第28話 敵は水中にあり
あまり知られてないことだが、アメリカではローカルな問題の解決にITを使用する伝統がある。
有名どころでは、非常にシンプルなつくりの地域中古家具の交換掲示板の運営企業などがあって、他の技術に優れたグローバル企業でも敵わない利益率をたたき出す隠れた有名企業があったりする。
サンダースも、当初はそうした地域掲示板を通じて地元の業者なりに連絡をつけて、自宅を取り巻く生物的な諸問題の解決を図るつもりだった。
「…高いな」
当たり前のことだが、ロスアンゼルス在住の専門家の人件費は高い。
数年に1度のことであればともかく、月に何回も対応してもらうと住宅ローンの支払いが厳しくなる。
それに実際のところ専門家を呼んだところでアリゲーターが具体的に人に危害を及ぼした実績がなければ、棒で突っついて川に追い返すのが席の山である。彼らは問題に対処はしてくれても解決してくれるわけではない。根本的に問題が解決されるとご飯が食べられなくなるからだ。
具体的に対処するよう、自宅を売りつけた不動産会社にも電話してみたが。
「…柵に穴があいているようなのだが?」
「そうですか?奴らには足がありますから柵を迂回したんじゃないですかね?ロスでアリゲーターは、まあ隣人みたいなもんですよ!」
全く頼りにならなかった。
体長が数メートルもあるアリゲーターを通すような穴が水柵に開いているのであれば、危険極まりない。
せめて水路調査ぐらいは自分で行い、あのムカつく不動産営業マンの顔に映像を叩きつけてやろう、とサンダースは思い定めたのだった。
★ ★ ★ ★ ★
「うーん…これは無理だな。見えない。歩けない。危険すぎる」
水路調査を、と意気込んだサンダースの意気込みは1マイルも進まないうちに挫折した。
水路沿いに生い茂った背の高い草が数十センチ先の視界を遮り、知らず知らず底なしの湿地に踏み込むリスクが高まったからだ。
まして、その湿地には巨大なアリゲーターが潜んでいる可能性もあるとなれば、従軍経験どころかボーイスカウトの経験すらないサンダースではどうしようもない。
サンダースとしては、自力、人力での解決の方針を転換せざるを得なかった。
★ ★ ★ ★ ★
「それで?あなたは何を遊んでいるの?」
「遊んでいるとは心外だなあ、ハニー。偵察艇を作っているのさ」
陸上は草があって進めない。ならば水上から水中を探せばいい。
人間が探すのが危険なら、ドローンに探させればいい。
欲しい道具がなければ、作ってしまえがいい。
いかにもDIY技術者な思考プロセスを経てサンダースがガレージで制作しているのは、一抱えはありそうなラジコンレジャーボートの改造ドローンである。
そして、ボートの外見で目を引くのはサイズ以上にボートに突き出た一本の棒であった。
「マストがついてるのね」
「いや、ついてるのはマストじゃなく自撮り棒さ。こいつはセルフィ―ボートなんだ」
コントロールチャンネルに中古のスマホを組み込み、水中カメラと高くのばした自撮り棒の先のカメラで水中と高所からの視界を確保しつつ遠距離操縦ができるようにしている。
自撮り棒の先からボート本体を映すことでゲームの三人称視点のような視界でボートを動かすことができ、コントロールが容易になる。
「…はずだ」
「まるでニンテンドーのTPSゲームね。銃でもつけてあるの?」
「いや、僕の銃嫌いは君も知っているはずじゃないか。まあ、アリゲーターを追い払うのに水中用の空砲ぐらいはつけてもいいけど…アリゲーターって耳あったっけ?」
「さあ?」
妻は夫であるサンダースを愛していたが、その才能とチグハグは発想に戸惑うことも多いのだった。
★ ★ ★ ★ ★
ボート型ドローンの進水式は3日後の早朝にサンダース自宅前の水路で行われた。
ボートに設置したカメラは夜間対応型でないため、光の強い昼間の方が都合が良いからだ。
「さてさて、上手く走ってくれよ…動力よし…映像来てるな…TPS視点は成功だな。抜群に操縦しやすい」
朝に弱い妻が付き合ってくれなかったので。サンダースは孤独にテレメトリーをチェックしつつ、ゆっくりとボート型ドローンを上流に向かって走らせ始めた。
情報端末の操縦画面には、ボートを見下ろした映像と、水中カメラの映像が映っている。
水中カメラの映像は水が濁っていることもあって、やや見づらい。
「まあ、鉄柵さえ映ればいいさ。どのあたりかな…」
不動産会社から水路図はもらっているが、どこまで当てになるかは怪しいものだ。
操縦系は弄っていないので、ドローンの電波が届く範囲はあまり広くない。
せいぜい数キロがいいところだろう。
なので水路に沿って上流まで走らせ、車で追いつき、また水路に沿って上流へ走らせる、という手順を踏む必要がある。
電波が届かなくなれば墜落せずに、その場で停止できる水上ボートならではの運用である。
「交換バッテリーの用意が足りないかな…?」
意外なことに、水上ボート型ドローンの燃費は良くない。
同じ重量の陸上ドローンを走らせる場合の数倍も電気を食う。
水の抵抗というのは、それくらい強い。
サンダースは自分の補給計画の不備を認め、そろそろ帰るべきかと考え始めていた。
別に一度に調査を完了する必要はない。
GPSで記録した場所からまた再開すればいい。
サンダースは一時帰宅のためにハンドルを切ろうとしたが、水中カメラに映り混んだ映像が彼の思考を止めた。
「…なんだ、あれは?」
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