第36話 指揮官の決断を説明できる、という価値
ここで少しエンジニアという人種が感じる「めんどくささ」について補筆したい。
一般的に「面倒くさがり」というのは、良くない資質であると考えられている。
学校や企業でも「あの人は面倒くさがりである」という評価は「あの人には安心して仕事を任せられない」のと同じ意味を持つ。
しかし、エンジニアの世界では「面倒くさがり」というのは、ある種の才能である。
面倒くさがる心こそが、面倒くささをなくす効率化の芽となるからである。
10の労力を必要とする作業があれば、そのうち8の労力を使って作業を効率化したがるのがエンジニア、という人種である。
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サンダースは、まさにエンジニアとして「A.D.S.S改修」が、非常に面倒くさい事態を引き起こすことを感じたのである。
なまじ人よりも先が見えるだけに、どんな問題を解決しなければならないのか、それによりどんな効果があるのかを感覚的に把握できてしまう。
そして、それは自分が解決しなければ他の人間が解決してくれないであろうことも、わかってしまうのだ。
「こう…もう少し何とかなりそうなんだよなあ…」
何とか、とはつまり「面倒くさくないやり方がないか」という検討のことである。
オファーを受ける前から問題の解決に取り組み、そして最適解はないか考えてしまう。
これはサンダースの資質とも、職業病のようなものとも言えるかもしれない。
「…とりあえず、話しだけはしてみるかなあ」
軍からの依頼といっても、数万ドル程度の研究費の助成程度のレベルの話かもしれない。
担当者がとりあえず興味を持ったので話を聞いてみたい、と接触を持ってきただけの可能性もある。
相手の本気度をこちらで推し量るぐらいなら、話をして感触を探る方が早い。
サンダースはアメリカ陸軍の担当者のオファーに、オンラインミーティングの返事を送り数日後の約束を取り付けた。
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陸軍担当者とのミーティングは、先方の指定する軍用のミーティングアプリを通して行われることになった。
ビジネス用のアプリでは機密漏洩の可能性があるから、ということらしかった。
「機密、ねえ」
サンダースはあまり軍の主張する機密保持、という言葉に重きを置いていない。
自分の研究がそこまで大仰なものという認識はなかったし、軍用ミーティングアプリがそこまで進んだ暗号技術を採用しているように見えなかったからだ。
ユーザーインターフェースのつくりも古臭く、自社で使用しているアプリの方がよほどセキュリティがしっかりしているように思える。
軍という保守的な組織が最新のシステムを採用していることは少ないことは経験的に知っている。
指定時間になり、モニターには軍の制服を着た黒人のスマートな若い女性が映し出された。
「今回は我々のオファーを受けて頂きありがとうございます、ミスター・サンダース」
「こちらこそ。国への貢献のチャンスをいただき嬉しく思います。ミス…」
「ズミ少尉であります、ミスターサンダース」
「ズミ少尉」
少尉なのか、と少し意外に思う。
サンダースは軍の階級にはあまり詳しくないが、この若さで少尉であれば士官学校等のエリートコースを進んできたはず。
もう少し年齢的に上か、あるいは階級の低い人間が出てくることを予想していた。
サンダースが思っていたよりも、少し大きな話として軍も捉えているのかもしれない。
「さて。今回はオファーの具体的な要件を詰めたいとのお話でしたが…」
「そうですね。正確に言えば、オファーについては既に解決してしまったように思うのです。その先について相談させていただければ、と思いました」
「…何ですって?もう一度、仰っていただけますか?」
「ええ。ですから、私は既にあなた方のオファーの問題を解決してしまった、と考えているのです。今日は、その先の問題について議論したいと思い、この機会を設けさせていただいたわけです」
「…説明をいただけますか?」
「もちろんです。ズミ少尉」
サンダースは、眉間に皺を寄せてこちらを睨みつつ口を開ける、という大変に器用な真似をしているズミ少尉を正面から見ないように―――笑いを堪える自信がなかったので―――嬉々として「ドローン戦術の投資問題」と彼が名付けた戦術的空間におけるアプローチと評価方法について説明を始めた。
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「…つまり、ミスターサンダースの理論を適用すれば、海外展開基地にどういった対ドローン警備システムを構築すべきかソフトウェアで解決できる…だけではない、ということですね?」
「そうです。最適化された警備システムに対し、最大効果を上げる攻撃計画を作り上げることもできます。標的と機材と予算さえ与えれば」
「…それは、テロリストに渡れば大変に危険な研究となりますね」
「かもしれません。ですが、軍の攻撃計画にも応用できる技術です。例えばテロリストのキャンプなどを特殊部隊が襲撃する際に役立つでしょう」
「…たしかに」
「さらにですね、警備計画と攻撃計画を同じフォーマットのソフトウェア上で走らせることで、より大きなメリットを得ることができます。具体的には、守備と攻撃をシミュレーション上で対戦させ続けることで、両者の精度を飛躍的に高めることができるのです」
「…それは、警備計画をソフトウェアで立案し、ソフトウェアで立案した攻撃計画に従って警備を攻撃する、ということですか?」
「その通りです」
「軍でも攻撃や警備の演習にコンピューターシミュレーションは取り入れています。今回の提案は何処が新しいのですか?」
ズミ少尉の反応に「おっ、これはかなり本気になったかな」とサンダースは手応え感じた。
ビジネスのプレゼンテーションでも、買う気になった顧客は上に通すために「何が新しいのか?」という点についての自分が報告者として説明できるように、端的な内容を求めることが多いからだ。
サンダースは、ズミ少尉へ、このソフトウェアの決定的な強みを説明する。
「このソフトはですね、指揮官の決断に使えるんです。警備計画に使用できるセンサーが3種類あった場合、どのセンサーを使用するべきか。攻撃計画にいようするドローンは3機が良いのか、4機が良いのか。ドローンの稼働時間が30分と40分では、どの程度まで攻撃計画の成立に差がでるのか。指揮官が知りたい決断についての情報を、短時間のシミュレーションで示すことができるんです」
ズミ少尉は、サンダースのプレゼンテーションを信じられない思いで聞いていた。
もしもこの技術者の言うことが半分でも事実であれば、軍は何百万ドルも経費を節約できるだろう。
アメリカ軍という組織は数値主義で、管理指標となる数値を設けることが大好きである。
イラク・アフガン戦争においても、1日あたり死者数、負傷者数、1マイルあたりの警備費、戦費1ドルあたりの成果等の詳細な指標を管理しホワイトハウスに報告し続けていた、と言われている。
サンダースの開発したソフトウェアは、まさにこのアメリカ軍の管理手法に合致する。
どんな機材を用いればどれだけの効果がでるのか、シミュレーションによって説明できるので、組織の説得に使用できるのである。
また、ズミ少尉は実際にこのソフトウェアが現場で使用された場合の効果についても想像する。
これは現場の指揮官たちにもろ手を挙げて歓迎されるであろう、と。
なにしろ予算と敷地の形状さえ入力すれば最適な計画が出力されるのである。
現場の指揮官の負担は劇的に軽減される。
さらに、追加設備があればどの程度充実するかについても、ソフトウェアから説明してくれる。
代替案について数値で外部にわかるように説明できる、ということは、軍隊という組織において非常に大きなウェイトを占める上官や後方組織との折衝を劇的に減らせる可能性がある。
具体的には、いまいましいワシントン出張と厭味ったらしい書類仕事が減らせる!
「なるほど。では具体的な契約条件について提案を聞きましょうか…」
ズミ少尉は「この男を逃すことは陸軍の損失である」と確信し、それと悟られないよう密かに戦闘態勢を整えた。
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