第35話 全部解決できる
アメリカの軍隊は、大きく4つの組織に分かれている。
陸軍、海軍、空軍、海兵隊、である。
中でも最大の人員を抱えているのは、アメリカ陸軍。
通称「アーミー」である。
(ちなみに、海軍は「ネイビー」、空軍は「エアフォース」、海兵隊は「マリーンコープス」という通称がある)
「陸軍がいったい何の用なのかね…」
サンダースは典型的な西海岸のギークなので政治的傾向は薄く、どちらかと言えば周囲もそうだから何となく民主党、という程度の姿勢である。
それでもアメリカ国民として軍隊に一定の敬意を抱いているし、軍務につく人間を立派だと思う。
ただ、自分のビジネスが軍隊と結びつくか、というと疑問は抱いた。
「なになに…ドローンを用いたテロリストへの対テロ戦術及び海外展開部隊の基地防衛戦術計画立案システム研究への貢献、か。なるほど。わからなくもないな」
ドローンの性能が向上し価格が低下するに従い、テロリストもドローンを活用する事例が増えてきた。
とはいえ、軍隊との正面きっての戦闘のように「ハード」ターゲット相手では民生品の小型ドローンなど何機で攻撃をしかけてこようとも、対ドローン電波銃や対空射撃、ECMの一撃で薙ぎ払われる脆弱な対象に過ぎない。
そこでテロリストは、民間人や非軍事的目標のような、いわゆる「ソフト」ターゲットを対象に自爆や放火できるドローンを使うようになったのである。
しかしドローンで運搬できる爆薬の重量に限度があるため、今のところテロリスト側でも試行錯誤している状態で車爆弾やIEDほど被害は大きくはない。
「そこで、仮想の海外展開基地を攻撃する際にドローンを使用して最も大きな打撃を与えられる方法を研究・考案してもらいたい、と」
言い方を変えると、基地全体のセキュリティシステムがドローンに対しどの程度脆弱なのかを研究して欲しい、ということである。
考え方としては、ハッキングに対するホワイトハッカーの仕事と同じだ。
「こいつは純粋なビジネスとは言い難いね」
今すぐサンダースのビジネスを買いたいという話ではない。
どちらかというと、ハリウッドセレブの家を警備する案件と類似のコンサルティング案件である。
ただ、金持ちの資産を守るのと、国家を守る兵士の命を守るのとではサンダースのモチベーションも異なってくる。
それに陸軍の最新の技術にアクセスできる資格、というのも面白そうだ。
「たぶん、同じ種類の経済学の問題なんだよな…」
サンダースは興味あるテーマを与えられたエンジニアの表情で呟く。
目を瞑り首を傾げた姿勢で固まっている彼の脳内仮想空間では、イメージ上のドローンが自由を得て曲芸的な飛行を始めていた。
★ ★ ★ ★ ★
サンダースは考察を進める。
そもそもの話として、ドローンが「稼働時間」という予算内で効率的に標的にたどり着く「経済的飛行ルート」を辿る、と想定するのがサンダースが売ろうとしている「警備計画」の根幹を成す理論である。
一方で陸軍の要請する「ドローンを用いた攻撃計画」はサンダースが提唱する「警備計画」をひっくり返したもの、と想定できる。
警備計画を突破できる攻撃計画を立案するシステムを研究することが求められているわけだ。
「違いは、攻撃計画の場合は、まず標的の価値で優先順位付けをすること、だよな」
全てを守ることが要求される警備計画と、複数の対象に対し一度でも突破すれば良い攻撃計画では標的の優先順位付けを行い、警備リソースを局所的に上回ることが基本の考え方となる。
まず、ドローンの火力が限られているのだから、ターゲットを絞り込んで最小の火力で最大の効果をあげたい、と攻撃側は考えるはず、と想定する。
一方で、警備が存在するターゲットへの攻撃は、失敗のリスクが内在される。
つまり、攻撃計画からは「攻撃の効果」と「失敗のリスク」をかけた「攻撃の期待値」が算出されるわけで、問題は期待値の計算、ということになる。
あとはドローンの稼働時間という予算内で攻撃の期待値が最大になる攻撃を計画するための数学的計算を行えば良い…。
ドローンの数が増えるとパターンは増えるが、基本的には同じ手法である。
「なるほど。こいつは投資問題だ」
サンダースは、陸軍のオファーの問題解決の枠組みを理解した。
オファーの内容を経済学的に言い換えると「警備リスクを勘案しつつ攻撃ドローン侵入という投資を行い基地破壊というリターンを得るという一連の投資計画を研究して欲しい」と依頼されていることになる。
「……あれ?これって研究が半分以上終わってないか?」
基本的にな理論さえ立ててしまえば、あとは式の詳細を検討して詰めるだけである。
この場合、ドローンの性能や飛行ルート、警備のリスクや標的の価値等のパラメーターを決定し、計算していくだけでとなるので、必要なのは数学的なひらめきでなく地道な計算能力。
どちらかというと、サンダースにとって「出来るけれど好きではない」性質の仕事である。
「でも、思いついちゃったしなあ…どうしたものかなあ…」
やり方は思いついた。結論までの道筋は見えている。
しかし面倒くさい。
けれど兵士の命を救う研究になるかもしれない
しかし面倒くさい。
サンダースは頭を掻いて愛国心と自然的欲求との間でしばし懊悩した。
★ ★ ★ ★ ★
「…それでね、どうしようか悩んでいるんだ」
いつものように朝食の席でカリカリベーコンを齧りながら、サンダースは妻に相談した。
「悩むようなことなの?陸軍とのコネもできるし、研究にすぐに方がつけられそうなら負担も少ないでしょ?メリットばかりじゃない?」
「うーん…結論が見えた研究はあんまり興味がわかないというか…億劫でね…」
サンダースは、エンジニアらしく実に面倒くさいことを主張した。
問題は解決している最中が楽しいのであって、解決された問題の検算を延々とこなすような仕事は楽しい仕事ではない。
そもそも楽しい仕事の時間を捻りだすために対ドローン警備事業を売却しようとしているのに、空いた時間に楽しくない仕事を詰め込むのでは本末転倒ではないか。
「そんなに大変な仕事なの?」
「まあね。だけど、他にも思いついたことがあってね…そっちもかなり億劫で」
「他にも?」
「そう。結局は空間上の投資問題だから」
サンダースが気がついたのは、ドローンを用いた攻撃、警備、突入、輸送…全ては3次元空間上の投資問題に過ぎないということだ。
時間の概念を足して3+1次元投資問題と定義しても良いかもしれない。
「要するにね、刑事ドラマみたいにドローン偵察してから人質とテロリストのいる建物に突入したり、戦争映画でドローン偵察しながら市街戦で市民と兵士を判別して撃ち合ったり、麻薬王が裏切り者を爆殺するのを防いだり…そういう問題は、全部数学的には同じなんだ」
「…そうなの?全然違うみたいに思えるけど」
「まあ、そう見えるよね。だけどまあ、同じ数式で表現できるんだ。それでね、すごく億劫なんだけど現行の警備用A.D.S.Sを改修すると、全部の問題に対応できそうなんだ」
妻はサンダースの発言を数舜、理解できずに、目をぱちくりと瞬かせた。
「…全部?警察も、軍隊も、テロリストも、麻薬王も?」
サンダースは、本当に面倒くさそうに肯いた。
「そう。全部。たぶん全部解決できるし対応もできる。これ、どうしたらいいのかなあ…?」
「…ほんとね、どうしたらいいのかしらね…」
妻はオーガニックサラダにフォークを刺しつつ、夫と一緒にため息を吐いた。
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