第29話 発見の余波
水中で見つけたもの。
それはありふれているものだったが、奇妙な取り合わせの物体だった。
最初に水中カメラに映ったのは、直径おそらく30センチほどの漁網などを浮かせるための丸い浮き。
それが浮力を残した状態でロープに結び付けられてまっすぐに沈んでいた。
目印のため、だろうか?
水中カメラの輝度や焦点を調整すると、ロープは古い大きなタイヤに結び付けられているように見える。
この川の水深は3メートルもないだろうが、水が濁っている上に釣りのポイントからも外れているのでサンダースが気まぐれで水上ボートを走らせなければ―――そして水中カメラをつけていなければ―――誰も見つけることはできなかっただろう。
「水中に長期間沈んでいるはずなのにロープに苔がついている様子はなし…意外と新しいロープなのか?」
ひょっとすると、誰かがタイヤを沈めて秘密の礁を作り、独自の釣りポイントを造成しているのだろうか。
…そんなわけはないか。
サンダースは、ある種の予感を覚えつつ水中のタイヤを引き上げることにした。
幸い、車には鉄柵を補修する用途の部材が多く積まれている。
ありあわせの材料で水中牽引フックをでっち上げて、水上ドローンでタイヤに引っ掛け、車のウインチで引っ張り上げることは容易な作業だった。
「…やっぱりか」
サンダースは岸に引き上げた古いタイヤの中一杯に詰められた防水シートとビニールに厳重に包まれた樹脂状の物質を発見すると、速やかに911をコールした。
★ ★ ★ ★ ★
結果としてサンダースが企てた水路補修DIYの探検の成果は、地域社会で大きな話題をさらうことになった。
「…すごいことになってるね」
「ほんと、怖いわね…」
サンダースが水中取得物を通報してから1週間は経つというのに、地域ニュースでは「郊外住宅地の水路で大量のヘロイン発見!水中ドローンで取引か」がホットトピックとして表示され続けている。
「どこのギャングかマフィアか知らないけれど、陸路も空路も麻薬取引が監視されているなら今度は水路か。嫌になるね」
「ほんと、よく考えるわよね…真面目な仕事でスキルを発揮してくれたらいいのに」
どうも発見された麻薬が全く新しいルートで密輸された代物らしく―――と、ローカルニュースで言っていた―――地域警察だけでなくDEA(アメリカ麻薬取締局)までが動員されているようだ。
自宅前の水路を含めて、特徴的な上着に大きく「DEA」と書かれた文字を着た人々が多くのボートに分乗し、ダイバー達が今も水中の捜索をし続けている。
「水柵に穴を開けて、水中ドローンで麻薬を運搬。警察の警戒が薄い郊外住宅の水路で受け渡し、か。ドローンとGPSの精度が高いからできる密輸だね。柵に穴を開けたせいで、アリゲーターまで入ってきてたみたいだけど」
「本当よ!いい迷惑だったわ!」
妻は怒っているが、泡を食った業者によって大慌てで全ての水路の柵は防がれたし、ボートで押し寄せた捜査官達によって水路内のアリゲーター達は駆除ないし移送されて一掃された。
サンダースの通報を握りつぶし続けていた不動産会社の方でも内部に麻薬密売組織に買収されていた人間がいたらしく、先日になってサンダース宅へ企業の弁護士から和解提案という名の口止め料についての書類も送られてきたので、水上ドローンへの出費も賄えたしプロジェクトの収支はプラスと言って良いだろう。
サンダースの不満は、金銭的な面とは別な面にあった。
水中ドローンとGPSの組み合わせで警察の監視の裏をかいたのはいい。しかし麻薬密輸の連中も、水柵を壊すなどと粗暴なことをせずに、せめて無線開閉式にしておけば少なくとも自分が発見することはなかったろうに。技術にリスペクトのない連中はこれだから困る。
などと、今回の一番の功労者はエンジニアリングの視点から麻薬密輸犯のやり口を批判的に見ていたのだった。
★ ★ ★ ★ ★
麻薬密輸事件の摘発は、サンダースに地域社会でのささやかな名声と金銭、そして僅かな不自由をもたらした。
「しばらくは家の周囲を警護させていただきます」
「…どのくらいの期間?」
「麻薬密輸犯の摘発に目途がつくまで」
「仕方ない、か」
「それほど長くはかからないでしょう」
ニュースで顔が売れたサンダース夫妻には、しばらくの間は身辺の安全のための警護がつくことになった。
勤め先も家族の安全のために彼がテレワークの割合を増やすことに同意した。
警護がついている生活は不自由な面もあったが、サンダースにとって大いに助かることもあった。
妻がカルフォルニアの元気過ぎる野生生物に悲鳴をあげても警護官が先に駆けつけてくれるため、自分のプロジェクトに集中して取り組めるようになったからである。
サンダースは感謝の印として警護官に特製の改造ヘビ掴み棒と虫取り網を寄贈した。
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