第41話 簡単な技術の組み合わせ
「少し上に報告する」
と軍人が出て行ったまま、サンダースはしばらくの間、部屋で待たされることになった。
「上に報告する、ねえ…。今さら中国製品を規制してもなあ」
滑稽な話ではある。
サンダースに言わせれば、アメリカが製造業をアウトソーシングとやらで資本家の言いなりになって海外に仕事を投げたときから、技術の流出は構造的に確定されたのであるから。
「…西洋人だろうが中国人だろうが、手を動かす人間には勝てないよ」
いかにアメリカの金持ち連中が金の力を信じており、右から左に金を動かして世の中を動かそうとも、実際に手を動かしている人間から知識と技術を奪うことは出来ない。
モノを作り、技術を生み出している人間こそが本当の価値を生むのだから。
それはサンダースの信条でもある。
「だいたい、ドローン配達車のチェックなんかしても無駄だよね」
と、その無益さをサンダースは指摘したい。
ドローン配達車に使用されている技術も、ソフトウェアはともかく、ハードウェア的には大して高度な技術は含まれていない。
というのも、中国製のドローン配達車は、より安価な部品によって同程度の性能の製品を成立させることができるか、という観点で設計されている。
優れているのは製造技術とライン設計なのだ。
要するに、技術の本体は中国本土の設計と製造ラインにある。
アメリカ本土で利用を規制したところで、大した影響はない。
「そもそも、連中が本気でデータが欲しければいくらだって上から取れるわけだしなあ…」
サンダースは、中国製の数千基からの小型衛星群(コンステレーション)が巡っているはずの、部屋の天井の、その上を見上げた。
アメリカが先駆けて開拓した小型宇宙衛星群による宇宙ネットワーク事業に、中国も官民挙げた宇宙開発で参入してから、しばらく経つ。
今や米中合わせて十万基を超す超小型衛星が地球低軌道を巡っており、宇宙通信の覇権をめぐってやり合っている。
結果として、長壁の中の住人である12億の中国人達も、世界中で長壁の中と同じだけのサービスを受けることができる、という皮肉な状況が生み出されている。
であるから、例えば、わざわざピザ配達ドローン車からデータを不正に取得しなくても、基地に勤務する民間人の迂闊な誰かの情報端末でもハッキングすれば情報は筒抜けだ。
上空を通過する無数の衛星からだって基地の様子は丸見えだ。
精細なリアルタイム映像の取得すらも技術的には難しくない。
情報漏洩を防ぐことは根本的に不可能であり、今やセキュリティとは「破られる期間を延長する」ことを意味するに過ぎない。
とはいえ、そうした情報技術者的な世界観を持っている軍人は少ないのだろう、とサンダースは思っている。
軍人は目に見える武器、装甲、コンクリート壁、といった物理(マッチョ)を信じているのだろう。
ドローン配達者によるテロ対策も同じ種類の問題に根差している、とサンダースは気づいた。
おそらくは、ピザドローン配達車を再チェックして安全を宣言したところで、兵士は安全になった、と感じたりはしないだろう。
実際に安全であることと、安全を感じられることには大きな差がある。
サンダースには「実際に安全であり、同時に安全性が感じられる」手段によるピザチェーン配達網の再構築が求められているのだ。
★ ★ ★ ★ ★
「人力で行きましょう、人の力で」
サンダースは、軍を通して受け取ったピザチェーンのデータを検討し、結論づけた。
「しかし、人を雇うのは難しいのだが」
この場合の「人」とはグリーン&クリーンな人材である。
一時雇用に過ぎない低スキル労働に、そうした人材を割くことは難しい、という前提がある。
それに対するサンダースの回答は明瞭だった。
「まず、人を減らします。正確には、人を雇用する時間を」
「…どうやって?」
軍人の疑問に対するサンダースの回答は、呆れるほどシンプルだった。
「基地ゲートの往復だけ、人にピザを持って超えてもらいます。必要があれば、箱をオープンにして」
人に配達させるから時間がかかる。
配達はあくまでドローン配達車にやってもらう。
ただし、一部は人間に代替させる。
具体的には、基地ゲート通過を人間の作業にする。
軍人がいちいちピザドローン配達者を規定に沿って検査するから時間がかかるのである。
であれば、最初から中身のピザが見えるようにして運べばよい。
「ピザが冷める、と文句が出るかもしれませんから、そこは店の方で透明なラップでも被せてもらいましょう。それくらいは対応してくれるでしょう」
「しかし、基地の出入りには手続きが」
「ですから、基地の出入りに手続きが不要な状態をつくります。基地内に居住している兵士の家族の方がいますよね?基地ゲートの警備の兵士と顔見知りの方を雇用しましょう。基地ゲートをピザを持って10メートル往復するだけの仕事です。奥様やお子さんのフィットネスにはちょうど良いでしょう」
「警備の兵士と顔見知りかどうかの確認はどうするのか?それと、配送のタイミングと人が空いているタイミングが合致するとは限らないが?」
「それこそ、うちの得意とするところですよ。軍のSNSで交流のある家族かどうかは確認してマッチングができるはずです。また、基地前と基地内のドローン配達車の順番も事前に整理して合致させるようにしましょう。配達担当者は、一番前の配達車の間を往復するだけで済むようにコントロールします。それと、タイミングの違いについてはダイナミックプライシングで解決しましょう。マッチングしにくい時間帯は時給を上げます。どうしても人がいない場合は、警備の兵士に任務の一環としてやっていただく、という手もありますが」
「…かなり複雑な仕事のように思えるが、そんなことが本当にできるのか?」
「いえいえ、空を飛んでいるドローンの処理に比べれば、地上車の処理は判断時間がある分、楽なもんですよ」
サンダースの提案する解決方法は、3つの技術の組み合わせである。
一つ目は、SNSを利用した人のマッチング。基地ゲートのセキュリティ問題を、顔見知りの人を配置する、という方法でクリアする。
二つ目は、基地外のドローン配達車と基地内のドローン配達車のマッチングと整流化。二つの系統の配達純を同期させ、人力で基地ゲートという障害を乗り越える。工場のライン間の受け渡しと同じ方法による解決である。
三つめは、人のマッチングのダイナミックプライシングによるインセンティブ化。人の配置にニーズによる値段の変化をつけて配置を促す。
「どれも、大して難しい技術じゃありませんからね。少し時間をいただければ、何とかできますよ」
軍のシステムやピザチェーンのシステムとの調整に手がかかるかもしれないが、原理的には大して難しいものではない。
サンダースと彼の会社の技術力からすれば、解決は容易である。
問題は、軍がどこまで彼と彼の会社を信じてくれるかだった。
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