第42話 FPSみたいにクールなやつで

 意外なことに、サンダースが難航を予想していた条件面での交渉を、軍はあっさりと飲んだ。


「冷たいピザは兵士の士気を深刻に低下させているのだ」


 と、担当の軍人は酢を飲んだような表情で告げた。

 

 ピザの問題は、中国製ドローン車以上に、よほどに深刻な問題だったらしい。

 サンダースは、どちらかというとハンバーガーやタコス派だったので理解できない感覚だったが、兵士達からすると配達車が中国製部品を使っているかどうかなど、という些細な問題よりも、訓練を終えて冷たいビールと一緒に食べるピザが冷たい、ということの方が、軍がどれだけ兵士を大事に思っているか、という点について国家への忠誠度を左右しかねない、ということのようだった。


 とはいえ、いかにサンダースと彼の部下達が有能であったとしても、複数の機能と組織をブリッジするアプリをいきなり全面リリースする、などという蛮勇は冒せない。

 まずは小さく、最小限の構成でプロトタイピングを行うものである。


 サンダースは軍の家族とピザチェーン会社に依頼し、簡単なモックアップを元にデリバリーのテストをしてみることにした。


 ★ ★ ★ ★ ★


 テスト環境が出来上がったのは3日後。

 驚くべきスピードである。


「では、テストを始めますよー」


「OK!!」


 基地内で軍人家族向けにテスターを募集したところ、17歳で基地外の高校に通うジョージ君が応じてくれた。

 彼がゲート外での受け取りと、ゲート内での受け渡し役を勤める。

 業務が稼働した際のターゲットプロフィールにかなり近い。


 まず、サンダースが基地内の客の役として、ピザのオーダーを飛ばす。


「あ、来ました!」


 と、ジョージ君が嬉しそうに手元の情報端末を掲げた。

 そのジョージ君に向かい、基地外から来た設定のピザチェーンのドローン配達車が寄ってくる。


「おっと、確か外に出して…よっと」


 ジョージ君は情報端末の認証でドローン横の扉を開くと、テスト用のピザを箱ごと取り出した。

 テストピースのピザの箱には温度計、加速度計、GPS等の様々なセンサーが取り付けられている。

 今回のテストでは、ドローン車からドローン車へ人の手を介して移動させた際に、ピザの温度低下や形の崩れが起きないことをデータ的に証明しなければならないからだ。


「次は…別のドローンだったよね」


 ジョージ君はピザ箱を水平に保ったまま、目的のピザ配達ドローン車へと向かう。

 受け取り側のドローン配達車は、ジョージ君の情報端末を感知して、すっと近くにより収納扉を開いた。


「おっ、賢いね」


 ジョージ君は嬉しそうに笑うと、丁寧にピザを置いた。


「23秒か。まあまあだね」


 動画を撮影しつつタイマーをカウントしていたサンダースは呟いた。

 テロ騒動前のドローン車を利用した基地へのピザデリバリー平均時間は32分弱であった。

 その時間に人力でピザを移動させる時間が30秒ほど追加されたとしても、誤差で済む時間だろう。


「ピザの温度と加速度は…いずれも許容範囲内、っと」


 ジョージ君が丁寧に運んでくれたのでピザの型崩れはおこらず、ピザに被せられていたシートも温度の保持に効果を発揮したようだ」


「では、次のテストを始めます!注文が3件連続できた想定で…」


 新しい仕組みには必ずバグがある。

 想定外の事象を洗い出すために、わりとあり得るものから、ほとんどあり得ないもので、いくつものシナリオに沿ったテストが続いた。


 ★ ★ ★ ★ ★


「だいたい、洗い出せたかな」


 サンダースは、屋外で少し日焼けした眼窩に日焼け止めローションを塗りつつ、呟いた。

 ピザデリバリーが混乱したところで人が死んだりはしないが、そこはサンダースの凝り性な部分である。

 できれば雨天時や荒天時のテストもしたかったが、あいにくここロスアンゼルスは素晴らしく晴れの日が続いていた。


「いやあ、やりすぎでしょう」


 サンダースの傍らに立つ軍の担当者が多少うんざりしたように肩をすくめた。


「うーん、ドローンではVR空間上ですが、この何倍もテストしましたがねえ…」


 サンダースのテストは徹底していた。

 とにかく精緻に微に入り細を穿つように細かく、時には意地悪にドローン車を突然故障ということにしたり、似たデザインのドローン車を数台並べてみたり、客の注文を土壇場でキャンセルしてみたりと、ありとあらゆる事態をテストした。


「僕はまあ、バイト代がもらえれば文句はないですが」


「そこは軍も報酬をケチったりしないさ」


 テストは5日間続き、テスターは何人も交代した。

 あまりのテスト量に軍が用意したテスターは一巡し、最終日は初日のジョージ君に回ってくる始末だった。


 最後のテストを終えて、高校生テスターが口を開いた。


「あのー、それで感想とかも言った方がいいんですか?」


「ぜひ、頼むよ」


 ユーザーテストでは、ユーザーの感触は重要である。

 特に今回のように想定される使用者の意見はプロジェクトの成否を左右する可能性もある。


「ええと、今回のピザ歩行ウォークって、テロ対策でこうしているんですよね?」


「そうだね」


 特に機密にすることでもないし、見ればわかることなので目的については話してあった。


 逆に言えば、ドローンからドローンへピザを10メートル運ぶだけの単調な仕事なんて、遊びたい盛りの高校生には、目的が伝えられなければ、つまらない仕事ブルシットジョブの局地だろう。

 同盟国の極東では工場ラインでランチボックスにタンポポのフラワーを置くという拷問があると聞いたことがあるが、それに匹敵するかもしれない。


「なんていうか、友達にも勧めたけど、すぐ辞めちゃったんですよね。面白くないし」


「その課題は認識しているよ」


 サンダースは軽くうなずいた。


 テスターが短期間で入れ替わったのは、テスト項目が多く過酷だったことに加えて、仕事がいかにもつまらなかったことも影響していたように思う。


 どれだけ必要性を説いたところで、つまらないものはつまらないのだ。

 そのあたり、金銭に具体的に困っていない高校生の感覚はシビアだった。


「だから、本番ではもう少し時給を上げるつもりだよ」


 本番環境では、変動価格制ダイナミックプライシングを導入して人が集まらなければ時給を上げるつもりである。

 給与価格変動による行動変容は、単純作業系については行動科学的にかなり解明されており、ロスアンゼルス在住高校生の労働力の価格弾力性については、かなりの基礎データが商業的に揃っている。

 そうしたモデルデータをAIに学習させて、その時に最適な時給をはじき出す給与計算AIモデルが、比較的安価にクラウドサービスとして提供されている。


 意欲は金で計算できるのだ。


 サンダースは、そのように理解し、AI給与モジュールを導入するつもりでいた。


 ところが、ジョージ君は少し目をしばたたかせた後で、別の意見を口にした。


「ええとですね…、ミスターサンダース、お金の問題じゃないんです。そりゃあ、少しはお金は欲しいですけど、僕達みたいな基地に住む軍人の家族はお金のためにシステムに組み込まれて働きたいんじゃなくて、国の安全に貢献している実感が欲しいんです。わかりますか?」


 サンダースは、こちらを真っ直ぐに見つめる17歳の高校生の意見に頭を殴られたような衝撃を覚えた。


 金がすべてじゃない。


 たしかに、そうなのだ。


 高校生がゲートで働くとき、それはピザのデリバリーをしているのでなく、軍の安全に貢献し奉仕しているのだ。


 どれだけ安全そうに見えたとしても、ドローン車に仕込まれたIEDが爆発するかもしれない、そうした危険を排除するために働いている、という尊敬リスペクトの観点がサンダースには欠けていた。


 彼が「つまらない」と言うのは、仕事が退屈だ、という意味ではない。


 仕事の重要性と奉仕の精神が正当に評価されている実感がない、という意味だと正しくとらえなければならない。

 軍務についたことがない、サンダースの欠点だ。


「…まず、外部からのドローン配達車は全て爆発物探知機を通過した後でなければ、君たちの作業環境に入れない。それは約束しよう」


 サンダースは、懸命に頭を回転させ、矢継ぎ早に対策を上げた。

 軍の担当者には相談しない。相談でなく、要請し、必ず認めさせるのだ。


「それから、基地の家族の保険適用範囲についても吟味して保険会社と交渉することを約束する。それに給与には危険手当の上乗せしよう。それと…」


「それと?」


「君たちが遣り甲斐を感じられるよう、クールなインターフェイスのアプリを用意しよう…テロ対策の軍務に勤務する軍人家族に相応しいものを」


 サンダースの提案に、軍人家族の高校生は、あるFPSをゲームタイトルを上げて「クールなやつでお願いしますね!」と満面の笑顔で応えた。

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