第40話 ピザ配達問題の問題

 サンダースには、ピザチェーンのサプライチェーン改善のアイディアも技術もある。

 問題は、それを軍が受け入れてくれるかどうかだ。


「とりあえず、空から運びませんか?地上が詰まってるなら空から移動させればいいんですよ」


 彼は、とりあえず思いつくところの解決策を投げかけてみた。

 いわゆるブレインストーミング、というやつである。


 ブレインストーミングという手法は、やってみるとなかなか難しい。

 単なる思いつきを口にしても批判されないだけの信頼感と心理的安全性がチーム内で担保されなければならないし、ファシリテーターには発散した議論を後から収束させるだけの技能と熟練が必要とされる。


「ダメだ。ドローンも、空中飛行もなしだ」


 しかし巨漢の担当者の返事は全く取り付くしまもなかった。

 議論などちう軟弱な行為は軍規にのっていない、と拒否しそうなタイプだ。


 ブレインストーミングの手法は合わないらしい。


「ふむ」


 サンダースは少し考えると、会議室のホワイトボードに向き直り、横向きに長い「――→」を書いた。


「今の状況を整理してみましょうか。状況としては、テロ警戒により、ピザのサプライチェーンが崩壊している、と見るのが正しいと思うんです。ここまではどうでしょう?」


 サンダースは→の途中に、幾つかバツ印を書き足す。


―×―×―×→


「異論はない」


「良かった。では、具体的にどこのサプライチェーンが崩壊しているのか。改善のためには、鎖が寸断されている箇所を上げる必要がありますよね。この点についてはどうですか?」


「異論はない」


「うん。そして、サプライチェーンが崩壊している箇所は大きく分けると2か所あるように見えるんです。基地ゲートでの引き渡し、および基地内駐車場での受け渡し。これは事実でしょうか?」


 1つめのバツ印に「基地ゲート」、2つ目のバツ印に「基地駐車場」と書き入れる。

 3つ目には「その他?」と書き足しておく。

 未だ明らかでない何かの妨害要因があるかもしれないからだ。


「…かもしれない」


「まあそうでしょうね。これは僕が報告書を見ての仮説ですから、きちんと数字を取らないとダメでしょうね」


「数字というと?」


「とにかくたくさんの数字を知りたいんですよね。まずは基地のピザの注文数。平均の数でなく、最大の注文数に注目する必要があるだろうね。過去1年間、と言いたいところだけど3カ月分もあれば。最低でもテロの前と後の比較はしたい」


「その数字はピザのチェーンの方で持っているだろう。データ提出を求めることは可能だ」


「それから、基地ゲートを通過するピザドローンの台数。これも時間帯あたりの最大数が知りたいですね。今は検査に時間がかかっているんですよね?検査の工程と時間も知りたいです。これは僕がゲート前で直接測ってくるから、怪しまれないよう撮影の許可が欲しいですね」


「許可は申請しておこう」


「助かります。あとは、チェーンごとに配達ドローンが異なる機種の場合の差異も考慮に入れる必要があるかもしれないですね。検査手順や注文の確認プロセスが違うかもしれないし」


「ドローンごとの差異?そういったものがあるのか?」


 専門外の人間が見ると、ピザ配達ドローン車はどれも似たようなものに見えるかもしれない。

 けれど、実際のところかなりの差があるのだ。


「そうですね。業界がら、僕は少しドローンには詳しいので」


 と、サンダースは少しばかり謙遜した。

 今やドローンで飯を食っている彼のドローンに関する知識はかなりのものである。

 サンダースは、一台のピザ配達ドローン車の画像を情報端末に映し出した。


「例えば最大手のピザキャップ。ホームページから確認できる限りだと、これは中国製、深圳のメーカーの2年前の製品ですね。価格は1万ドル、はしないかなあ…外部カメラ8基、GPSは2基で現在地を補正するタイプ。バッテリーはリチウムイオン電池で価格を抑えた機種ですね」


「そんなことまでわかるのか。いや、しかし中国製というのは確かか?中国製ドローンがアメリカ国内にあるなんて!」


 中国製のドローンが「安全保障上の理由」でアメリカ国内で飛行禁止になって久しい。

 なので一般的なアメリカ国民は「中国製ドローンは輸入禁止になっている」と考えている。

 だが、その認識は正確な事実ではない。


「商売ですから、少しは詳しいんです。あなたの言う通り中国製飛行ドローンの国内飛行は規制されているけれど、地上ドローン車はそうじゃありません。自動運転車の一種として地上ドローン輸入については議会で3年前の修正法案で骨抜きになったはずです。中国への自動運転車輸出とのバーターだったみたいだけど」


「また、政治家の仕業か!」


 巨漢の軍人が吠えると迫力がある。


 地元の雇用のために政治家が軍事的な原則を曲げる。

 よくあることではあるけれど。


「そういうこともありますよ。実際、ハード的にはいい機械だと思いますし。アプリ側と管制はアメリカ規制当局の規格に合っているから問題ないんじゃないかな?とはいえ、基地内を自由に走るのは不味いかもしれないですね」


「大きな問題です!これは早急に上申しないとなりません!」


「ああ、うん。そうですね」


 サンダースは、軍人の態度の豹変に少しばかり引いていた。


 彼は単純に気がついたことを指摘しただけだったが、軍にとっては思ったよりも大きな問題だったらしい。

 ピザキャップの担当者は、かなり不味い立場に立たされるかもしれない。

 とはいえ、サンダースに出来ることはない。


「こっちのドミナント・ピザは日本製っぽいね。輸出モデルで、アメリカで組み立てた日本製。確かデトロイトあたりに工場があったんじゃないかな。製造番号を見ないと細かいことはわからないけど。2万ドルはしないけど、そこそこの機種だね。カメラは8基、GPSも2基。バッテリーは贅沢に全固体電池。無人車で使ってるのは珍しいね…」


 サンダースは次のピザチェーンが使用している地上配達ドローン車の説明を続けたが、巨漢の軍人の耳には届いていないようだった。

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