気がついたらそうだったんだ。親鳥がそういったのかもしれない。卵の殻を破った順番がそうだったのかもしれない。君が勝手にそう思ってるだけかもしれない。でも、君は弟鳥なんだ。少なくとも君は、そう思ってる」

何も問いを投げて居ないというのに少年はまるで問いが聞こえたのだとばかりに言葉を口にする。一人舞台の上で楽しげにポールダンスでも踊ってみせる幼げな、同時に痛々しささえ感じさせる舞台。

その唯一の観客である男には、少年の言葉を新鮮味を持ち逐一反応を返し聞くことなあまりにも難しかった。

「それで、ある時君のママが、あー、パパかもしれないけど、とりあえずママが巣を飛び立ったんだ。君と兄鳥はママがまた帰ってきてくれるのを待つことにした。だって君達はまだ羽を広げたことがないから。君達は自分が飛べることを知らなかったんだ。鳥なのに。でもママは中々帰ってこない。君達はお腹が空いた。先に動き出したのは兄鳥だ。君じゃない。どうしてかって?フフ。そりゃ勿論、君が弟鳥だからだ」

くるりくるりと動き回りながら話す少年には落ち着きの欠片もない。心底楽しげに話を続けた少年はずい、と男の方へ顔を突き出しここが一番の盛り上がりどころだとばかりに赤い唇を艶めかしく煌めく舌でなぞった。

「──君の兄は、巣の縁に立って巣の縁を蹴って飛び立った。バサ、バサって羽を動かして、不格好だったかもしれない。それとも完璧だったのかもしれない。とりあえず、君のママの所まで飛んで行ったんだ。君のママは君の兄に餌をあげる。よく出来ましたって褒めながら。君は巣からそれを見てるんだ。少しずつ巣の縁へにじり寄って、でも飛び立つ勇気は出なくて、でも餌は欲しくて、ママに褒められたくて…」

少年が瞼を閉ざす。

大きなくりくりとよく動いていた黒目がちな瞳を血管の浮くほど白く薄い瞼が覆う。その白さがまた長く、くるりと上へ持ち上がる睫毛の黒さを際立たせる。

「君は、飛び立った。兄を真似てバサ、バサって羽を動かして。でもね、君は辿り着けなかったんだ。君は地面に落ちた。君は失敗して、でも君はママを見上げた。助けて欲しかったんだ。だってこの世界で助けてくれるのはママだけだから。でも、ママは兄を褒めるのに忙しい。フフ。フフフ。君はね、見捨てられちゃったんだ」

心底愉しそうに、少年は笑う。

その笑みを不快に思う心さえ男は既に失っていた。反応を示さない男の周りを少年は一度、男の体に手を這わせながら回り顔を覗き込んだ。

「君が弟だから?…フフ。違うよ。君が上手く出来なかったからだ。失敗したから。フフフ。残酷だと思うかな?不公平だと思うかな?そんな世界じゃ心が砕けちゃうかな?生きていけない?フフ。僕はこっちの世界の方が好きだよ。単純で、分かりやすくって」

でもね。と、少年は言葉を紡ぎ男の傍を離れる。

「僕達は鳥じゃない」

一言。

その言葉を残して少年はパンと爆ぜ消えた。

少年のいた場所に残るのは白い、粉末の舞。男は無意識にそれに手を伸ばし、空気へと消えて行くそれに触れては何も付着しなかった指を擦り合わせた。

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