第18話 破格の報酬と高レベル冒険者
「はい!撮影終了!お疲れさまでした!」
「お疲れさまでしたー…」
「つかれた…」
用水路の整備の他にもいくつかの「自然に演出された日本の高校生冒険者」映像を撮り終える頃には、僕もアンテナもすっかり疲弊して不自然な笑顔を浮かべ続けた頬の筋肉はぷるぷると今にもつりそうになっていた。
「あたし、1年分の笑顔を今日浮かべた気がするわ」
「わかる」
アメリカ人って、いつもこんなに表情筋を使ってるのか。
奴らから見たら日本人が無表情に見えるはずだわ…。
とはいえ、苦労の後にはご褒美があるわけで。
依頼達成ポイントの確認タイムだ。
「はい、依頼完了」
赤井さんが腕に投射されたアプリのボタンをタッチすると、僕らのスマホから電子音が鳴った。
「「ありがとうございます!」」
声の揃った返事の元気さに赤井さんが苦笑した。
そりゃあ、元気になるよ。
今日の赤井さんからの報酬は各2万円。
高校生の1日の仕事としてはまあまあではなかろうか。
さらに冒険者ポイント報酬が…40ポイント!?
「冒険者ポイント…多くない?」
「あれ、スイデンもそうなの?あたしも40ポイントも入ってた。アプリのミスかな?」
冒険者ポイントが1ポイントで500円だから、40ポイントで2万円だ。
いつもの依頼は、せいぜい5ポイントも入れば良い方だから破格の報酬になる。
経験値もすごかった。
「僕…レベル上がったんだけど」
「あたしも…」
僕のレベルが5、アンテナはレベル6に上がっていた。
もうすぐレベル6だったアンテナはともかく、僕はまだ4に届かなかったぐらいで。
それがいきなり、パーティーを組めるレベル5。
ちょっと経験値の配りすぎに思える。
「これ…冒険者アプリの方の計算ミスじゃないでしょうか?本社の方に連絡した方が?」
たぶん日本法人に連絡しても埒が明かないから、アメリカの本社の方に連絡しないとダメなんだろう。
赤井さんがやったみたいに電話で英語で交渉しないといけないのか…自信ないなあ…。
アンテナは自信はありそうだけど、英語力は僕と同じぐらいだろうし…。
と、悩んでいたのだけど、それは無用な悩みだったようで。
「気にしなくて大丈夫よ。それくらいは正当な報酬だもの」
というのが、赤井さんの答えだった。
「でも、今までの依頼からすると多すぎるんです。その理由がわからないのが気持ち悪くて…」
お金を使ってしまったあとで「ミスだったから返せ」と言われても困る。
ひょっとすると高レベル冒険者の赤井さんからの依頼だから冒険者ポイントも多めに配布されたんだろうか。
それはそれで、高レベル者への寄生みたいで気が引ける。
「理由ならあるわよ。たぶん冒険者コミュニティーへの貢献が評価されたんじゃないかしら」
「コミュニティーへの貢献?」
また知らない概念が出てきた。
「そうね…スイデンくんは、高レベル冒険者にはどうやったらなれると思う?」
「そりゃあ…赤井さんみたいにすごく経験を重ねて、すごい装備で、すごい依頼をたくさん受けて解決していけばなれるんじゃないかと…」
答えながら、だんだんと声が小さくなった。
我ながら頭の悪い答えだった。
「アンテナさんは、どう思うの?」
「えっ!えっと、体を鍛えて、銃を持って、クマとか猪をたくさんやっつけたらなれると思います!」
良かった。
アンテナの答えも僕以上に頭が悪かった。
「そうね。2人とも冒険者は自分が強く出来る人になれば高レベル冒険者になれる、と思ってるのよね?」
僕とアンテナは肯いた。
それ以上の条件なんてあるんだろうか?
だって、冒険者って強い人のはずだから。
「自分を鍛える。出来ることを増やす。低レベル冒険者のうちはそれでもいいの。だけどね、高レベル冒険者はそれだけじゃなれないの。それがさっき言った冒険者コミュニティーへの貢献。具体的には、冒険者を増やしたり援助したりする活動をしないと評価されないのよね」
「冒険者を増やす?援助する?冒険者を助けるってことですか?」
「そう。冒険者になろうとする人を増やす。冒険者を続けようとする人を助ける。そうして冒険者を増やして、冒険者という何だかよくわからない仕事をしている職業集団の社会的地位を高める活動。それが冒険者コミュニティーへの貢献。高レベル冒険者になると、そうした活動がより高く評価されるようになるの」
「…つまり、有名になったり親切にしたりすると高レベル冒険者になりやすいってことですか?」
「簡単に言うと、そうね」
「じゃあ、赤井さんがチャンネルを持ったり映像を公開してるのも…」
「そう、高レベル冒険者の義務、ってやつを果たしているのよ」
「なるほど…僕達が冒険者ポイントと経験値をたくさんもらえたのも、そういう事情があるんですね」
高レベル冒険者が有名な人ばかり、というのは理屈が逆なのかもしれない。
有名になるよう活動してきたから、高レベル冒険者にたどり着いたんだ。
ゲームに例えると、運営は冒険者アプリというゲームを流行らそうと頑張っていて、そのためにはゲームが上手い人を見つけるのと、ゲームを流行らせる実況者みたいな人の両方を探している、ということだろうか。
ひょっとすると違っているかもしれないけれど、ちょっと今の僕にはそれ以上のことは理解できなかった。
「すごいなあ…誰がこんな仕組みを考えたんだろう」
「スイデンくん、面白いことを気にするのね」
「え、だって気になるじゃないですか。冒険者アプリって、ほんとよく出来てるなあ、と感心してたんです。どんな人達が作ってるんだろう?」
「そうねえ…わたしはあまり詳しくないけど、いわゆる西海岸のテックギーク達じゃないかしら」
「テックギーク…?」
「聞いたことあるでしょ?シリコンバレーとか」
「はい」
さすがに、田舎の高校生の僕だってそれぐらいは社会科で勉強したことがある。
「あとは、報酬設計はどこか大手の人事系のコンサルティング会社が入ってるんじゃないかしら。これだけ大規模アプリだと一枚嚙んでても不思議じゃないわね」
「はあ…」
赤井さんは頑張って説明してくれたけど、僕の方の知識が足りなさ過ぎて、どう伝えたらいいの困ったようだった。
「もう…スイデンって、ほんと細かいんだから!多めに報酬が貰えるんだから大人しく貰っておけばいいじゃない!」
「まあ、そうなんだけどさ…」
「スイデンが高レベル冒険者になったら、低レベルの子達を助けてあげればいいのよ!」
と、やや不毛になりかけた議論をアンテナが強引に締めた。
実際のところ、今すぐ大人になったりできない僕達は、疑問があるがなかろうが目の前の仕組みに乗るしかないし、自分の問題に対処するだけで精一杯なのだ。
高レベル冒険者になったらどうしよう?などという贅沢な疑問は、高レベル冒険者になってから考えればいい。
そもそも赤井さんのような高レベル冒険者になれる気もしないけど。
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