第43話 クールなアプリは世界を救う

 クールなアプリを設計する。


 サンダースは目標を掲げたものの、どちらかというとBtoBの技術者の世界で生きてきた彼にとっては経験の薄い分野だった。

 なので、どうしても設計に「機能が十分であれば余計なアニメーションやデザインは不要だ」という感覚がある。


 とりあえずでデザインしてみたユーザーインターフェースは、どう見てもイケてなかった。


「どうもうまく行かないなあ…」


 困ったときはユーザーの意見を聞くに限る。


 サンダースはテスターのジョージ君が勧めてくれたFPSゲームの幾つかを購入し、プレイしてみることにした。


「あら珍しい。あなたがゲームをするなんて」


 自宅のモニターでゲームを始めたところ、妻が声をかけてきた。

 たしかに結婚してからは自宅モニターでゲームをしていなかった。

 妻はあまりゲームを好まないので、サンダースも自然とゲームの習慣からは離れていた。


「高校生の子が、ぜひ格好いいアプリを作ってくれ、と言うものでね。研究中だよ」


「ふうん…これって、どういう話なの?」


「そうだなあ…」


 仕事に関心を持ったらしい妻に問われて、サンダースは答えに詰まった。


 そもそもゲームを始めたのはユーザーインターフェースデザインの研究のためで、無駄に壮大で長いオープニングムービーは飛ばしていた。


「たぶん、アメリカ軍が世界平和のために戦う話」


 なので、雑にまとめて答えた。

 現代戦FPSなので、だいたい合っているはずだ。


「あら。でも、それって主人公の兵隊さんが銃を撃って実現できるものなの?」


 最近は平和運動にも関心の高い妻は、難しいことを言う。


 戦争の原因。世界の危機の原因。

 その解決は国家や政府をもってしても容易ではない。


 それが現実であれば。


「できるさ。少なくとも、FPSゲームの世界ではそういうことになっている。全ての、とはいかないが、ほとんどの問題は素早く正確なエイムとヘッドショットを決めれば解決できる」


「世界の危機が銃で頭を吹き飛ばせば解決できるの?」


 ゲームのロマンを解さない妻は、FPSゲームの根本的な弱点――銃で問題を解決――を指摘する。


「できる。たいていの危機は大量破壊兵器によるテロを企む独裁者の仕業、ということになっているからね。ビン・ラディンをヘッドショットすればテロは防げる」


 テロとの戦いは、依然としてFPSゲームで人気あるテーマのコンテンツだ。


「格差の是正や富の偏在も解決できるの?」


「たぶん…ウォール街あたりの誰かの頭を吹き飛ばせば何とかなる…というシナリオを作るんじゃないかな…」


 やや自信なさげにサンダースは答えた。

 そういうゲームがあっても投資家には好まれないし、人気は出ないかもしれない。


「中国の人権危機も解決できる?」


「…それは難しいね。中国市場でゲームの売上がなくなるとゲーム開発は難しくなる。だから中国の人権問題はヘッドショットでは解決しない」


 妻の指摘の鋭さに、サンダースは両手を上げて降伏した。

 ゲームの世界でも、解決できない危機はある。


「金は銃よりも強し、ね」


「…そうだね」


 ゲームの世界であっても、世界の危機よりも銃は強く、銃よりも中国市場は強い。


 現実世界の問題は、もっと複雑で入り組んでいるし解決方法も一筋縄ではいかない。


 しかしFPSゲーム世界の良いところは、問題は極限まで単純化されるので、ゲーム世界の手段で――具体的には銃撃で――解決できることであるのは間違いない。

 なぜなら、銃を持つのは主人公だから。


「…この”ゲームの主人公感”はアプリに取り入れたいね」


「どういうこと?」


「少し表現は難しいのだけど…なんでFPSゲームが人気あるのか、って考えてたんだ」


「男の子は、狩猟時代の頃から槍投げが好きなんでしょ?」


「そういう面はあるね。狩猟本能が刺激されるのは否定しない」


 妻の指摘に苦笑して、サンダースは続けた。


 実際、的があれば撃ちたくなるし、手頃な棒があれば振り回したくなる。

 それが雄の本能というやつだからだ。


「ゲームっていうのはチュートリアルがうまく設計されていてね、複雑な問題が多数の単純な問題に単純化されているんだ。だからナビゲートに従って行動すると一定の目標達成と満足感が得られる。そして称賛もね。それを繰り返し学習していくプロセスが、実によく出来ている」


「でも、それってゲームの話でしょ?バナナを棒で取るチンパンジーと何が違うの?」


「そうだよ。だけどゲームで何が悪いんだい?僕達人間だって、チンパンジーと大して違いはないさ。現実の人間が満足しているんだから、ゲームの報酬設計は正しく現実に作用している、と言えると思うよ。それにね、現実をゲームにして何が悪いんだい?」


「…呆れた。まるで高校生のギークみたいなことを言うのね」


「忘れたかい?君の夫は元高校生のギーク・オブ・ギークなのさ」


「そしてギークが世界の危機を解決するのね?」


「少し違うかな。ギークの技術で世界の危機を分解するのさ。そして主人公は世界の危機を救う。分解された分の、少しだけね」


「それで、美女と大金が手に入るの?」


「美女は技術では作れないね…いや…美女の称賛ならいけるか…?高校生にとっての大金ならできるか…?」


 妻の冗談に返そうとして、サンダースは考え込んだ。


 多くのFPSゲームでは美女のオペレーターが配置され、シナリオ進行を助け、状況の説明をしつつ感情を盛り上げ、終盤には賞賛してくれる。

 また、FPSゲームの腕が向上するとストリーマーとして動画配信で利益が出たり、大会に出場しプロゲーマーへの道も繋がっている、らしい。


「美女と大金、か」


 成功しているFPSには多くのノウハウがある。

 その構造を無視するのは良くない。


「もう少し、プレーしてみるか」


 サンダースは「アメリカ軍が世界の危機を救う」ゲームを中断すると、今度は「宇宙の危機を救う兵士」のゲームを立ち上げた。


 妻は呆れたように肩をすくめつつ、画面に夢中な夫を置いてキッチンへと向かった。

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“冒険者アプリ”で片田舎の高校生が現代冒険者生活を送る少し未来のお話 ダイスケ @boukenshaparty1

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